第十六話 聞こえない配信
子守歌は、一分ほどで消えた。
静かになった部屋で、悠真は椅子に座ったまま動けずにいた。
耳元で歌われていた。
確かに聞こえた。
それなのに、録音機器はすべて無音のままだった。
机の上には、配信用のカメラとマイク。
どちらも異常はない。
「……証明する。」
誰にも信じてもらえなくてもいい。
せめて、自分が狂っているのではないことだけは確かめたかった。
悠真はライブ配信を開始した。
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画面には、いつもの配信画面が映る。
視聴者はあっという間に集まり始めた。
「こんばんは。」
「今日は心霊配信じゃありません。」
「俺の身に起きていることを話します。」
コメント欄が流れる。
> 「トンネルの続き?」
> 「歌の話?」
> 「また企画?」
悠真は深く息を吸った。
「白鳴隧道で歌を聞いた人間は、三日後に死ぬ。」
一瞬、コメントが止まる。
だが次の瞬間、
> 「設定が凝ってる。」
> 「映画化しそう。」
> 「面白いじゃん。」
笑い混じりの反応ばかりだった。
悠真は構わず続ける。
「今、俺には機械の音も、人の声も全部歌に聞こえる。」
「聞こえる人はいない?」
視聴者に問いかける。
もちろん返ってくる答えは一つだった。
> 「何も聞こえない。」
> 「BGMもないよ。」
> 「普通。」
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その時だった。
パソコンの冷却ファンが回り始める。
ブォォォ……。
悠真の耳には、それがはっきりと歌に聞こえた。
思わず顔色が変わる。
「今、聞こえてる。」
「歌ってる。」
コメント欄は混乱する。
> 「ただのファンの音。」
> 「何も変わってない。」
> 「大丈夫?」
悠真はマイクをファンへ近づける。
「聞いてくれ!」
だが配信画面から流れるのは、ただの機械音だけだった。
歌は届かない。
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配信開始から三十分。
視聴者数は増え続ける。
しかし応援よりも疑いの声が多かった。
> 「再生数目的。」
> 「演技うまい。」
> 「精神科行った方がいい。」
そのコメントを見て、悠真は何も言い返せなかった。
自分でも、そう思い始めていたからだ。
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その時。
コメント欄の流れが一瞬止まった。
一つのアカウントが現れる。
ユーザー名は数字だけ。
「333333」
そのアカウントは、たった一行だけ投稿した。
> 「後ろ。」
悠真の呼吸が止まる。
冗談だ。
そう思いたい。
しかしコメント欄は騒ぎ始める。
> 「誰?」
> 「新しい演出?」
> 「怖っ。」
悠真はゆっくりと振り返る。
部屋には誰もいない。
安堵した、その瞬間。
モニターに映る自分の姿の後ろ。
カーテンの隙間に、白い服の裾だけが映っていた。
悠真は勢いよく振り返る。
やはり誰もいない。
再びモニターを見る。
今度は何も映っていなかった。
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配信を終えようとした時だった。
視聴者から次々と同じコメントが流れ始める。
> 「今、ノイズ入った。」
> 「女の人の声がした。」
> 「一瞬だけ聞こえた。」
悠真は録画データを確認する。
その場で再生する。
ノイズはない。
女の声もない。
コメントだけが残っている。
視聴者が聞いたはずの音は、録画には存在しなかった。
「……そんな馬鹿な。」
歌は録音できない。
それなのに、視聴者の何人かだけが聞いた。
呪いは変化し始めている。
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配信終了後。
真琴から電話が入る。
「配信、見ていました。」
「コメント見たか?」
「ええ。」
真琴は沈黙した。
「今まで、そんな例はありません。」
「どういうことだ。」
「歌が……広がろうとしているのかもしれません。」
その言葉に、悠真は背筋が凍る。
もし歌が配信を通して伝わるようになれば。
呪いは白鳴隧道だけの怪談ではなくなる。
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電話を切った直後。
部屋中の家電が一斉に起動した。
テレビ。
電子レンジ。
エアコン。
空気清浄機。
すべての機械が、誰も触れていないのに動き始める。
そして、それぞれ違う音を鳴らしながら、
一つの美しい旋律を奏ではじめた。
まるで見えない指揮者が、家中を合唱団に変えたようだった。
悠真は耳を塞ぐ。
だが歌は止まらない。
窓の外では、消防車のサイレンが近づいてくる。
そのサイレンさえも、今は同じ歌を歌っていた。
悠真は悟る。
二日目は終わろうとしている。
そして三日目が始まれば、
世界そのものが歌い始める。
――第十七話「二日目」へ続く。




