第五章 株式会社M’sH
第四十一話 洋食派
ベイ・ラァ・エルダウの朝は早い。
エルダウ族はそもそもあまり睡眠を必要としない。平均睡眠時間は5時間程度(ラァ調べ)。しかしその中でもラァは特にショートスリーパーだった。
「今日は天気良さそうだねー」
メアリーホリデーから6キロ離れた一軒家。日が昇り始めると同時にラァは動き出す。ぐるぐると肩を動かしたり、首を伸ばしたり。軽いストレッチを終えたら、朝ごはんを用意する。
「今日は何食べようかなー。アボカドとトマトがあるのか……」
機嫌良く鼻歌を歌いながら料理をする。丁寧に作られた朝ごはんは、サンドイッチだった。続いて飲み物の準備に取り掛かる。
「今日はチャイティの気ぶーん。お鍋でパパパ、あったかいお水。お茶葉ちゃちゃちゃ、お好きなスパイス、削ってパーラパラ。しばらくダンスタイムだよー」
ラァは、昔の友人から教わった歌を口遊みながらくつくつと茶を煮詰める。ご機嫌な調子とは裏腹に、その歌声は柔らかくて静かだった。
「牛乳はこのくらーい、お砂糖は多くないとダメなのよー。くるくるしたらー……マサラチャーイ」
用意できた朝食を並べる頃にはすっかり朝が来ていた。テーブルに並べられる冷めたサンドイッチと熱々のチャイティ。
静かに食べて、食べ終わったら手を合わせる。随分と染みついた動作に少し笑う。
「ハルワってどこで食べれるのかな」
第四十二話 白米派
木春愛子の朝は早い。
愛子は女の子であること、に誇りを持っている。化粧もネイルも大好きで、柔らかいフリルやリボンに囲まれて生きていたいと思っている。
ただいま午前6時半、愛子はドレッサーに座っている。
日焼け止め、下地、ファンデーション、パウダー。シャドウ、ハイライト、ラメ、アイライナー、アイブロウ、ビューラー、マスカラ。カチャカチャと音を立てながら慣れた調子で仕上げていく。
目は垂れ目を強調させすぎない。眉毛はグレーで目立たせないように細めに。でもちゃんと左右対称に真っ直ぐに。鼻と口は小さく、目は大きく見せるのが化粧の鉄則だ。
ピンで留めていた前髪を下ろす。丁寧に櫛で髪全体を梳かしてから、毛先だけを軽く巻いていく。最近は自動で巻いてくれるものが主流だが、愛子は自分で巻けるコテが好きだ。
ふんわりと広がる髪の毛ができたら、次はブラシで梳かす。それからゴムとリボンを取り出して……今日はハーフアップ!
全体を鏡で見て整える。前髪をもう一度すいて、丁寧にリップを塗る。一昨日はオレンジ、昨日はベージュ。今日はピンクベージュ。
アホ毛一本ない整えられた髪は、頭頂からちゃんと亜麻色。眉と目のちょうど間で揃った前髪にも乱れなし。茶色に染められた長いまつ毛がくりっとした丸い目を引き立てる。
秋っぽい薄茶色のフリルシャツに黒のサテンスカート。スカート丈はバッチリ足首。合わせるバッグは……リップと同じ色。
そうして鏡の自分に微笑んだ。
「よし、今日も可愛い!」
第四十三話 本日パン派
リィ・マォウ・フェイラの朝は、毎日7時半から始まる。着替えて、軽く化粧をして、細々としたことをして。そうして身支度にかかる時間が30分だからだ。
「おはよう、マオちゃん」
「おはようございます」
「今日も時間ぴったりねぇ! 今日は何食べる?」
8時ぴったり、朝ごはんの開始時間だ。
マォウはメアリーホリデーの社員寮に住んでいる。会社と繋がっているため出勤が非常に容易なこと、それから朝食付きなこと。その二つに心惹かれて、この会社に入社したようなものだ。
「今日はパンが食べたいです」
「そしたらクロワッサンはどう? まだ食べたことないでしょお」
「ありがとうございます。ご教授いただいた通りにいたします」
マォウは寮母の皆さんに可愛がられている。素直なたちで、幸せそうによく食べるからだ。マォウから言わせれば地球人が少食すぎるだけで普通なのだが、愛子と比べると三倍ほど食べる。リーと比べると0倍になる。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
