第十一話 時計の音
午前七時。
悠真は目を覚ました瞬間から、その音に気づいた。
コチ……コチ……コチ……
壁掛け時計は止まっている。
電池は昨夜抜いたはずだった。
それでも、音だけが部屋の中に響いている。
悠真はゆっくりと耳を澄ませる。
時計の音ではない。
もっと近い。
頭の中から聞こえてくるような、規則正しい音だった。
「……始まってる。」
ベッドから起き上がると、視界の端でカーテンがわずかに揺れた。
窓は閉まっている。
風はない。
それでも、音は止まらない。
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昼前。
榊真琴から電話が入る。
「一日目ですね。」
開口一番、それだけだった。
「……やっぱり聞こえてる。」
悠真は短くうなずく。
「時計の音です。」
真琴は少し沈黙したあと、静かに言った。
「正常です。」
「正常?」
「最初は誰でもそうです。」
「それは呪いが“外”から“内”に入ってきた証拠です。」
悠真は息をのむ。
「外って何だよ。」
「世界です。」
その言葉の意味は、理解できないまま通話は続いた。
「今日はまだ軽いはずです。」
「音を記録しようとしないでください。」
「そして、できるだけ一人でいてください。」
そこで電話は切れた。
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午後。
悠真はICレコーダーを机に置いたまま、試しに録音を開始した。
「時計の音について検証する。」
自分の声は普通だ。
しかし数秒後、録音された音を再生すると、そこには別の音が混じっていた。
ザー……ではない。
かすかな旋律。
人の声に似ているが、言葉ではない。
悠真は再生を止める。
もう一度再生。
今度はただの無音。
「……ふざけてるのか。」
だが笑えなかった。
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夕方。
コンビニへ向かう。
街はいつも通りだった。
自転車。
買い物袋。
夕焼け。
誰も異常に気づいていない。
レジの電子音が鳴る。
ピッ
その瞬間だけ、それが歌の一節に聞こえた。
悠真は振り返る。
客も店員も普通にしている。
自分だけだ。
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夜。
自宅。
シャワーを浴びている最中、水の音が変わる。
シャー……
シャー……
それが一瞬だけ、
歌の息継ぎのように聞こえた。
悠真は蛇口を強く閉める。
水は止まる。
しかし耳の中で音は続いていた。
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深夜。
真琴からメッセージが届く。
> 「二日目からが本番です。」
その直後。
部屋の電子レンジが勝手に起動した。
何も入っていない。
数秒後、「チン」と鳴る。
その音が、一瞬だけ“旋律”に変わる。
悠真はレンジの電源を抜く。
それでも音は消えなかった。
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その夜。
眠れないまま天井を見ていると、遠くから何かが聞こえた。
外ではない。
部屋でもない。
もっと曖昧な場所。
人の声のような、歌のようなもの。
まだはっきりとは形になっていない。
だが確実に近づいている。
悠真は理解する。
これは「聞こえる」のではない。
世界そのものが、音を変え始めている。
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そして午前二時。
時計の音は、いつの間にか止まっていた。
代わりに。
どこかで誰かが、小さく歌い始めていた。
まだ誰にも気づかれていない歌が。
――第十二話「冷蔵庫の歌」へ続く。




