第六章 おとぎばなし
第五十一話 プロローグ
憧れた世界があった。
剣と魔法と戦いの世界。ハラハラドキドキの運命を乗り越えて、ハッピーエンドを迎える。
キラキラのお城の中で、かわいいドレスを着て、冠をかぶって、王子様と踊る。そうして二人は幸せに暮らしました。
現実は厳しい。あれは幻想で、ただの物語なのだと何度も突きつけられる。夢みがちなお姫様のままでは生きられない。
『味方であろうとしてくれてありがとう、プリンセス』
「味方であろうとしてくれてありがとね、朝比奈さん」
何度も何度も思い返した。何度も何度も夢見た。大切な思い出、叶わなかったはずの夢。あのセリフが私に向けられている!
『運命の相手だと、ようやく気がつけたの!』
第五十二話 朝比奈綴芽
私の名前は朝比奈綴芽。今日からプロジェクトリーダーを任されることになりました。同期達より少し早い出世です。
大学院で学んだことを活かして、懸命に働いてきた甲斐があります。
ただ、ドキドキしています。前任者から引き継いだこの共同プロジェクト。相手企業は会社としてはとっても信用ができます。私の第一志望でもあったし……落ちましたけど。
そうして入社した第二志望のここで、まさか憧れの企業に関われるなんて!
なのに、出向してくる社員が異世界人なんです。
その結果なのでしょう。前任者は心の傷を負ってしまって……。
だけど任されたからには私はやり遂げてみせますとも! たとえ相手が異常でもなんでも!
きっと父も母も喜んでくれるでしょう。世の中意外となんとかなるものですから!
『辛いことも悲しいことも、私なら乗り越えられるの!』
第五十三話 始まりの日
「君には申し訳ないと思っている」
上司の久我編集者は、全然そうは思ってなさそうな顔をしている。この人、顔が異世界人っぽんいのよね。純アスらしいけど、そんな彫りの深い地球人見たことないなぁ。
「いいえ! 私はずっとやってみたい仕事だったので嬉しいです!」
「君は異世界に興味があるんだったな」
「はい! 」
異世界人はちょ〜っと変な人が多いけど、異世界の文化は大好き! 建物が本当にキラキラしてて綺麗だし、お洋服も地球のよりもずっと華やか!
「よく聞いてくれ。上層部は君に期待している。このプロジェクトは難しく、複雑で、だからこそ間違いなく社の未来を決めることになる」
「はい!」
異世界人と仕事するなんて、きっと想像もできないほど大変だと思う。でも、私ならできるってこの人も思ってくれてる。
「私も君に期待している」
「ありがとうございます!」
こんな真っ直ぐに期待なんて言われちゃった。すごく嬉しいけれど、それだけ責任ある仕事ってことね。
「チームには私も加わる。何かあったら、いや、何もなくとも報告をするように」
「かしこまりました!」
「……。これから共に尽力していこう」
こうして私こと、朝比奈綴芽はプロジェクトを任されたのだ。
第五十四話 出逢い
「失礼します」
意外なことに、コンコンコンとちゃんとしたノックの音がした。ちゃんと壁をノックしてから扉の前に立つ、それができている。地球語はちゃんと発音も綺麗だし、違和感ない。
「初めまして。株式会社メアリーホリデー、国際人事部から参りました、ベイ・ラァ・エルダウです」
「初めまして、朝比奈綴芽です! 前任者に代わってこのプロジェクトを任されました。一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします!」
ちゃんとした挨拶にはちゃんとした挨拶を返さなきゃ。にっこりと笑いながら相手を観察する。
キラキラの金色の髪の毛、白い肌、彫りの深めの顔立ち。目もすっごく優しそうでカッコいい! 耳が尖ってて長い! エルフだぁ! 目の色が二色なのはちょっと違うけど、それ以外は素敵〜!
「ラァ君、すまないね。かけてくれるかい?」
「久我さん! 異世界人は名前を呼び捨てにしないんですよ? 失礼です!」
久我さんがエルフの人に椅子を勧めるけど、聞き逃せないことを言ってる。一応、こっちの都合で急遽来てもらってるのに!
「あはは、それはシィエンの常識ですね」
「へ?」
「朝比奈。イーガチュウの文化を調べたのは感心するが、種族は一つじゃないんだ。エルダウにはエルダウの文化がある」
「そうなんですね、すみません!」
なんか間違っちゃったみたい。にしても、本当この人って堅物ーって感じ。それに比べて……ラーさん? は優しく言ってくれて素敵! 声も渋くてかっこいい〜!
