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『月曜の歌』  作者: こうた
第三章 埋もれた歌

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第二十六話 古い神社

鉄扉の前から離れた二人は、坑道を引き返していた。


美紗はその場から動こうとしない。


いや、動けないのだ。


坑道の境界まで来ると、その身体は薄く透け始める。


まるで、この地下から出ることを許されていない存在のようだった。


「必ず戻る。」


悠真は振り返って言う。


美紗は小さく微笑んだ。


その笑顔は初めて年相応の少女らしく見えた。


しかし次の瞬間には、再び闇の中へ溶けていった。



---


地上へ戻ると、夕暮れが山を赤く染めていた。


鳥の鳴き声が聞こえる。


風が木々を揺らす。


久しぶりに「普通の音」が戻ってきた。


悠真は違和感を覚える。


「歌が……弱い。」


真琴も頷いた。


「地下にいる間だけ強くなっていました。」


「つまり、あれは地下から漏れている。」



---


車へ戻ろうとした時だった。


山道の脇に、小さな石段があることに気づく。


苔に覆われ、半分崩れている。


昨日は見なかった。


いや、見えていなかったのかもしれない。


石段の先には、小さな社が建っていた。


屋根は崩れ、扉も外れている。


人気はない。


それでも、不思議なことに社の周囲だけは歌が聞こえなかった。


完全な静寂だった。



---


「入ってみましょう。」


真琴が言う。


二人はゆっくり石段を登る。


社の中には何もない。


神像も鏡も失われている。


祭壇だけが残っていた。


その中央に、一枚の古びた木札が置かれている。


悠真は慎重に拾い上げた。


墨で書かれた文字は、ほとんど消えかけている。


それでも一行だけ読めた。


> 『音守神社』




「音守……。」


真琴が呟く。


「そんな神社、聞いたことがありません。」



---


祭壇の下を照らすと、小さな箱が隠されていた。


桐箱だった。


鍵は錆びて壊れている。


開ける。


中に入っていたのは、一冊の和綴じ帳。


表紙には、


> 『音守日記 明治十二年』




と書かれていた。


悠真と真琴は息をのむ。


昭和より百年近く古い記録だった。



---


最初のページを開く。


達筆な文字が並ぶ。


> 『山より歌が聞こえる夜あり。』




次のページ。


> 『歌を聞きし者、山へ歩む。』




さらにページをめくる。


> 『歌は人を誘うにあらず。』




悠真は読む手を止めた。


その続きには、


> 『山の底に眠るものが、人の声を欲するなり。』




真琴は静かに息を吐く。


「明治には、もう分かっていたんですね。」


「だから神社を建てた。」



---


最後のページだけ、筆跡が変わっていた。


震える文字。


> 『巫女、美紗。』




悠真は目を見開く。


「美紗……。」


さらに読む。


> 『最後の歌守に選ばれる。』




> 『山閉じの儀、執り行う。』




その先だけが墨で黒く塗り潰されていた。


誰かが意図的に消している。



---


その時だった。


社の外から、小さな鈴の音が聞こえた。


チリン。


二人は同時に振り返る。


誰もいない。


風も吹いていない。


しかし鈴はもう一度鳴る。


チリン。


悠真は外へ出る。


石段の下。


夕闇の中に、美紗が立っていた。


今までよりはっきりと姿が見える。


美紗は静かに首を横へ振った。


そして社ではなく、


さらに山の奥を指差した。


そこには獣道が続いている。


誰も通らなくなって何十年も経った道だった。


美紗は初めて、はっきりと声を出す。


「……本当の入口は、あっち。」


そう言い残すと、美紗の姿は夕霧に溶けるように消えた。



---


悠真は和綴じ帳を胸に抱える。


地下坑道は入口ではなかった。


あれは封印された場所。


本当の始まりは、さらに山の奥にある。


山を渡る風が、一瞬だけ歌に変わる。


だが今度の歌は、美紗のものではない。


山そのものが、二人を奥へ誘っていた。


――第二十七話「歌守の社」へ続く。

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