第811話 最後は静かに
青空が後退しながら鉤爪を振るい、斬撃を飛ばす。
斬撃がクリフの肩口を裂く。だが、それでも奴は怯まない。
クリフはそのまま腕を振り抜き、橋の床も巻き込んで薙ぎ払った。
石片と衝撃波が周囲へ飛び散る。しかし、それを食らった者はいなかった。
すでにみんな、散開していたからだ。
龍神が雷を放ち、稲妻がクリフの胴体へ直撃し、黒煙が上がる。
その隙を突き、エルが踏み込んだ。
水を纏った槍が連続で突き込まれ、喉、肩、脇腹といった箇所を正確に狙う。
だが、それでもまだ止まらない。
クリフは槍を受けながら前進し、そのまま拳を振り上げた。
「姉ちゃん!」
モールが風術でエルを引き寄せた直後、拳が橋へ叩き込まれ、石床が爆散した。
もし直撃していれば、肉体など跡形もなく潰されていただろう。
「うう・・・くそっ!」
モールが歯を食いしばる。
その目には、怒りや悲しみだけではない感情があった。
焦り、恐怖、そして――決意。
クリフは再び動く。
紫の目がエルを捉えた。次の獲物を認識したのだろう。
「団長・・・!」
モールが叫ぶが、当然の如く返事はない。
クリフは地面を踏み抜き、一直線にエルへ向かっていく。
遅い──だが、止められない。
エルは槍を構える。
しかし、今のクリフに正面から押し合って勝てるとは思えなかった。
まずい――そう感じた瞬間。
「姉ちゃん、下がれ!」
モールが前へ出た。
風が吹く。いや、吹いたというより――集まった。
モールの槍へ、周囲の空気が吸い込まれていく。鋭く、細く、殺意を帯びるように。
「・・・モール?」
エルが目を見開く。
モールは槍を低く構えたまま、クリフを睨みつける。
その顔には、怒りとも悲しみともつかない感情が浮かんでいた。
「団長・・・あんたは、僕たちを拾ってくれた」
低い声だった。
「こっちの国でも、僕の顔の痣を見て気持ち悪がる奴ばかりだったけど・・・あんたは言ってくれたよな。“戦えるなら、誰であっても関係ない”って」
風が、さらに強く渦巻く。
「だから、僕はあんたについていった。あんたを、この方尊敬してきたんだ」
クリフは止まらない。
何も答えない。ただ拳を振り上げる。
それを見たモールは、唇を噛み――叫んだ。
「[痛み分けだ]!」
その瞬間、モールの姿が掻き消えた。
否、速すぎて見えなくなった。
風を纏った槍が、一撃、二撃、三撃とクリフの巨体へ連続で突き込まれる。
ただ速いだけじゃない。刺すたびに風が傷口へ入り込み、内部を抉る。
四方八方から暴風じみた刺突が叩き込まれ、クリフの体が細かく裂けていく。
「ぐ、ォォ・・・!」
初めてクリフが、わずかに後退した。
「すごい・・・効いてます・・・!」
メニィが叫ぶ。
モールは止まらない。風そのものになったかのような速度で駆け回り、傷を増やしていく。
肩。脇腹。脚。喉。そして最後に――。
「うああああぁぁっ!!」
真正面から突き込んだ。
槍がクリフの胸を貫く。
その瞬間、それまで刻まれた傷へ一斉に風が逆流した。
内部から爆ぜるように、クリフの体中から血と黒煙が噴き出す。
青色の体が大きく揺らいだ。
「よし、今だ!」
龍神が雷を纏って跳ぶ。
エルもまた、水を纏った槍を構えた。
俺も斧を握り直し、前へ踏み込む。
ようやく見えた──この怪物を止められるかもしれない、一瞬の隙が。
「[水面に、消えるように!]」
エルが水分を集め、3体の分身を生成した。
そして、その分身と本体それぞれが次の技を使う。
「[何がために、生きる]!」
槍を振るって攻撃し、数秒間遅れて大きな水の斬撃が走る。
さっきの技といい、おそらくは奥義だろう・・・技名の宣言がないだけで。
エルの攻撃は、クリフにはかなり効いていた。
奴は大きく後退し、動きを止めていた。
やはり、火属性に水属性をぶつけたからか。
それを喜ぶまでもなく、みんなで一気に畳み掛ける。
モールはもちろん、青空や亮も奥義を撃ち込む。
盛大な演出と音の後、クリフは大きく体を仰け反らせ、体勢を立て直した。
そしてエルを見た・・・のだが、その目はさっきまでとは何かが違っていた。
「お・・・ぉ・・・」
クリフは、さっきよりはっきりと、人の声に近い声で言葉を発した。
「俺は・・・何を・・・」
そこで、エルとモールが呼びかける。
「団長!」
「団長!正気に戻ったか!?」
2人の声に、クリフは明確に反応した。
「エル・・・モール。そうか、そうだったな。俺は・・・死んだんだ・・・」
そこまで言って、クリフの体は無数の細かい粒となり、音もなく虚空に消えていった。
まるで、何かに縛られていたものが解放されたように。
「執念が、消えた・・・」
メニィが呟く。
「彼は、とても悲しく・・・哀れな人です。自分が死に、かつて狩っていた存在と同じになっていると気づけないまま、使命感に駆られるがままに戦い続けていた。でもきっと、これで救われたでしょう」
逞しき殺人者の魂よ、どうか安らかに・・・。
キョウラはそう呟き、目を閉じて手を合わせた。




