第三章 異文化交流
第二十一話 発音
「葵君、今日の案件頼んでもいい?」
「はい! あ……、部長。この人の名前、発音を教えてもらえませんか」
「ふふ、もちろん」
部長に教わった発音を何度も何度も繰り返す。音韻を意識して、丁寧に発声する。リィ、テンシャ、ラオイェ。リィ族のテンシャさん、家名はラオイェ。
「こんにちは、テンシャさん。今日はよろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
画面越しだけどちゃんと目を見て話す。今日は彼女も挨拶をしてくれた。
「テンシャさん、今日はありがとうございました」
「いいえ、葵さん! こちらこそ!」
二次面接は笑顔で終えられた。通信を切って、椅子に背を預ける。疲れた。疲れたけれど、なんだか嬉しい疲れ方だ。
「ふふ」
リィ族のテンシャさん。チキュ検は三級だけど、実際に話した感じは準ニ以上二級以下くらい。読み書きだって問題なくできる。入力してもらった書類は写真もちゃんと貼ってある。
髪色、オレンジ?かな。通話越しだと光の反射がわかりづらくて、気が付かなかった。暗めのオレンジ色は元気溌剌な彼女によく似合っている。
「一緒に働きたいと思えるかな」
実際に一緒に働くわけじゃないけれど、僕がそう思えない人なら意味がないから。
浮かんでいる彼女の書類に合格マークをつけた。
第二十二話 ヒノ・メルセ
「葵君、同行お願いできる?」
「はい! どこに行くんですか?」
「イーガチュウよ」
それなら先に言って欲しかったです、部長。出張を同行と言うのはどうなの。軽い調子でお願いされた案件が重大案件だった。残念ながらこの部署ではよくあることだ。というか、この部署の仕事は基本全部重大案件だけど。
「後部座席で寝ていてくれたらいいわ」
「いやいや! そういうわけには!!」
「夜の運転を慣れてない車でするのは危ないし、高速酔いもするでしょうから本当に寝ていてくれて構わないの」
部長に連れられて屋上へと向かう。僕が普段停めている屋根のない一般駐車場を通り過ぎて、特別駐車場に着いた。なんというか車には勿体無い建物だな。
特別駐車場の奥のとあるガレージ前、部長が手をかざすとガレージが自動で上がる。指紋認証? 珍しい、というか古いな。
「お優しい上層部が私の身を案じてくれたから、男の子を連れて行かなきゃならないのよね」
「はぁ」
曖昧に頷くことしかできない。つまりどういうことだろう。僕にはまだ嫌味を解読できるほどのスキルがない。
シャッターが上がって見えたのはとんでもない高級車だった。僕でも知ってるレベルの!! というかこれ一台で家が建つぞ!? うわうわうわ、初めて見た!!
「これ、私物だから。安心して頂戴ね」
今日の学び、部長は特別大型免許持ち。
第二十三話 小休止
「葵君、葵君。葵君、起きて……水瀬葵君」
「はい!」
唐突のフルネーム呼びって圧があるんだぁ。知りたくなかったな。思わず飛び起きたら、目の前に夜の女神がいた。月に照らされる部長、美人〜!!!
「ちょっと早く着けたから、身支度をさせてもらいましょ」
車から降りた先にあったのは、レストランだった。多分。意味としてはレストランのはず。直訳するとマウント……違うか。ワイルドキャットレストランって書いてあるし。
「イーガチュウのジュウディアンって二つ意味があるのよ。一般的にはご飯を食べる場所、レストランって意味だけど、地方によっては宿屋の場合もあるの」
「そうなんですか!?」
「そう。この辺は後者みたいで助かったわ」
ぱっと見はよくあるイーガチュウの建物って感じだ。横に広くて、扉が薄い。あとなんか装飾が多い。ギラギラ緑の扉を、部長は一つも躊躇なく開けた。
「中も派手なんですねぇ」
「ふふ、そうね。地面滑りやすいから気をつけてね」
当たり前のように土足で店の奥へと向かう。人家っぽいからなんだか落ち着かない。けれど、これはイーガチュウの普通だ。
