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黒界異人伝・異世界英雄譚 -ようこそ、造られた異世界へ-  作者: 明鏡止水
9章・セドラル、再び

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第810話 死して戦う者

 クリフは、低く唸るような声を漏らした。

それは怒声でも咆哮でもない──肺から空気が漏れているだけのような、不気味な音だった。


次の瞬間、その巨体が再び動く。


「来るぞ!」


 龍神の警告と同時に、クリフが拳を振り上げる。

やはり速度は遅いが、その動きには躊躇など一切なかった。


振り下ろされた拳が橋を叩き割り、轟音があたりに響く。石床が砕け、爆発のように破片が吹き飛ぶ。

衝撃波が周囲へ広がり、俺たちは咄嗟に飛び退いた。


「っ・・・!」


 沙妃が吹き飛ばされそうになるが、未菜が腕を掴んで引き寄せる。

その直後、クリフは砕けた橋の床を掴み、巨大な瓦礫をそのまま投げつけてきた。


「うわっ!?」


青空が腕を振り回し、鉤爪で瓦礫を切り裂く。

だが、その隙を待っていたかのように、クリフが突進してくる。


やはり速度は遅い。見えるし、避けられる。なのに――怖い。

まるで、巨大な雪崩が迫ってくるかのような圧力だった。


 エルが槍を突き出す。

水を纏った刺突が、クリフの肩を深く貫いた。

見た目はさほど派手ではないが、普通ならある程度のダメージを受けそうなものだ。


しかしそれでも、クリフは怯まず止まらない。

肩を貫かれたまま前進し、そのまま腕を振るう。

エルは咄嗟に後退したが、衝撃だけで吹き飛ばされた。


「姉ちゃん!」


 モールが風刃を連続で放つ。

鋭い斬撃がクリフの胸や腕を切り裂き、青黒い肉を抉る。

そこまでされてもなお、クリフは攻撃を止めない。


「こいつ、やっぱり痛覚が・・・!」


「いや、違う!」


龍神が叫ぶ。


「あいつには、痛覚はあるんだ。ただ、“傷を負って動きを止める”って概念自体がないんだ!」


 クリフが拳を振るう。

俺は、それを斧で受けた。

鈍く重い衝撃は、技術ではなく純粋な質量と魔力の暴力だ。


受け止めた瞬間、腕の骨が軋む。

そのまま押し込まれ、足元の橋が割れた。


「姜芽!」


 モールの風が飛ぶ。

風圧で体が後ろへ引かれたことで、なんとか押し潰されずに済んだ。


だが、クリフは追ってくる──ただ真っ直ぐに。

獲物を壊すまで、止まらない獣のように。


未菜が魔弾を放つ。

数発が直撃し、クリフの顔面で炸裂した。

普通なら視界を潰せる威力だろうが、クリフは怯みもしない。

顔を焼かれながら、そのまま未菜へ向かう。


「っ・・・!」


 未菜は扇で結界を張る。

そこへ、クリフの掌底が叩き込まれた。


防壁が軋み、さらにもう一撃。

三撃目で、結界が砕けた。

未菜は後方へ飛び退き、その鼻先をクリフの拳が通過した。

拳圧だけで頬が裂け、血が舞う。


「避けてもこれか・・・!」


 青空が毒づく。

そこへ、メニィの術が展開された。

青白い炎の鎖が地面から伸び、クリフの両脚へ巻き付く。


「今です!」


一瞬、クリフの動きが止まる。

その隙を逃さず、龍神が雷を落とした。


雷撃がクリフを呑み込み、巨体を焼く。

さらに俺とエルが同時に踏み込む。

斧と槍を、左右から同時に叩き込む。


肉が裂ける感触がし、確かな手応えを感じる。

だが――。


「え、まさか・・・!?」


 クリフは、その状態で動いた。

腹を裂かれ、 肩を砕かれ、 全身を雷で焼かれながらも──腕を伸ばしてくる。


その手が、俺の首を掴みかける。

しかしそこで沙妃のブーメランが飛来し、その指を弾いた。


俺は転がるように後退する。

自然と息が荒くなる。強い、というより――怯まず、動きが止まらない。

倒れても、傷ついても、焼かれても、こいつは前へ来る・・・ただ、それだけを繰り返している。


 クリフは低く唸りながら、再び立ち上がった。

片腕は半ば千切れ、胸には穴が空き、顔面も焼け爛れている。それでもなお、 紫の目だけがぎらついていた。

まるで、「敵を殺す」 という本能だけで動いているかのように。


「すごい執念を感じます」


キョウラがポツリと呟いた。


「でも、この方から感じる執念は・・・ちょっと変わっています。何というか・・・自身の使命を果たそうとしているけど、本来の目的を忘れている、とでも言いましょうか。信念は確かなものですが、それを向ける相手が違うことに気づいていない・・・そんな感じです」


 つまりは、本来の目的を見失い、それでもなお自身の使命を果たすために戦っている、といったところか。

なんだか悲しいが、そうだとすればなおさら退くわけにはいかない。


こいつはもう死んでいる。なのに動いているのだから、その意味でもアンデッドと同じだ。

かつてアンデッドを狩っていた者が、自身もアンデッドになるとは・・・哀れというか、皮肉というか。


「クリフ・・・」


龍神やエルのみならず、亮も・・・かつて彼の同業者の1人であった男も、クリフに憐れみの目を向ける。

だが、その手には鞭を握りしめ、表情も戸惑いや躊躇いを感じさせない。

彼を「楽に」してやろうと考えていることが、明らかだった。

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