第二章 異文化接触
第十一話 休暇明け
とても体が辛い。運転してない分際で言えないが、本当に体が辛い。高速って、なんでこんなに体がバキバキになるんだ。
「あぁ〜……」
こうして人間は歳をとっていくのだ。僕も一歩ずつ大人の階段を上っている。
「あーおーいー!! 今日は仕事でしょう!!!」
「起きてるよぉお……」
母さんがリビングから怒鳴っている。目覚ましがうるさいからだ。わかっている。でも、遠い。画面までが遠い。起き上がらないと止まらない設定にした昨日の僕を恨む。ああ、きつい。
「……辛くても、しんどくても、休めないのが社会人というもの」
メアリーホリデーはとってもホワイト企業なので、出張後は二日間の休みをくれる。移動時間もきっちり仕事扱い。
それでも回復しきれないあたり、僕も随分歳を取ったよと思うのだ。
「葵!!!」
母さんが怒るまで、ついに僕は動き出すことができなかった。
遅刻はしてない。
第十二話 雑談
「あっはは、葵くんまだぼろぼろじゃあん!」
「愛子さん、ほんと勘弁してください」
何が楽しいのか、キシキシ痛む体をつんつんつっつく愛子さん。本当に頼むからやめろください。
「今日マオさんいないんですね」
「マオちゃんは今イーガチュウにいるわ」
「また異世界にいるんですか!?」
「面接は一回じゃあ終わらないんですよぉ、葵くん。君が内定取るまでに何回受けたかは知らないけど」
「うぇ……思い出させないでください。僕のはまだ瘡蓋なんですよ」
お二人からすれば大分過去の話かもしれないが、僕からすればつい一年ちょっと前だ。あの地獄のような日々はまだ触れられたくない。
「にしても、また異世界に……。マオさんはタフですね……」
「マオちゃん向こう出身だし、帰省とかで慣れてるのよ」
「マオちゃん初めの頃通ってたし」
「そうそう、通ってたわねー」
お二人の口から過去の話が出たのは初めてかもしれない。やっぱり雑談と言っても仕事の話がメインだから、未来が主な内容になっていた。
でも、今日のおしゃべりは完全に関係のない、他愛もない話だ。
「マオさんって入社何年目なんですか?」
僕は、なんだかこの他愛もない話を続けたいと思ったんだ。
「今年で4年目でしたっけ?」
「準時代入れたらプラス2年ね」
「準時代……準社員だったんですか」
「国際人事部が立ち上がるまでは、異世界人を雇うなんてありえなーいって感じだったのよ」
「リィ部長マジでめちゃくちゃ言われてましたもんね」
「残念ながら進行形よ」
やっぱりみんな苦労してるんだな。流されただけの僕とは違って、芯がしっかりしてるもんな。
「部署が立ち上がってすぐに、雇い入れたのがマオちゃんなの」
「第一新卒?っていうか、まぁそんな感じ?」
「へー!! みなさん付き合い長いんですねぇ」
まぁね、なんて笑ってる二人。だけど、僕が思っているよりもきっと大変な時代だ。
第十三話 始末書一枚目
「えぇ!? マオさんすごっ!!」
「そうよ、うちのマオちゃんはすごいのよ」
雑談はそれはもう長々と続いた。何せ僕らは手を止めずに会話ができる。色んなことを聞いて、色んなことを知る。僕はやっぱりこの人たちの話を聞くのが好きだ。
「はい、こちら国際人事部」
雑談の終わりの合図は一本の通信だった。部長の端末にかかってきたそれは、珍しくフル画面モードだった。
「部長おお!! 元気ですかぁ!」
「ラァ君、声量!!」
悲鳴じみた部長の声で、通信先の音量が下がる。耳を抑えたまま部屋中を埋めている画面を見ると、ものすごい美形が映っていた。
柔らかな金髪、長い耳、白い肌。堀の深い顔立ち。
「エルフだ」
「あ」
「あ?」
僕の呟きに対して、温度差が全く違う二つのあが落とされた。え、と横を見ると愛子さんが仏のような顔をしている。部長はあちゃーとわかりやすいジェスチャーをしていた。
ホログラム上のその人は、見た目に似合わないドスの効いた声で続ける。
「何がエルフだ。架空生物と一緒にしてんなよ」
今日の教訓、マニュアルは最後まで読みましょう。
第十四話 再発防止策
「えっと、耳が尖ってて長くて」
「イーダチュウ人はみんな耳尖ってるだろ!! 長いのはリィ族にもたまにいるよ!!」
「は、肌が白くて」
「おう、周り見てみろ! この部署みんな白いだろうがお前含めて!」
「あ、えっと……ううぅ」
パワハラだ。訴えて勝つぞ。涙目ですみません、を繰り返しながら心の中だけは強気だ。
あの通話の後、すぐさま高速で帰ってきたラァ先輩にものすごく詰められ続けている。何が怖いって、仕事はさせてもらえるってこと。ちなみに先輩も仕事の手は止めてない。
「大体、その地球人に共通するエルフって概念なんなんだよ、マジで! どっから湧いたんだ!」
「エルフは浪漫なんです!!」