「それじゃ、あとでね」
部長と別れて、それぞれの部屋へ入る。後3時間、この宿で待機だ。湯船はないけれどシャワーは浴びれるし、なんなら化粧水とかが揃ってる。凄いサービス精神だ。ただ、大量の紙は地球人には縁のないものだ。
今日の学び、高級車はマジで爆睡できる。
第二十四話 雇用形態 準社員
「実はシィエン族と会うのは初めてなのよね」
「部長のことだから全部会ったことあると思ってました」
「まさか。イーガチュウは地球の五倍は広いのよ? 行ったことない場所と、知らない人たちばっかりよ」
「シィエンは少数民族ですしね」
「ええ……だからちょっと不安なの」
部長はクールな見た目とは裏腹に感情表現を結構する人だけど、負の感情を見せることは少ない。珍しいな、と思うと同時になんだか頼ってもらえたようで嬉しい。
「僕はカイさんと実際に話しましたけど、すごくいい人でしたよ」
「あら。……それなら楽しみね」
ハンドルを握る部長の手から少しだけ力が抜けたように見えた。
「初めまして、カイ・シィド・レイ・ミィファ・ソォウランさん。お迎えにあがりました」
「おお! 今日はよろしく頼む!!」
固い握手を交わす二人を見比べて、なんだか笑ってしまいそうになる。いや、すごい。サイズ差というか、スケール感というか。クマのぬいぐるみとバーリー人形を並べた時の感じだ。
部長は背の高めの女性だし、いつもヒールだ。なのに同じ人間とは思えないほど、骨から大きさが違う。カイさんはシィエン族の中でも大きい方で、角があるから余計に大きく見えるんだな。
「水瀬葵殿も来てくれたんだな! 今日は頼む!」
「みせあおいどの!?」
「お、アニメで言ってたんだがなぁ」
「さんとか君とかでいいと思います……なんなら僕は名前だけでいいです」
「みせあおい!」
「下の名前だけで!!」
快活に笑うカイさんは相変わらずだ。声が大きくて、一挙一動がでかい。これから頑張らなきゃな。
今日の雑学、シィエン族は原則名前を略さない。
第二十五話 相性
「へぇ! シィエンが」
「はい。僕は一次面接から関わらせてもらったんですけど、すごく明るくて良い人ですよ」
「ふーん、シィエンらしいね」
ラァ先輩は何度かシィエン族に会ったことがあるのか、カイさんの話をすると面白そうに目を細めた。
「シィエンなら髪の毛真っ赤でしょ?」
「はい。本当に鮮やかな赤で、地球人が染めてもこうはならないだろうなと思いました」
「へ〜! なにそれ気になるぅ!」
「愛子チャンは染髪していらっしゃいますものね」
「そぉ。お手入れ大変なのぉ」
頭のてっぺんから綺麗に染められた亜麻色の髪を見る。丁寧に巻かれたゆるふわの髪は愛子さんにすごく似合っている。
そういえば、この部署は黒髪が多いんだな。そもそも地球人口の8割以上が黒髪だから当然と言えば当然か。部長は真っ黒だし、僕も黒。マオさんも一応は黒だ。たまに空色に見えるけど。
「マオちゃんの髪、本当に綺麗。いいなぁ」
「そうですか? リィ族は皆このような髪ですよ」
「リィ族の髪すごいよね。光が当たると髪色が変わって見えるの本当不思議」
「ラァくんは光っても金髪だもんねぇ」
「ま、エルダウはみんなこうだよ」
今時は染めてる人も多いけど、地球人が染めたって異世界人みたいに自然な感じにはならないことが多い。
リィ族みたいに光が当たると本来の色が見えるなんて無理だし、エルダウ族の金色は柔らかくて優しい光り方をする。
結構染めてるの気づくタイプなのにな。愛子さんのは分からなかった。珍しいなとは思ったけれど、雰囲気に合っているし、いないわけじゃない色だ。地毛だと決めつけていた。
「部長ぉ、シャンプー何使ってます?」
「プリズムオーよ」
「僕それ知らないです」
「お、発見! って安っ!!」
ラァ先輩がフル画面モードで部屋中に映し出したそこには、でかでかと15,000円と書かれている。薬局で売ってるやつ!
