第二十四話 封鎖区画
巨大な鉄の扉は、坑道の奥に静かに立っていた。
高さは四メートルほど。
表面は赤茶けた錆に覆われ、無数の引っかき傷が刻まれている。
まるで、内側から誰かが何十年も開けようとしていたような傷だった。
悠真はライトを向ける。
扉には、もう一つ文字が彫られていた。
それは錆に隠れ、今まで見えなかった。
> 昭和五十二年九月二十一日 封鎖
その下には、小さく工事責任者の名前。
大西 恒一
「この日に閉じたのか……。」
真琴は静かに頷く。
「トンネル開通の三日前です。」
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扉の前には、古い工具が散乱していた。
スコップ。
ツルハシ。
ガス切断機。
どれも使いかけのまま放置されている。
さらに、その横には白骨化した手首が土の中から突き出ていた。
悠真は思わず息をのむ。
「遺体……。」
真琴はしゃがみ込み、慎重に周囲を照らす。
骨は一体ではなかった。
地面の下に、何人もの遺骨が埋まっている。
ヘルメットの破片。
作業服のボタン。
錆びた腕時計。
「埋めたんじゃない。」
真琴が低く言う。
「ここで亡くなって、そのまま封鎖したんです。」
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悠真は扉へ近づく。
冷たい鉄に手を触れた瞬間――
視界が暗転した。
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山の中。
昭和五十二年。
まだ白鳴隧道が完成する前。
工事現場では作業員たちが慌ただしく走り回っている。
「早く塞げ!」
「歌が近づいてくる!」
誰かが叫ぶ。
若い作業員が耳を押さえ、笑いながら坑道の奥へ歩いていく。
「きれいだ……。」
誰も止められない。
そのまま闇へ消えた。
次の瞬間。
地鳴り。
悲鳴。
落盤。
砂煙。
工事責任者・大西が涙を流しながら命令する。
「入口を埋めろ!」
「まだ中に人がいます!」
若い作業員が叫ぶ。
大西は首を横に振った。
「これ以上出したら山が終わる!」
重機が動く。
大量の土砂が坑道を埋めていく。
中から、助けを求める声が聞こえる。
叩く音。
泣き声。
叫び声。
そして――
そのすべてが、一つの美しい歌へ変わった。
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「っ!」
悠真は我に返る。
膝をつき、激しく息を切らしていた。
真琴が肩を支える。
「見えたんですね。」
「……記憶だ。」
「この扉が見せた。」
悠真の手は震えていた。
「工事事故じゃない。」
「封印だった。」
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少女は鉄扉の前に立っている。
ゆっくりと振り返り、小さく首を横へ振った。
「開けないで。」
その表情には恐怖だけではない。
罪悪感が浮かんでいた。
まるで、自分が何かを引き起こしてしまったと思い続けているようだった。
悠真は優しく問いかける。
「君は誰なんだ。」
少女は答えようとする。
唇が動く。
しかし、その瞬間。
空間中の歌が一斉に大きくなる。
少女の声だけがかき消される。
言葉を話させまいとしている。
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突然、真琴のICレコーダーが勝手に再生を始めた。
ザーッ……。
ノイズの向こうから、男性の声。
榊恒一だった。
> 「もし、この声を聞いているなら……」
真琴の目に涙が浮かぶ。
兄の声だった。
六年前、最後に録音されたまま消えたはずの音声。
> 「歌を追うな。」
数秒の沈黙。
> 「歌を作っているものを探せ。」
さらにノイズ。
息遣い。
そして最後に。
> 「少女は……」
ブツッ。
録音はそこで切れた。
何度再生しても、その続きは流れない。
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その直後。
巨大な鉄扉の向こうから、
ドン。
重い衝撃音が響いた。
誰かが叩いている。
もう一度。
ドン。
三度目。
ドン。
錆びた扉がわずかに震える。
真琴は青ざめる。
「中に……何かいます。」
悠真は少女を見る。
少女は泣きながら、ゆっくりとうなずいた。
「いる」のではない。
ずっと閉じ込められている。
そして四度目の衝撃。
扉の中央に、小さな亀裂が走った。
その隙間から漏れたのは、風でも光でもない。
無数の人間の歌声だった。
悠真は懐中電灯を握り直す。
この扉が開けば、封印は終わる。
だが、開かなければ少女は救えない。
二人は、人生で最も重い選択を迫られていた。
――第二十五話「少女の名前」へ続く。




