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『月曜の歌』  作者: こうた
第三章 埋もれた歌

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第二十二話 地下坑道

階段は想像より長かった。


降りても降りても終わらない。


壁は古いコンクリートから、やがてむき出しの岩へ変わる。


湿気が強くなるたび、懐中電灯の光が揺れた。


その揺れに合わせて、奥から“音の気配”が近づいてくる。


悠真は立ち止まることなく言った。


「これ、もうトンネルじゃない。」


真琴が答える。


「工事用の地下坑道です。」


「昭和の記録にあった“封鎖区画”。」



---


階段を降り切ると、空間が広がった。


天井の高い空洞。


左右に枝分かれする通路。


そこには古いレール跡が残っている。


錆びた台車の車輪が、半分だけ地面に埋まっていた。


まるで途中で時間が止まったまま放置された場所だった。


しかし一番異様なのは、音だった。


ここでは“静か”ではない。


音が生まれる前のざわめきが、空気の中に漂っている。



---


悠真が一歩進む。


その瞬間、壁から小さな音が漏れた。


――息。


誰かが、すぐそばで息をしている。


振り返る。


誰もいない。


だが息は増えていく。


一人分ではない。


数人。


いや、それ以上。


真琴が低く言う。


「ここに“いる”んです。」


「でも形がない。」



---


奥へ進むにつれ、音は変質する。


息が重なり、うなりになり、やがて旋律へ近づく。


まだ歌ではない。


だが確実に“歌になる途中”だった。


悠真は頭を押さえる。


「やめろ……まだなるな……。」


真琴は懐中電灯を握りしめたまま進む。


「止められません。」


「これは自然現象じゃない。」


「“生成”です。」



---


やがて通路の奥に、古い鉄扉が現れる。


扉には無数の文字が刻まれていた。


削られ、重ねられ、読めないほど乱れている。


それでも一部だけは読めた。


> 「音を入れるな」




> 「ここは声の墓」




悠真は息を飲む。


「墓……?」


真琴は小さく頷く。


「消された音の行き場です。」



---


その時だった。


扉の向こうから、少女の声がした。


「……来ないで。」


かすれた声。


だが確かに、あの少女だった。


悠真は扉に手を伸ばす。


真琴が止める。


「開けたら、戻れません。」


悠真は一瞬だけ迷う。


だが答えは決まっていた。


「もう戻る場所はない。」



---


鉄扉を押す。


重い音が響くはずだった。


しかし――


音は出なかった。


代わりに、扉の向こうから“世界の裏側の呼吸”が流れ込んでくる。


そこは空間ではなかった。


音そのものが積み重なってできた部屋だった。



---


無数の声が、まだ言葉になる前の形で漂っている。


その中心に、少女が立っていた。


だがさっきとは違う。


影が薄くなっている。


何かに吸われている。


少女は二人を見て、必死に首を振る。


「ここに来ちゃだめ。」


だが声は途切れ途切れだ。


その背後で、“別の何か”が動いている。



---


それは形ではない。


音の塊。


声の集合体。


まだ歌と呼べない“圧”だけの存在。


それが少女へゆっくりと伸びている。


悠真は理解する。


ここは封印ではない。


歌が生まれる“胎内”だ。



---


真琴が震える声で言う。


「兄はここまで来てた。」


「だから……。」


言葉が続かない。


悠真は一歩前へ出る。


「助ける方法はあるのか。」


少女はかすかに口を動かす。


音はない。


しかし確かに伝わる。


「壊すしかない」



---


その瞬間、空間全体が震え始める。


まだ歌になっていない無数の音が、一斉に押し寄せる。


生成されかけた“何か”が目を覚ます。


真琴が叫ぶ。


「来ます!」


悠真は少女を見る。


そして決断する。


「なら壊す。」



---


地下坑道の奥で、音が形を持ち始める。


それは歌ではない。


だが、歌よりもずっと危険なものだった。


――第二十三話「声の墓」へ続く。

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