「安くても良いものはちゃんと存在するのよ。大体こういうのは合う合わないが重要なの」
「部長はお髪がとても美しいですものね」
部長は本当に真っ直ぐで綺麗な髪をしている。それこそ絹のような黒髪という表現がピッタリだ。光を反射するとそこだけ白く見えるくらいに本当に艶々している。
「……触る?」
じっと視線が集中するのに耐えられなかったのか、部長は少しだけ困ったように言った。
今日の雑学、部長の髪はほぼ絹。
第二十六話 鬼もたまには給食
「はい、はい。それでは3日後の午後によろしくお願いします」
「かしこまりました、こちらでご調整が出来次第折り返し致します」
「この度はご応募ありがとうございます! まずは履歴書のご提出を……」
人事部の繁忙期は4月だけじゃない。8月から10月にかけてもらしい。
「つっかれたー!!」
「リィ部長ぉ! 本当につかれたぁ!!」
すごい。珍しいなんてものじゃないぞ。そもそもこの部署で疲れたなんて泣き言を言うのは、僕くらいだからな! いや、自慢できることじゃないけど。
「ごめん、愛子ちゃんお願い」
「えぇ!? もぉ〜……部長のも勝手に頼みますからね!」
部長は本当に手が離せないらしく、書類の山に埋まっている。すごい。天井まで画面が……。正に四面楚歌というか、いや使い方が違うかも。
「マオちゃんも手ぇ止めてねぇ」
「……かしこまりました」
一心不乱に書類整理をしていたマオさんもついに止まった。あ、画面が二つ増えた。ひぃ、僕のも!! ラァ先輩は三つ……。部長おおお!!? すごいや顔が見えない。
「部長があの状況だけどぉ……給食にします!」
「 ……いいんですかね」
「部長はそもそもお召し上がりにならないことも多いので、お言葉に甘えましょう」
「さんせー」
給食の言葉で元気になったのは僕だけじゃないらしい。なんだかみんなぐったりしたまま、料理を選び始めた。
「生き返るぅ……」
「まさに美味です……」
地球人は疲れた時にはどうしてか米と揚げ物が食べたくなるのだ。僕が選んだ瞬間みんな同じものを選んだので、マオさんとラァ先輩は既にほぼ地球人と言える。
「カツ丼初めて食べたけど美味しいね」
「このカツ丼はたっかいやつなので普通のカツ丼だと思っちゃダメなやつです……」
ラァ先輩は食べるのが速い。女性陣がまだ食べ終わってないのに、大盛りを綺麗さっぱり食べ終わってる。僕も大盛りにしたけど。
「…………」
「…………」
本当に話す気力もないほど疲れたらしく、食べ終わったラァ先輩すら静かだ。4月より忙しいのおかしい……。誰か、助けて……。
「愛子ちゃんありがとうね、美味しくいただきました」
「はぁい」
愛子さんが部長に選んだのは飲み物だった。一杯でラーメンと同カロリーとかいう恐ろしいドリンクだ。にしても暴走族は品揃えもすごい。あんな超マイナードリンクまであるなんて。
「部長は黒糖タピオカミルクティーがお好きですね」
「カロリー摂取効率がいいし、美味しいのよ」
「へー、今度飲んでみよっかなぁ」
今日の教訓、中途入社の黄金期は夏過ぎから。
第二十七話 資格手当追加
「あ、受かってた」
「ん? おめでとぉ。何に受かったのぉ?」
修羅場真っ只中すぎて埋もれていたテキストを発見した。母からのだ。
「イカ検ですよ。ここで働くなら三級じゃ足りないと思って……」
「えぇ〜! すごぉい!! 何級取ったの?」
送られてきた静画にはきちんと合格と書かれている。スコアは……ちょっとギリギリだけど。まぁ難しい試験だし。うん、僕は頑張った!
「とりあえず準ニ級を」
「おめでとう〜」
「おめでとうございます」
「おめでとう」
「葵すごいじゃん! 俺多分準ニ落ちるもん」
拍手は嬉しいけど、聞き逃せない言葉があったな。ケラケラ笑うラァ先輩を見る。いや笑い事じゃない。ネイティブが落ちる言語試験ってなんだ。
「実用イカ検定は正直普段使いしない単語まで必要ですから、我々イーガチュウ人にとっても容易ではありません」
「欠陥試験じゃないですか……」
マオさんの台詞になんだか精神的な疲れまで加わった。ずっとホログラムを見てるせいで頭が痛いし肩が凝る。もういっそ一旦立とう。
「あ、葵くん、それ!」
「え?」
「「あー」」
僕のデスクの昇降機能は壊れていたらしい。先に言え。
今日の教訓、瑣末なことこそ報連相。
第二十八話 責任感
「ケェユーだ……」
「私に」
「ダメです」
部長と愛子さんの会話は今日も圧縮言語すぎてちんぷんかんぷんだ。ただ何かトラブル? なのは僕にも分かる。
「俺空いてるよ」
「ラァは繁忙期明けにもう一度出向する予定ではないのですか?」
「うん。でも手開けれる範囲だよ」
この働き詰めの日々に僕ももう疲れていたのかもしれない。昔の僕なら絶対にそんなことは言わなかった。なのに、気づけば口から溢れていた。
「それ僕じゃダメですか」
言った瞬間正気が返ってきた。
多分ケェユー族相手の面接で、もしかしたらイカ語メインの仕事かもしれなくて、そもそも僕ができる仕事ならもうすでに僕に振られてるはずで!