「俺はエルダウであることに誇りを持ってる。次から気を付けてくれればいいよ。ああ、それと……味方であろうとしてくれてありがとね、朝比奈さん」
にっこりと笑った顔が思い出と重なる。エルフの王子様、プリンセスの運命の相手。金色の髪と水色の耳飾り。本当は緑色の目だけど、関係ない!
『運命の相手だと、ようやく気がつけたの!』
第五十五話 王子様
「朝比奈さん、ちょっといい?」
「はい! ラーさんどうかしました?」
「うーん……とりあえず先に俺の名前の件なんだけど、できれば''ラァ''って落とす感じで言ってくれないかな」
難しいのは分かるんだけどね、と苦笑いする。異世界人の名前って地球語にはない発音ばっかりで、嫌んなっちゃう。でも、仕方ないよね。
「ラ、らー?らあ! うーん、できないです!」
「あはは、あー、うん。なんかごめんね?」
「いいえ、私こそ!」
この人は本当に声がいい。低くて体の中央に響くような声をしている。
そして顔も素敵。小顔で彫りが深くて、優しそうな少し垂れた目が印象的。それからきっちり着込んだジレとパンツ! 細身ですらっとしているのが引き立つし、足が長いのが分かる。
「さっき送ったテキストなんだけど、早めに確認お願いできる?」
「あ、分かりました!」
異世界人の言う早めってどのくらいかな? ま、とりあえず明日にしよっかな。この人たちは違う時間軸で生きているから合わせないと。
「ラァ君、少しいいかい」
「はい」
「このページのこの単語だが、難易度的にもう少し後ろの章にすべきかと思うが」
「発音が難しいと言う意味では、正しいと思います。ただ、ニャアゴロニィは俺たちの文化に根付いたもので、1日に1回は必ず使うんです」
「そこまでなのか……ニャアゴロニィ」
後ろ姿もカッコいい〜! やっぱり仕事ができる人って素敵よね。
『成すべきことをしている人こそ尊ばれるべきなのよ!』
第五十六話 すれ違い
「ラーさんってエルフの王子様みたいですね! ほら、髪の色とか、耳が長いところとか!」
「あはは。耳の形はイーガ人の特徴だからね、俺以外もみんな尖ってるよ」
「なんか他の人たちはやっぱり怖いなって思いますけど、ラーさんのは素敵に見えます!」
異世界人ってみんな上から目線で、すごいきつい言い方をしてくると思ってた。地球のことを悪く言うくせに地球に旅行に来るし。平気でゴミ捨てたりとかもする。でも、ラーさんだけは違う。
「あなたは俺以外のイーガチュウの人に会ったことがあるの」
「え? そりゃないですけどぉ、見たことはありますよ!」
あれ? ラーさんは笑ってなかった。真顔で見つめられると、瞳が目立つから嫌なんだけど。せっかく綺麗な顔なのに、赤と青のせいで気持ち悪く感じちゃう。
「俺はベイ・ラァ・エルダウ。それ以上でもそれ以下でもない。君はまだ幼いのだろうけど、世界を自分の視点だけで語らない方がいい」
もしかして私、怒られた?
第五十七話 美しき女王
「ごきげんよう、アスカ出版社の皆様。うちのラァがお世話になっております」
すっごい美人だ……。画面越しでも本当に綺麗な人だって分かる。実在してるのか疑っちゃうほどの本物の美人。髪も肌も、目も口も鼻も! 全部全部が最初から整ってる!!
