表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『月曜の歌』  作者: こうた
第二章 残響

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/36

第十二話 冷蔵庫の歌

朝六時四十分。


目覚まし時計が鳴る前に、悠真は目を覚ました。


眠れた気がしない。


夢を見た記憶もない。


ただ、一晩中、誰かが部屋の隅で小さく鼻歌を歌っていたような気がしていた。


起き上がると、その歌は消えた。


代わりに聞こえてきたのは、冷蔵庫の低いモーター音だった。


ブゥ────。


どこの家庭にもある、ごく普通の音。


しかし今日は違った。


その音が、ゆっくりと旋律へ変わっていく。


「……。」


悠真は息を止めた。


ブゥ────という単調な振動の中に、昨日、白鳴隧道で聞いた歌と同じ抑揚が混じっている。


歌詞はない。


ただ、美しい旋律だけが流れている。


まるで冷蔵庫そのものが歌っているようだった。


悠真は慌てて電源コードを抜く。


モーター音は止まる。


歌も消えた。


「気のせい……か。」


そう言い聞かせる。


だが、コンセントを抜いてから数秒後。


背後で、冷蔵庫が小さく鳴いた。



たった一音。


電気が通っていないはずなのに。


悠真はゆっくり振り返る。


冷蔵庫は静かにそこへ立っているだけだった。



---


午前十時。


悠真は動画編集用のヘッドホンを持ち、真琴の勤める新聞社へ向かった。


応接室で待っていた真琴は、悠真の顔を見るなり表情を曇らせた。


「眠れていませんね。」


「分かる?」


「兄も、一日目から眠れなくなりました。」


真琴は机の上へ数枚のコピーを並べる。


それは過去の被害者たちの日記だった。


全員、別々の時代。


年齢も職業も違う。


しかし書かれている内容は驚くほど似ていた。



---


『時計がうるさい。』



---


『冷蔵庫が歌っている。』



---


『エアコンの音が笑っている。』



---


『音が生きている。』



---


悠真はページをめくる手を止めた。


「全員……同じだ。」


真琴は静かにうなずく。


「症状の順番まで一致しています。」


「呪いには、決まった進行があります。」


「止められないのか?」


「……今まで止められた人はいません。」


その一言が、部屋の空気を重くした。



---


帰宅途中。


スーパーへ立ち寄る。


店内には、いつものBGMが流れている。


軽快なピアノ曲。


買い物客も普通に歩いている。


しかし悠真には、その音楽が途中から変わって聞こえた。


ピアノではない。


女の歌声。


店内放送でもない。


天井のスピーカーから、確かにあの歌が流れている。


悠真は周囲を見回す。


誰も反応しない。


子どもが笑いながら走り回る。


店員が商品の補充をしている。


聞こえているのは、自分だけだ。


耳を塞ぐ。


それでも歌は止まらない。


頭の奥で、静かに響き続ける。



---


夕方。


自宅へ戻ると、机の上に置いたICレコーダーのランプが点滅していた。


録音などしていない。


再生ボタンを押す。


ザーッ……。


数秒の無音。


そして、自分の声が流れた。


> 「気のせい……か。」




今朝、冷蔵庫の前でつぶやいた言葉だった。


悠真は凍りつく。


録音した覚えはない。


続いて、小さな女の子の声が聞こえた。


> 「まだ、気のせいだと思う?」




ブツッ。


録音は終わる。


何度再生しても、その女の子の声は二度と聞こえなかった。



---


夜九時。


真琴から電話が入る。


「相沢さん。」


「はい。」


「今日、歌が聞こえる時間は長くなりましたか?」


悠真は少し考えて答えた。


「昨日は一瞬だった。」


「今日は……何分も聞こえる。」


真琴は小さく息を吐いた。


「予定どおりです。」


「予定?」


「明日になると、機械だけじゃありません。」


「人の声も歌になります。」


その言葉に、悠真の背中を冷たい汗が流れた。


「そして、その次の日には……。」


真琴は言葉を切る。


「……その話は、明日にします。」


電話は静かに切れた。



---


深夜。


部屋の電気を消えると、冷蔵庫は暗闇の中で静かに唸っていた。


ブゥ────。


その音は、もう機械音ではない。


誰かが子守歌を歌っているようにしか聞こえなかった。


悠真は布団を頭までかぶる。


しかし歌は止まらない。


壁の向こうから。


天井から。


床下から。


家中の機械が、同じ旋律を奏ではじめていた。


そして午前零時。


歌はぴたりと止まる。


静寂の中、玄関のチャイムが一度だけ鳴った。


ピンポーン。


こんな時間に誰が──。


恐る恐るドアスコープを覗く。


廊下には誰もいない。


ただ床には、小さな録音機がひとつ置かれていた。


赤い録音ランプだけが、静かに点滅していた。


――第十三話「救急車」へ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