第六話 山が拒むもの
通知は数秒後、何事もなかったように消えた。
悠真はスマートフォンを何度も確認する。
予定表にも、通知履歴にも「待っています」という文字は残っていない。
スクリーンショットを撮ろうとしたが、その時にはすでに画面は通常のホーム画面へ戻っていた。
「……また消えた。」
証拠だけが残らない。
白鳴隧道に関わるものは、まるで自分の存在を記録されることを嫌っているようだった。
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翌朝。
悠真は配信用の機材を点検していた。
4Kカメラ。
暗視カメラ。
集音マイク。
ICレコーダー。
予備バッテリー。
「今回は絶対に撮る。」
そう呟いた瞬間、棚の上に置いてあったICレコーダーが床へ落ちた。
カラン。
電池も入れていないはずなのに、液晶だけが点灯する。
表示された録音時間は「00:03」。
勝手に再生が始まった。
ザーッ……。
激しいノイズ。
その奥から、かすかに女の歌声が聞こえる。
悠真は耳を近づけた。
しかし次の瞬間、音は途切れ、画面には
「データが破損しています」
と表示された。
もう一度再生しても、ノイズすら流れない。
「今のは……。」
胸騒ぎだけが残った。
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午後。
白鳴隧道へ向かうため、車の整備を終えた悠真はガソリンスタンドへ立ち寄った。
給油を終え、山道へ向かおうとしたその時。
突然、エンジンが止まった。
セルを回しても動かない。
昨日まで何の異常もなかった車だ。
店員が首をかしげる。
「バッテリーも正常ですね。」
「故障ですか?」
「いや……原因が分かりません。」
三十分後。
レッカーを呼ぼうと決めた瞬間、車は何事もなかったようにエンジンがかかった。
店員も不思議そうに笑う。
「こんなこと初めてです。」
悠真は苦笑いを返したが、心の中では別の考えが浮かんでいた。
――行くな、と言われている。
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その日の夕方。
榊真琴からメッセージが届く。
> 「まだ間に合います。やめてください。」
悠真は短く返信する。
> 「理由を知りたい。」
数分後、返信が来た。
> 「では、明日会いましょう。」
> 「兄の遺品を見せます。」
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夜。
雨が降り始めた。
窓ガラスを打つ雨音を聞きながら、悠真は編集していた動画を見返していた。
トンネルの映像。
何度見ても、少女は映っている。
だが、新たな異変に気付く。
少女の口元だった。
映像を最大まで拡大する。
最初は閉じていた唇が、フレームが進むたびに少しずつ開いている。
まるで歌い始める直前のように。
悠真は無意識にイヤホンを耳へ当てた。
「何か聞こえるかもしれない。」
再生ボタンを押す。
風の音。
自分の足音。
何もない。
そのはずだった。
最後の一秒。
ノイズの隙間から、息を吸う音だけが入っていた。
「……っ!」
悠真は慌ててイヤホンを外す。
動画を再生し直す。
今度は何も入っていない。
息を吸う音は消えていた。
録音されていたはずの音まで、消えてしまった。
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深夜一時。
眠れずにベランダへ出る。
住宅街は静まり返り、遠くで犬が一度だけ吠えた。
その直後だった。
山の方角から、風に乗って何かが聞こえた。
微かに。
本当に微かに。
女性の澄んだ歌声。
距離にすれば何十キロも離れているはずなのに、不思議と耳元で歌われているようにはっきり聞こえた。
歌詞は分からない。
旋律だけが心へ入り込んでくる。
懐かしい。
悲しい。
それでいて、恐ろしい。
悠真は無意識に一歩前へ出る。
その瞬間、背後から女性の声がした。
「まだ、聞いてはいけません。」
振り返る。
誰もいない。
しかし、床には雨で濡れた小さな足跡が一つだけ残されていた。
それは部屋の中へ向かって、ゆっくりと続いていた。
――第七話「兄が遺した音」へ続く。