思わず叫び返してしまった。だって仕方ないじゃないか! エルフと間違えたのは僕の過失だ。マニュアルをきっちり読み切らなかったのも僕の過失。だけど、そんなに責めなくてもいいじゃないか。
「ラァ君、そこまでにおし」
「……でもエルフって!!」
「ラァ君、そ、こ、ま、で」
部長の圧に屈したえる……ラァ先輩を盗み見る。なんでよりによって向かいのデスクなんだ。睨まれた。
肩口まで伸ばした柔らかそうな金髪から先の尖った長い耳がのぞく。キラキラ光る瞳は赤と青にパキッと別れていて、正に異世界人って感じだ。
全体的に華奢で細身な体型に、堀が深めだけど優しそうな目元。
やっぱりエルフみたいだ。
ベイ・ラァ・エルダウ。出向していた、国際人事部の最後の一人。僕の唯一の男の先輩だ。
第十五話 先輩
イーガチュウには四つの種族が住んでいる。短命種のリィ族とシィエン族。長命種のケェユーとエルダウ。
短命種の寿命は長くて120年、長命種の寿命は500年から800年。こういうことを聞くと、本当に違う世界だなと思う。
我々は風の民。流浪の民。短い人生を風のように、流れるように暮らすのだ。とシィエンのカイさんは言っていた。
ではエルダウはどういった種族なんだろう。
僕たちには絶対に届かない遥か未来まで生きることのできる種族。彼らはどういった文化で育ち、どういった視点で物を見ているんだろう。
「エルダウはエルフとは違うから」
「はい。本当に失礼しました」
「もういいよ、そこは。ただ、エルダウ族を森と共存とかいう、原始の暮らしをするやつらと一緒にしないで」
ベイ・ラァ・エルダウ。ベイ家のラァ、エルダウ族。地球人では考えられない話だけど、この人たちは種族を背負って生きている。
「俺たちは森を切り開き街を作る。自分たちの手で美しく、機能的な拠点を作る。そこで暮らしながらずっと建築を続けるんだ」
「ずっと……」
「そうやって生きてきた」
金の髪を揺らして微笑むその人は、御伽話の登場人物のように神秘的な美しさをはらんでいた。だけど彼はエルダウ族で、エルフじゃない。
第十六話 和解
最悪の初対面から早一週間。僕とラァ先輩は、めちゃくちゃ仲良くなっていた。
「葵、はよ!!」
「ラァ先輩おはようございます!」
そうして、ガバッと腕を広げてその華奢な体を抱き込む。ラァ先輩は身長は僕よりほんの少しだけ低く、肩幅やらは1.5周りほど細い。なんと毎朝ハグで挨拶している。
険悪極まりない状態からこうなったのにはもちろん理由がある。一つは、びっくりするほど趣味が合ってしまったのだ。
「ラァ先輩、最新話観ました?」
「当たり前よ!」
「残業してたのに!?」
「帰り道に見た!」
爽やかに言ってるけれど、軽犯罪だ。目離し運転は条例違反でしかない。いくら自動運転があるからって、AIは咄嗟のことには弱いんだ。
「危なすぎますよ」
「俺徒歩だもーん」
「ラァ君まだ徒歩なの……」
「よくあの距離歩けるね」
「エルダウ族は丈夫ですね……」
当たり前に車で来ていると思ったのに、まさかの徒歩。びっくりして固まっていたけれど、先輩方から総ツッコミが入っている。ああ、ラァ先輩がおかしいんだな。
「大袈裟! たまにはみんなも歩いてかえったら?」
僕は今日、女のアイコンタクトというのを目の当たりにしたのかもしれない。意味は「ないわぁ」だろうなと僕ですら通じた。
第十七話 一人前
「疲れたぁ……」
「お疲れ様葵君。面接ありがとう」
「いえ、はは……」
少しずつ任せられる案件が増え、変化した。そうして僕はついに一人前として扱われるようになった。気がつけばもう夏が来る。
「うちらは内勤だから良いけど、外営業の子は大変だろうなぁ」
「イーダは涼しいから平気でしょ」
パタパタと柔らかい素材のシャツの襟元を引っ張る愛子さん。画面から視線を逸らさずにラァ先輩は飄々と言う。
「葵クン」
「はい!!」
「報告書の確認をしました、一点確認があるのですが」
「はい!」
半年も仕事をしていれば社会人も身につく。というより、マオさんの言葉に反射ではいを言えるようになっただけかもしれない。
「……なるほど。葵クンとしては正直信用たりえないと思っていらっしゃるのですか」
「う、うーん……。ぼかさずに言えばそうです」
回りくどく伝えたのに、バッサリ切って捨てられた。その瞬間開いていたホログラムが消去される。
「それならば破棄で結構です。報告も必要ありません」
「え、あ。でも!チキュ検とイカ検両方を持ってるんです!」
「そのスキルを踏まえても要らないと感じたのなら、必要ありません」
マオさんはいつも通り淡々としていた。青と白のひとみには迷いが見えない。
「葵クン、君ももう国際人事部の一人前のメンバーです。私達は君の判断を信頼しています」
