表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『月曜の歌』  作者: こうた
第三章 埋もれた歌

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/36

第二十三話 声の墓

鉄扉の向こうは、地下坑道とは思えないほど広い空間だった。


懐中電灯の光は、十メートル先で闇に飲まれる。


天井がどこにあるのか分からない。


壁も見えない。


まるで山の内部が空洞になっているようだった。


しかし、悠真が最初に気づいたのは景色ではなかった。


「反響がない。」


試しに足を踏み鳴らす。


ゴッ。


確かに靴は地面を叩いた。


だが、音は一度だけ鳴って終わる。


洞窟なら返ってくるはずの反響が、一切ない。


まるで空間そのものが音を吸い込んでいる。



---


「……だから『声の墓』なのか。」


悠真が呟く。


真琴は壁へライトを向けた。


そこには、無数の文字が刻まれていた。


昭和五十二年。


平成三年。


平成十九年。


令和元年。


年代だけではない。


名前もある。


何百人分もの名前。


そのすべての横に、同じ一文字が刻まれていた。


『聴』


「犠牲者……。」


真琴が声を震わせる。


「みんな歌を聞いた人たち。」


悠真は壁をなぞる。


指先に、わずかな凹凸が伝わる。


その瞬間だった。


壁の奥から声が聞こえた。


「……帰りたい。」


老人の声。


続いて、


「助けて。」


若い女性の声。


「お母さん。」


幼い子どもの声。


無数の声が壁の中から漏れ出してくる。


悲鳴ではない。


叫びでもない。


**「最後まで口にできなかった言葉」**だけが残っている。


悠真は思わず壁から手を離した。


「これ……。」


真琴が静かに答える。


「歌に飲まれた人たちの声。」



---


二人はゆっくりと奥へ進む。


床に、古びたヘルメットが落ちていた。


工事用だ。


その近くには、錆びた水筒。


懐中電灯。


安全帯。


すべて昭和のまま時間が止まっている。


真琴がヘルメットを拾う。


内側に名前が書かれていた。


『大西 恒一』


「工事責任者……。」


新聞資料で見た名前だった。


その時、ヘルメットの中から小さな紙切れが落ちる。


折りたたまれたメモ。


慎重に開く。


そこには鉛筆で、震える文字が残されていた。


> 「歌ではない。」




その下に続く。


> 「あれは、人の声を集めて歌を作っている。」




悠真の鼓動が速くなる。


「人の声を……。」


真琴が続きを読む。


> 「歌は餌だ。」




> 「美しく聞こえるように、奪った声を混ぜている。」




その瞬間、二人はすべてを理解した。


少女の歌は最初から存在していたわけではない。


呪いは、犠牲者の声を取り込みながら、より美しい歌へ変化してきたのだ。


だから人によって違って聞こえる。


その人が心を許す音へ変わる。


そして近づいてきた者から、また新しい「声」を奪う。



---


「だから録音できないんだ……。」


悠真は呟く。


「録音されるのは音だけ。」


「歌そのものは、生きている。」


真琴はゆっくりとうなずいた。


「兄は、このことに気づいたんです。」


その時だった。


少女が苦しそうに胸を押さえる。


「……来る。」


かすかな声。


その直後。


空洞全体が震えた。


壁一面に刻まれた名前から、一斉に声が漏れ始める。


「助けて。」


「帰りたい。」


「寒い。」


「聞こえる。」


何百もの声。


いや、何千もの声。


そのすべてが、ゆっくりと一つの旋律へ変わっていく。


少女は耳を塞ぎ、泣き叫ぶ。


「歌わせないで!」


だが止まらない。


声は集まり、重なり、やがて天井の闇へ吸い込まれていく。


その闇の中で、何か巨大なものがゆっくりと息を吸った。


生き物の姿は見えない。


だが、確かな存在感だけがある。


悠真は全身が凍りつく。


「あれが……。」


真琴は唇を噛み締めた。


「あれが、歌を作っている。」


闇の奥で、巨大な「息」が一つ響く。


そして、それまで聞いたことのない、低く濁った歌声がゆっくりと流れ始めた。


それは少女の美しい歌を飲み込み、山全体を震わせるほどの不気味な響きだった。


悠真は少女を見た。


少女は涙を流しながら、震える指で空洞のさらに奥を指差した。


そこには、錆びついた巨大な鉄の扉が静かに立っていた。


扉には、たった一行だけ文字が刻まれていた。


> 「開けた者が、次の歌になる。」




――第二十四話「封鎖区画」へ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