表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『月曜の歌』  作者: こうた
第三章 埋もれた歌

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/36

第二十八話 御歌殿

鏡が砕け散った瞬間だった。


ガシャンッ――。


鋭い破片が畳へ飛び散る。


社を満たしていた静寂は消え、代わりに山全体が歌い始めた。


低い男の声。


高い女の声。


幼い子どもの声。


老人のかすれた声。


すべてが重なり、一つの旋律になって社を震わせる。


悠真は思わず耳を塞ぐ。


「近すぎる……!」


真琴も苦しそうに膝をつく。


「今までで、一番近い……。」



---


その時。


割れた鏡の破片が淡く光り始めた。


畳の上に散らばった破片は、まるで夜空の星座のように並び替わる。


やがて、一つの形を描いた。


山の地図。


中央には小さな円。


そこだけが強く光っている。


真琴が地図を見比べる。


「御歌殿……。」


和紙に描かれていた位置と完全に一致していた。



---


社の裏手へ回る。


草木に隠されていた石畳が、山奥へ真っすぐ続いている。


長い年月、誰も歩いていないはずなのに、苔一つ生えていない。


まるで今も誰かが毎日通っている道だった。


「ここだ。」


悠真はライトを向ける。


石畳の終点には、大きな岩壁が立ちはだかっている。


しかし近づくと、不自然な切れ目が見えた。


岩ではない。


巨大な石の扉だった。



---


扉の中央には、鈴が一つ吊るされていた。


錆びることなく、銀色の光を放っている。


風は吹いていない。


それなのに。


チリン……。


鈴がひとりでに鳴った。


その澄んだ音だけは、不気味な歌を一瞬だけ押し返した。


悠真はその音に、なぜか懐かしさを覚える。


「この音だけ……歌じゃない。」


真琴も頷く。


「これは本物の音です。」



---


石扉には古い文字が彫られていた。


> 『御歌殿』




その下には、さらに小さな文字。


> 『歌を封ずる者、歌を欲してはならない。』




悠真は眉をひそめる。


「どういう意味だ……。」


その瞬間。


頭の中へ、美しい歌が流れ込んできた。


今まで聞いてきた歌よりも、ずっと優しい。


ずっと温かい。


母親に子守歌を歌われた幼い頃の記憶。


家族と笑い合った日々。


忘れていた思い出が次々と蘇る。


胸が締めつけられる。


「開けたい。」


自然と、その言葉が口から漏れた。



---


「悠真さん!」


真琴の声で我に返る。


気づけば、悠真は石扉へ手を伸ばしていた。


あと数センチで触れるところだった。


真琴が腕をつかむ。


「見せられています。」


「一番大切な記憶を。」


「歌は、人の心を使って誘うんです。」


悠真は大きく息を吐く。


「ありがとう……。」


あと少しで、自分から封印を解いてしまうところだった。



---


突然、山全体が揺れた。


ゴゴゴ……。


地鳴りではない。


地面の奥から、巨大な呼吸が響いてくる。


一度。


二度。


三度。


それに合わせて、石扉がゆっくりと震え始めた。


真琴が青ざめる。


「中から……。」


「押してる。」


誰かが開けようとしている。


いや、人ではない。


歌そのものが、封印を内側から削っている。



---


その時、悠真のポケットに入れていたICレコーダーが勝手に再生された。


兄・榊恒一の声だった。


> 「御歌殿へ着いたなら……。」




ノイズが混じる。


> 「絶対に扉を開けるな。」




数秒の沈黙。


そして、これまで聞こえなかった続きを初めて話し始める。


> 「封印は壊れかけている。」




> 「だから中へ入る方法は、一つしかない。」




悠真と真琴は息を呑む。


> 「入口は、扉じゃない。」




その瞬間、レコーダーは沈黙した。



---


二人は顔を見合わせる。


扉から入るのではない。


別の入口がある。


その時だった。


石扉の裏側から、美紗のかすれた声が聞こえた。


「……裏へ。」


声は弱々しい。


しかし、はっきりと聞こえた。


「御歌殿の……裏。」


悠真は石扉の横へライトを向ける。


岩壁の陰に、細い獣道が続いている。


誰も気づかないような、小さな道だった。


その奥からは歌ではなく、水の流れる音が聞こえてくる。


真琴は静かに言う。


「兄は……ここを見つけていた。」


悠真は力強く頷く。


「なら、俺たちも行こう。」


二人は歌が響く石扉に背を向ける。


そして、誰にも知られていない「もう一つの入口」へ向かって歩き始めた。


背後では、御歌殿の扉を叩く音が、少しずつ激しさを増していた。


――第二十九話「裏参道」へ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