クロワッサンとバターを塗ったトーストと目玉焼きとベーコン。野菜も食べなきゃねとサラダもついている。飲み物は煎茶。
マォウは目を輝かせると、目の前の素晴らしい料理を嬉しそうに食べ始めた。
「今日もとっても美味しいです!」
第四十四話 大切なのは蛋白質
「お! リィ・マォウ・フェイラ、おはよう!」
「おはようございます、カイ・シィド・レイ・ミィファ・ソォウラン」
カイ・シィド・レイ・ミィファ・ソォウランの朝は8時ごろから始まる。寝巻きのまま、歯磨き等を済ませて食堂へ現れる。
「おはようカイくん、今日もかっこいいねぇ。何食べる?」
「おはよう、佐藤サン! マォウは何を食べているんだ?」
「クロワッサンというパンです」
「俺もそれにしよう」
そうしてカイ・シィド・レイ・ミィファ・ソォウランの前に並べられたのクロワッサンとバターを塗ったトーストと目玉焼きとベーコン。ブロッコリーサラダとチキンソテー。飲み物は煎茶。
マォウと比べると2倍くらいになる。トーストとクロワッサンと目玉焼きが2倍なので。
「カイくん、鶏肉とブロッコリー毎日食べて飽きない?」
「何を言う! 地球の食文化は素晴らしいぞ!」
風の民、竜と共に生きる者。空を飛ぶことが無くなっても、体を鍛えることはやめられない。シィエン族は常に己の肉体を磨き上げるもの。
「肉体の糧になる食事が一番だ」
第四十五話 愛妻朝食
黒崎静真の朝は早い。
「おはよう、あなた」
「おはよう」
黒崎は目が悪い。だが手術を受けず、メガネで対応している。昨今の何でもかんでもすぐ体にメスを入れる風潮が嫌いだからだ。
彼の朝は妻に口付けで起こされ、メガネをかけるところから始まる。充電済みのメガネをケースから取り出す。昔のメガネはレンズが実態で邪魔だったらしいが、今のメガネはホログラム。両耳にツルをそれぞれつければいいだけだ。
ぼんやりとした視界が急に開ける。鮮やかになった視界で、はじめに見るものはいつも決まっている。
「今日も君は美しいな」
「やだあなたったら! メガネが古いんじゃないの」
「何を言う! メンテナンスは怠っていないぞ」
そうして夫婦の語らいを楽しみながら支度を済ませていく。ざっくりと顔を洗い、拭いてから日焼け止めを塗る。シャツを着て、スーツを着て、ネクタイを締める。
「朝ごはんは何かな、ハニー」
「今日はおにぎりにしたわ、いってらっしゃい」
口付けをもう一度。包んでもらった朝食を移動中に食べるのが彼流だ。
第四十六話 朝は胃もたれ
「あーおーいー!! いつまで寝てんの!!」
「はい! 誠に申し訳ございません!!」
水瀬葵の朝はまぁまぁ早い。
実家暮らしの特権とばかりに母に起こされるところからいつも始まる。そもそもは早起きが得意なタイプだったが、大学、大学院生活で完全に生活習慣が壊れた。
「やばい、後15分しかない!」
大慌てで部屋から飛び出し、洗面所へ向かう。歯磨きをしながら、自動櫛に髪を任せる。そのまま勢いで洗顔し、日焼け止めを少しだけ慎重に塗る。ここまでで約5分が経過した。
「葵、あんた本当に朝ごはんいらないの?」
「ごめん、母さん。本当に朝は無理!!」
「あんた時間ないから食べないだけじゃないでしょうね」
「違うって! 昔から朝は入らないの知ってるだろ」
バタバタとスーツを着込みながら母に反論する。親というのは幾つになっても子を子供として見ている。有難いことではある。
「せめて水だけ飲んで行きなさい!」
「はい、はい! 今飲んでるじゃん!」
「もう一杯よ!」
「時間ないんだってぇ!!」
ごちゃごちゃ言いはするものの、きっちり2杯飲む。そうしてようやく玄関に辿り着く。現在8時26分。
「信号無視とかしないでよ」
「はい」
「よそ見もしないの」
「はい」
「あとね「もう分かってるって!! 心配ありがとう行ってきます!!」
毎朝お決まりのやり取り。そうして階段を駆け上がっていく葵の背に、母の声が刺さる。
「本当に墜落しないでよ!」
「今の車はできないってば!!」
第四十七話 シャケとツナマヨ
山田太郎の朝は遅い。
「んあっ……やべ」
ベッドから跳ね起きて。昨日のままの服を適当に脱ぎ散らかしていく。洗面所で歯ブラシを引っ掴み、歯磨き粉を適当につけて口に送る。もちろん全て走りながら行っている。
辿り着いた風呂場で、壁に手を翳す。ザッと出てきたお湯を浴びたら、次は石鹸を手に取る。頭から爪先まで石鹸を泡立てながら擦り付けた。
「寝落ちたー!! まぁ走ったらいけるか!」
僅か2分でシャワーとその他身支度を終えた太郎は、脱ぎ散らかした服を足蹴にしながらドタバタとかける。
「やべ、スーツ洗濯してないわ。まぁ私服でいっか!」
パーカーとズボンを着込む。ポイポイ、と床に落ちている服を全て洗濯機に放り込み、スイッチを押す。靴下と靴を履く。これで支度は完了した。
「佐藤さんおはよ! おにぎりちょうだい!」
「はいはい、気をつけてね」
「ありがとう!」
ドタバタと社員寮をかけて、食堂でお弁当をもらう。そうしてUターンして会社側へと走った。只今8時47分。
「社員寮から会社には5分で着くのになぁ」
走りながら日焼け止めを塗り込む。こればっかりはサボれない。おにぎりを二つもぐもぐと頬張る。こればっかりは譲れない。
10台あるエレベーターのうち、開発部に直接行けるのは2台だけ。もちろん両方呼ぶ。
「うちの部署高いって〜!! 階段走れる階に移動してくれ〜!!」
第四十八話 ご挨拶
「おはようございます、おはようございます、おはようございます!」
愛子さんとマオさんに挨拶をする。そうしてガシッとラァ先輩とハグを交わす。今日も同じ朝だ。
「仲がいいねぇ」
「まーね」
「本当に趣味が合うんです」
「ラァは多趣味ですから、合致しやすいのかもしれません」
「確かにぃ〜! ラァくん色んなことに詳しいもんねぇ」
ラァ先輩は本当に色んなことに詳しい。部長と偉人について話していたり、愛子さんとコスメについて話していたりする。僕とは娯楽の話を延々としているけれど。
「そぉ? 普通だよ、普通。ケェユーみたいに智の探索に生きてるわけじゃないし」
ケラケラ笑うけれど、そういえばこの人は地球文化にも詳しい。本来はすごく勤勉な人なのかもしれない。
「おはよう、みんな」
「「「「おはようございます、部長」」」」
カツン、とヒールを鳴らして現れた部長はいつも通り美人だ。真っ白な肌に映える真紅の唇。艶々の髪が歩くたびにサラサラと揺れる。人形じみた整えられた美貌で、AIのように正しい歩き方をする。
本当に美しい人だ、と前なら思っただろう。
「リーさぁん……」
「部長ー……」
席に着いた部長に、じとりとした視線が突き刺さる。二つ、いや……三つだ。
「な、なによ……」
「またすっぴんで来れる度胸がすごいよね」
「部長はお美しいので、よろしいのではないですか?」
「そうよそうよ! ご覧なさい、この恵まれし肌、爪、髪!」
「腹立つわぁ」
部長ほど美しい人が言うと嫌味にもならない。髪はもちろん、確かに爪も形が良くて艶々している。肌もつるんと剥きたてゆで卵だ。なんならゆで卵より白いなこの人。
「遺伝子って不公平〜!!」
「大体イーガチュウならほとんどの人がすっぴんよ? 地球が遅れてるのよ」
それはそうかも、みたいな顔をしたのはマオさんで、愛子さんは小動物みたいな顔が凄まじい勢いで歪んでる。
「上の人にもそれで言われてる時あるよね? 無駄に敵作る必要ある?」
「…………紅引いてたら大丈夫かなって」
「化粧する側から見たら一撃ですよ! むしろ口紅だけとか喧嘩売ってるのかって話!!」
「部長、宜しければお化粧をご教授いたしますわ」
僕は本当に違いが分からないけれど、化粧の話には絶対に口を挟まないようにしようと決めた。
今日の教訓、無知の知。
第四十九話 自主始末書 一枚目
「部長、先方からのめ、テキスト届きましたー!」
今日はなんだかラァ先輩から違和感を感じる。何が違うんだ? 髪、真ん中分け。目、赤と青。ジレとパンツが青色。中のTシャツは今季のアニメのやつ。いつも通りだな……。
「あ! 買ったんですか!?」
「おっ、気づいたかー!」
いつも通り尖った耳に、いつもと違う飾りがついてる。イヤフォン18! 最新のイヤフォンだ。しかも宝石みたいにキラキラしている!
