第三話 白鳴隧道
「日曜日まで、あと五日。」
その通知は、画面を開いた瞬間に消えた。
送り主も、履歴も残っていない。
悠真はスマートフォンを机へ置き、大きく息を吐いた。
「……誰かの悪戯にしては、手が込みすぎてる。」
そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥のざわつきは消えなかった。
翌日。
悠真は白鳴隧道について調べるため、県立図書館を訪れた。
ネット上にはほとんど情報がない場所ほど、古い新聞や郷土資料に痕跡が残っていることが多い。
郷土史の棚を探していると、一冊の道路史が目に留まる。
ページをめくると、白黒写真が載っていた。
山を切り開いて造られた細い道。
その先に、完成したばかりの白鳴隧道。
写真の下には短く書かれている。
> 「昭和二十七年開通」
さらにページを進める。
昭和五十二年。
> 「新道開通に伴い旧隧道閉鎖」
理由はそれだけだった。
事故も事件も書かれていない。
「こんなに簡単な記録しかないのか……。」
不自然だった。
二十五年間も使われたトンネルなら、何らかの記録が残っていてもおかしくない。
司書に尋ねても、返ってきたのは同じ答えだった。
「詳しい資料は残っていませんね。」
「処分されたんでしょうか?」
「……わかりません。」
その一瞬だけ、司書の表情が曇ったように見えた。
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帰り道。
悠真は山道へ車を走らせた。
目的は現地確認。
歌が聞こえる日曜日ではなく、まずは昼間の様子を見ておきたかった。
ナビが案内を終えると、そこから先は舗装の荒れた細い道が続いていた。
草木が道路を覆い、ガードレールは錆びている。
やがて車を止めるしかなくなり、徒歩で進む。
蝉の鳴き声が山に響く。
風が木々を揺らす。
どこにでもある夏の山だ。
十分ほど歩いた先で、それは姿を現した。
白鳴隧道。
コンクリートは黒く汚れ、入口にはひび割れが走っている。
封鎖用のフェンスは大きく曲がり、人が一人通れる隙間ができていた。
その上には、色あせた立入禁止の看板。
そして赤いスプレーで誰かが書いた文字。
「最後まで聞くな」
昨日見た写真と同じだった。
悠真はカメラを回す。
「こちらが白鳴隧道です。昼間ですが、かなり雰囲気がありますね。」
レンズ越しに見るトンネルは、肉眼よりも暗く見えた。
奥は完全な闇。
懐中電灯を照らしても、光は途中で飲み込まれてしまう。
まるで出口が存在しないようだった。
一歩。
また一歩。
入口へ近づく。
その瞬間。
蝉が鳴き止んだ。
風も止まる。
山全体が息を潜めたような静寂。
悠真は思わず立ち止まった。
「……静かすぎる。」
耳が痛くなるほどの無音。
すると、足元で小さな音がした。
カラン。
小石が転がる。
誰かが奥にいるのか。
「誰かいますか?」
返事はない。
ライトを向ける。
何も見えない。
だが、ほんの一瞬だけ。
闇の奥に、白い服を着た人影が立っているように見えた。
瞬きをする。
もう誰もいない。
気のせいだったのか。
悠真は苦笑しながらカメラを止めた。
「日曜の夜に、また来よう。」
そう言って背を向けた、その時だった。
背後から。
ごく小さく。
女の声が聞こえた気がした。
「あ……」
歌ではない。
たった一文字。
呼び止めるような声。
振り返る。
トンネルの奥は、相変わらず闇だけが広がっていた。
悠真は足早に山を下り始める。
しかし、背中に突き刺さるような視線だけは、山道を抜けるまで消えることはなかった。
その日の夜。
カメラの映像を確認した悠真は、凍りつく。
自分がトンネルへ近づく映像。
その画面の奥。
闇の中に、白い服の少女が、最後までこちらを見続けていた。
撮影中には、誰もいなかったはずなのに。




