第二十一話 静かな山
午前十時。
白鳴隧道の入口は、昨日と何も変わっていなかった。
ただ一つだけ違うのは、音だった。
風がない。
虫の声もない。
鳥もいない。
山全体が、まるで耳を塞いでいるように静まり返っている。
それでもトンネルの奥からだけは、かすかな歌が続いていた。
悠真は懐中電灯を握り直す。
「行くぞ。」
真琴は無言でうなずいた。
二人は一歩、トンネルへ足を踏み入れる。
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入口を抜けた瞬間、外の光が消える。
代わりに現れたのは、冷たい空気と、わずかな湿気。
そして――
音のない歌。
耳ではなく、体の奥に直接響いてくるような感覚だった。
「聞こえる?」
悠真の問いに、真琴は小さく答える。
「聞こえます。」
「でも、耳じゃない。」
その通りだった。
これは音ではない。
**“存在しているだけの歌”**だった。
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数十メートル進んだところで、足元に古い標識が落ちている。
『立入禁止 昭和五十二年』
その下に、誰かの文字が重ねられていた。
「聞くな」
真琴はそれを見つめる。
「兄の字です。」
悠真は息を呑む。
「ここに入ってたのか……」
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さらに進むと、壁に無数の傷が刻まれていた。
爪痕。
人の手で掘られたような線。
そして、そのすべてが同じ方向へ向かっている。
奥へ。
まるで誰かが“歌に導かれて歩いた跡”のようだった。
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その時だった。
懐中電灯の光が一瞬揺れる。
トンネルの奥に、人影が立っている。
白い服。
長い髪。
少女だった。
しかし今回は違った。
泣いていない。
歌ってもいない。
ただ、二人を見ている。
そしてゆっくりと、口を動かした。
音は聞こえない。
だが、確かに伝わった。
「戻れ」
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悠真は一歩前に出る。
「お前は誰だ。」
少女は答えない。
代わりに、トンネルの奥から“別の声”が重なる。
低い。
重い。
何層にも重なった、人間ではない合唱。
少女はその音に反応するように、後ろを振り返った。
恐れている。
何かから逃げている。
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真琴が小さく言う。
「……この子じゃない。」
「え?」
「歌っているのは、この子じゃない。」
少女は再び二人を見た。
そして、ほんの一瞬だけ微笑んだ。
その直後――
少女の足元から、影が伸びる。
それは人の形ではなかった。
音の形だった。
“声そのもの”が、黒い影になって少女を引きずろうとしている。
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悠真は叫ぶ。
「逃げろ!」
少女は首を振る。
逃げないのではない。
逃げられない。
そして次の瞬間、少女は“歌の中へ”引きずり込まれた。
音も光もない闇へと。
残ったのは静寂だけだった。
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真琴は震える声で言う。
「今のが……封印の中核です。」
悠真は奥を見つめる。
そこには、さらに深い暗闇が続いている。
だが今までとは違う。
そこからは歌ではなく、“声になりかけた何か”が漏れていた。
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悠真は一歩踏み出す。
「行くしかないな。」
真琴も頷く。
「もう戻れません。」
懐中電灯の光が、闇へ吸い込まれていく。
その奥で、何かがゆっくりと目を開けていた。
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――第二十二話「地下坑道」へ続く。