「ぱっと見は全然わかんないですね、大きさも変わらないし。でも前のより似合ってます!」
「ラァくん機種変したんだ〜! 画面がおっきくなったんだっけ?」
「しょーじきあんま違いないかも。やっぱ非接触ホログラムは反応悪いかな」
イヤフォンは、会社のホログラムと違って自分の視界にだけ現れる。視界補助のためのメガネとは違って、交流や通信、テキストなどなど。これ一台でなんでもできるすごい発明だ。
「すごいです。使用中かどうかが本当に分かりません」
「マジ? でも俺の目、元から分かりづらいしな」
従来のイヤフォは目をよく覗き込むと画面が映っているのが分かるが、18からは完全秘匿モードを搭載し、誰にもバレずに操作が可能らしい。どちらにしろ操作するのは手なので無理がある。
「長いこと使ってると頭痛くなるのが難点かも」
「ラァ君基準の長時間は想定されてないんじゃない?」
「「あー」」
部長のごもっともな指摘に、愛子さんと僕が揃って声を上げる。間違いなさすぎる。ケェユーやエルダウの人たちの言う長時間、怖すぎる。
「にしても、技術の進歩は早いわね」
「あはは、長命種《俺たち》みたいなこと言うね」
「イヤフォンが発明されたのも、普及したのも、全部私が産まれてからですもの。言いたくもなるわよ」
確かに。3歳くらいまではイヤフォンなんて存在しなかった気がする。正直僕は小さい頃の記憶はあやふやなので、結構イヤフォンが当たり前の世代だけど。
「耳に穴開けて嵌め込むなんて正気じゃない、なんて言ってたのにねぇ」
「十年一昔、歳月人を待たず。ですよぉ〜部長」
「常識とか普通ってのはコロコロ変わるねー」
ラァ先輩はともかく。部長と愛子さんはどうしてそんなに達観してるんだ。救いを求めてマオさんを見ると、マオさんも困った顔をしていた。あ、そっか。ことわざは難しいのか。
「十年一昔も歳月人を待たずも、スゥビョウヘェイジュミィベンファと多分一緒です」
「「「それは時は金なり」」」
今日の教訓、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。
第五十話 白百合の人
10月の終わり頃、冬の風がほんのりと顔を出してきた今。繁忙期を無事に駆け抜けた僕らは、割と落ち着いて仕事ができていた。
「あ、みんな。俺明日から出向決まった」
「え」
「はぁ?」
「へ」
「……長命種感覚で報連相してはいけないと思います」
爆弾が起爆した。頭痛が痛いとばかりに頭を抑えるマオさん。だけど隣の僕も多分同じ顔をしている。1日前の報告を当日までに来たじゃん、セーフとか思うんだよなこの人。
「ラァ君。報、連、相」
「はいっ! アスカ出版の方から出向は明日からに変更で、と今さっきテキストが届きました!」
久しぶりの部長の圧にびっくりしたらしく、ラァ先輩は飛び上がるように立ち上がって報告した。さすがです部長。
トントントン、とデスクの天板を叩きながら部長が微笑む。
ホログラムがゆっくりと閉じられていく。わざわざ一つ一つ丁寧に閉じられていく。最後の一枚が閉じられて現れた笑顔はやっぱりとんでもなく美人だ。
「ベイ・ラァ・エルダウ君」
部長は名前を呼んだだけ。けれどそれで十分だ。生成したような笑顔の中で、薄緑の瞳だけが煌々と燃えている。
「承知いたしました!」
エルフを通り越して吸血鬼のようになってしまったラァ先輩の声は震えている。僕はただ、部長から目を離したい一心でブリキのような首をギシギシと正面へと戻した。
今日の嘆き、例の人だけまだ二次面接。