僕はこの日、初めて仕事を辞めたいと思った。
第十八話 名前
「こんにちは、今日の面接を担当します水瀬葵です」
返事がなかった。ホログラムの相手はただじっとこちらを見つめている。縦に分割された赤と青の瞳はラァ先輩とほとんど同じなのに、こんなにも違う。
「まずはお名前をどうぞ」
「リィ・テンシャー・ラオイェ」
「志望動機を詳しく教えてください」
「家に近い。働いてやる」
「……そうですか」
ああ、この人はダメだ。と昨日までの僕なら判断しただろう。挨拶ができない。受け答えが単調。それに何より、目がダメだ。
人生で何度かあの目を向けられたことがある。人を馬鹿にする目。他人を見下している、加害者の目だ。
「それではリィ・テンシャ・ラオイェさん、ありがとうございました」
「待て、なんでできない?」
「どういうことでしょうか」
「お前発音できてない!!」
「えっと」
「名前を言う、大事でしょ! 失礼じゃないですか!!」
僕は所詮イカ検三級。発音が下手なのは知っている。だけどこんな風に怒鳴られたのは初めてだった。
この人は、本気でそう思ってるんだろうか。それとも馬鹿にしてやりたいと思って言っているのだろうか。
「すみません」
僕はただポツリと呟くように謝った。今僕はどんな目をしているのだろう。
第十九話 いつもの
「あら」
「……リーさん?」
いつものように圧縮言語が飛び交う中で突然テンポが崩れた。
僕はなんとなくそっちを向けなくて。ホログラムなんて自由自在に向きを変えられるのにわざとデスクに向き直った。うわ、真剣な顔のラァ先輩めちゃくちゃキラキラだな。
「4日後の2時で」
「私もいけますけどぉ??」
「相手は地球語話せないわよ」
「私だってイカ検準一です〜、舐めないでくださぁい」
「あらすごぉい、私は一級」
「意地悪〜!!」
お決まりのやり取りだ。いつもなら微笑ましいなぁ、とかまたやってるとかそう思うのに。今日の僕はひどく後ろめたい。
定時30分前、パンパンと打ち鳴らされた音は注目の合図だ。部長に意識と目線が集中すると、彼女はデスクの前に立って微笑んだ。
「今日みんなお暇かしら?」
「部長最高!!!」
「喜んで参加いたします!」
「いぇーい、タダ飯!!」
真っ先に声を上げたのはラァ先輩だ。ぽかんと僕が口を開けている間に、飲み会の開催と、僕以外の参加が決まった。
第二十話 十人十色
「葵くん、飲んでるぅ?」
ふにゃりと笑う愛子さんは、随分薄いシャツを着ていてなんだかドキリとする。この人もしかしなくても暑がりだな。
「あ、はい」
「んふふ、このお店めちゃくちゃ美味しいからいっぱい食べよぉ〜ね」
にこにこで手渡されたのは取り分けられたサラダで、本当仕事できるなと思った。
「マオちゃ〜ん、サラダだよぉ」
「ありがとうございます!」
ランチの時にも思ったけれど、マオさんは食べるのが好きだ。雑談の中でご飯の話が出ると明らかに熱が加わる。いただきますの後すぐに食べ始めていたし。
「リィ族はみんなでご飯、を大切にする文化なのよ」
「え?」
「リィ族の人達って、ちょっと傲慢だったり、地球人を見下してる人とかも多いわよね」
「……はい」
「でも、その誰もがマオちゃんと同じく、みんなと食べるのが好きなのよ」
部長はいつも通りの顔でジョッキを傾ける。おしゃれなワインとかが似合う人なのに、安酒をグビグビいくタイプなんだ……。
「エルダウは逆に家族間でもあんまり食事をしないから、普段は《ああ》なラァくんも食事の場では静かなの」
「俺は俺でちゃんと食べてるからいいでしょ?」
「ええ。大いに食べて飲んでちょうだい」
テーブルの隅っこにいるラァ先輩。とにかく忙しなく、みんなの世話を焼く愛子さん。ずっと嬉しそうにご飯を食べ続けてるマオさん。……メガジョッキ七杯目の部長。
「人間みんな違うのよ。違う考え方、価値観、文化。それを押し付け合うのではなく、尊重し合えたから今があるの」
「そぉですよぉ! 十人十色、みんな違ってみんないい!」
キャラキャラ笑う愛子さんの頭を部長が撫でる。亜麻色の髪と真っ白な手の対比からなんだか目を離せない。
愛子さんは甘いサワー二杯で赤くなる。お酒が入るといつもより声が高い。
マオさんはお酒の味が好きじゃない。ご飯をいっぱい頼んで、みんなで分けようとする。
ラァ先輩は静かに飲んで静かに食べる。ただ飲んでいるのは日本酒だ。
部長はご飯はほぼ食べず、延々酒を流し込む。黒スーツから除く手首やら顔やら、果ては丸くて小さな耳まで。全部真っ白なままだから本当に強いんだな。
「僕、この部署に入れて良かったです」
お読みくださり、ありがとうございます。
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