「初めまして、この度はこちらの不手際で申し訳ない」
「いいえ、とんでもありませんわ!」
前任者は、ラーさんからの連絡を全部無視し続けていた。会社にはラーさんからの連絡がないと言い続けていた。任せられた資料を一枚無くしたからだ。
本来、既に出版されていたはずの本、『これぞ実践!イーガチュウ語〜メアリホリデーが送る本当に役立つイーガチュウ語と気をつけるべきイーガチュウ文化が身につく奇跡のマニュアル〜』。
メアリーホリデーで使われているマニュアルを元にした、文化も違いも身につく参考書。このデータだけでイーガチュウで暮らすことすらできるくらいに凄いものらしい。
つまり、責任は重い。
「ミスを犯した本人はもういないようですし、久我編集長は誠心誠意謝罪してくださった……これ以上《私から》言うことはありませんわ」
美人なだけじゃなくて、すごく優しい人みたい。とても寛大な処置をしていただけた。ゆったりと足を組んでいるのがすごく素敵。私の憧れたプリンセスではないけど、女王陛下って感じ。
「……今年中には必ず出版いたします」
「あら。それは楽しみですわ。……ラァ君、首を長くして待っているわね?」
にっこり。鳥肌が立つほど美しい微笑みを残して、通信が切れる。なんだろう。なんか、美人だけど嫌だったな。あの人の目、暗闇で光る動物の目みたい。
第五十八話 プリンセス
「はい、確認できました!」
「朝比奈、次はこれを」
「はい!」
「朝比奈さん、さっきのテキストもお願いします」
「はい!」
ああ、目が回っちゃう! あの通信の後で計画を修正して11月中の出版が目標になった。特急すぎてすごく忙しい。久我さん、今年中って言ったのに! 社会人って嫌だなぁ。
「『出来ることを積み重ねればなんでもできるの』」
大好きなプリンセスの言葉を借りる。忙しいけど、頑張っちゃうぞぉ〜!
「朝比奈さんって、『君のためのプリンセス』が好きなんですか?」
「え、はい! 知ってるんですか!?」
びっくりした。まさかラーさんが知ってるなんて!
君のためのプリンセス。私の大好きな世界、私の思い出。私のための物語。
「父の遺作なんです。アニメ化されたのを、放送日の度に父の膝で一緒に見てたなぁ」
「へー! それは凄い!」
「えへへ。父が死んでからもお気に入りのシーンを見る度に元気が湧いてきて……実は、主人公のモデルが私なんです」
「ああ、はい。原作小説の後書きに書かれてますよね」
なにそれ。そんなこと知らなかった。アニメは大好きで何回も観たけれど、小説は読んだことがない。パパが書いてくれた本なのに。
「第二巻はアニメ化されなかったの、残念です」
そんなの、私は知らない。
第五十九話 本当の物語
心優しいプリンセスがある日、いじめられていたエルフの王子様と出会う。いじめられていた王子様が可哀想で、プリンセスは助けようとする。
だけど上手くいかなくて泣いてしまったプリンセスに、王子様が言うの。
『味方であろうとしてくれて、ありがとう』
それから二人は恋に落ちて、結ばれる。
キラキラのお城の中で、かわいいドレスを着て、冠をかぶって、王子様と踊る。そうして二人は幸せに暮らしました。
物語はそこで終わっていなかった。
結婚した後、二人は旅に出る。誰かを助けるための旅に。
どんなに辛い目に遭っても、どんなに怖いことがあっても王子様のためならと乗り越えていく。だけど、少しずつ二人はすれ違っていく。
『出来ることを積み重ねればなんでもできるの』
幼い頃の自分の言葉を胸に、プリンセスは頑張る。何度も何度も王子様を守って、何度も何度も王子様を助ける。
だけど、その度に王子様は悲しそうな顔をする。
ある日、プリンセスは気がつく。自分が王子様を閉じ込めてしまっていたと。王子様を何もできないようにしていたのだと。
『ごめんなさい、私が間違っていたわ』
仲直りをした二人は、また旅に出る。今度は手を繋いで。
「パパは私にどうなって欲しかったの」
第六十話 めでたし
「それでは、お世話になりました」
「ああ、ありがとうラァ君」
にっこりと微笑んで、ラーさんが言う。出向から僅か二週間、やるべき仕事を全て終わらせたラーさんはもう帰ってしまう。
「あの、ら、ラァさん!」
「はい」
「私、あなたに失礼なことを言いました。本当にごめんなさい!」
ラァさんは目をまん丸にしていた。物語の王子様は絶対にしない、ぽかんとした表情はちょっと面白く見える。
「実イガ、読みました! 全部!」
私たちが作ってる本なのに、読もうなんてちっとも思わなかった。だけど、君のためのプリンセスを読み終わったから。絶対に読まなきゃいけない気がした。
「あなたの、あなたのことを! 知ろうともしないで、本当にごめんなさい」
目元が熱くて、声が震える。だけどちゃんと謝らなきゃいけないの。
「……うん。いいよ」
ラァさんはニィ、と悪戯っぽく笑った。
それは全然王子様の顔じゃなくて。だけど、だからこそ、滲んだ視界越しにキラキラ輝いて見えた。
『あなたのことならなんでも知ってると思って、ごめんなさい』