つまるところ、でしゃばったと思ったんだ。
「葵くん「いいわね、任せるわ」
何か言いかけた愛子さんを遮って、部長は息を吸って吐くようにそう言った。これぞ鶴の一声。次の瞬間には各々から了承の返事が飛んで、僕の前に新しいホログラムが現れる。
なんだか心臓が痛いほどに脈打っていた。
第二十九話 履歴書
「自己アピールなら孔雀でもできんだわ、いい加減にしろよ」
昔愛子さんがとあるケェユー族に向かって言った言葉だそうだ。僕ははじめこれを聞いて、怖いと思った。あの愛子さんがまさか! と思った。
入社当初の話だと本人が恥ずかしそうにしていたので、愛子さんも若かったんだなとか、そう思った。今から7年も前の話らしいし……。
あれ遠回しの警告だったんですね。
「故に、この論理が完成されたのだ。それ故にこの技術を身につけることができ、故にこの研究に携わっていた。しかし我々は長命種。地球人やリィと違い知識の研鑽をし続けることができるのだ。わたしは悲しい。イーガにはもうわたしが解き明かしたい謎は残されていないことが。故にわたしは地球へと旅立つことを決めたのだ」
「すごいですね」
手元の書類を見る。ここまでで半分か。紙なんて触れたのは小さい頃以来かもしれない。手書きの資料の唯一の利点は、後どのくらい残っているのかが分かりやすいことかもしれない。
「わたしの考察では地球人とイーガ人、魔力があるかどうかが大きな違いだ。ではまず魔力とは何かという話だが、地球人に分かり得るように言うならば電子だ。地球人は電子によって体を動かしているが、我々は魔力によって体を動かしている。詰まるところ我々は全く違う生物なのだ。そうそう、君は知っているかね? まずこの地球とイーガチュウの接触はだね、次元間の歪みによって引き起こされた全くの偶然であり、事故であったと。そもそもイーガと地球は全く違う歴史を辿った、全く違う銀河系に存在した兄弟星であったのだ!」
「なるほどぉ」
ケェユー族は、ずんぐりむっくりした体型をしている。基本的に男も女も体毛が濃く、またその体毛を剃らないと言う文化がある。
名前の順番は、個人名・種族名・家名となっており、リィ族、エルダウ族とは違う場所に名前が来るため注意が必要。
個々人の資質や性格にもよるが、記録を重んじるため、手書きの書類に拘る姿勢を見せることが多い。
創作によく出てくるドワーフと似た外見だが、その本質は全く違う。高度な魔法理論文明を築いた種族であり、鍛冶や建築はほとんど行わない。大抵のことを魔法で解決しようとすることがある。
「わたしは中央図書大学という、今は亡きイーガで最も優れた教育機関で教鞭を振るっていたことがある。優秀な生徒達と語り合う時間は非常に楽しく有意義なものであった。その中でも一人面白いエルダウの若者がいたが、先の戦争で行方知れずとなった。わたしは悲しい。彼のように違う価値観を持つ者との交流をもう一度したいのだ。故にわたしはこの会社を志望する」
「ソウナンデスネ」
僕は同じ失敗をしないタイプの人間なので、ちゃんとマニュアルをその後覚えるまで読んだ。あの端末、思ってたより情報量多くてしんどかったけど。
だから僕は知っている。絶対に口が裂けてもドワーフなんて言わない。言わないけど、多分メガネをかけたドワーフが出てくる作品は見たことないなと思う。
今日の雑学、ケェユー族は視力が悪い人が多い。
第三十話 他人事
「だっはっは! ひぃー!! 最高! あまりにもケェユーナオ!!」
「ケェユーナオってなんですか……他人事だと思って!」
「だっはっはっは!! あはっ、あはははは!!」
「ラァ先輩!!」
使い物にならないラァ先輩を見限って、隣のマオさんを見る。マオさんは少し眉を寄せて首を振った。マオさんも知らないんだ。
「ケェユーナオは蔑称よ。私も詳しい意味は教えてもらえなかったけれど、ニュアンス的に近いのは馬鹿真面目とか頭でっかちみたいな物だと解釈してるわ」
「差別用語ってことですか!?」
思わず画面から手も目も離して、部長を見る。ホログラム越しにこくりと頷かれた。いやいやいや!! すぐさまラァ先輩に向き直って、感情のまま叫ぶ。
「いらない言葉教えないでください!!」
「あはは! そんな大袈裟! あの人ら自虐でも言うよ?」
「うわぁお待って、絶対言っちゃダメだよ」
すぐさま調べたらしい愛子さんによって共有された画面には、えげつない言葉が並んでいた。すごい! この一言でこんなに人格否定ができるなんて! 僕が言われたら立ち直れないね!
「お前ら脳みそに栄養とられたから小さいんだな、って意味もあるって」
「ライン越えすぎですよ!?」
「待って待って待って、俺それ本当に知らない。怖っ」
今日の教訓、言語は移り変わるもの。




