第808話 光が消えた瞳
クリフの視線が、わずかに動いた。
それまで無作為に散っていた攻撃の軌道が、一本の線のように収束する。
次の瞬間、空気が焼ける音がした。
炎の刃が、地面ごと抉るようにエルへ向かって突き進む。
それはただの斬撃ではない。火そのものを飛ばしている、と言って差し支えない規模だ。
エルは、それへの反応が一瞬遅れていた。
さっきの連撃のダメージが残っているのだろう。
回避をしようとしたが、間に合わない。
「エル!!」
叫びと同時に、俺は踏み込んでいた。
考えるより早く、体が動く。
斧を横に構え、全身に炎を流し込む。
火属性の相殺を狙う・・・なんて理屈じゃない。ただ、“受ける”ために全部を使う。
「来い・・・!」
炎の刃が直撃する瞬間、斧を叩きつけた。
強烈な衝撃が走り、爆ぜるような熱が周囲に迸り、視界が一瞬白く飛ぶ。
「ぐぅっ・・・!」
またしても、押し負けそうになる。
やっぱり、火力が違う。
腕が軋み、膝が沈む。地面が割れ、靴底がめり込む。
それでも――離さない。
「姜芽・・・!」
背後でエルの声が聞こえる。
俺は歯を食いしばり、さらに炎を上乗せする。
斧の刃が赤熱し、火と火がぶつかり合う。
クリフの炎は、まるで意思を持っているように押し込んでくる。
こちらを焼き切るまで止まる気がない、とでも言うかのように。
だが、それは俺も同じだ。
「・・・俺だって、火は使える!」
斧を一気に押し返し、火が弾けた。
一瞬だが均衡が崩れる。その隙を逃さず、横へ踏み抜きながら炎を逸らす。
刃は俺の肩をかすめたが、どうにか致命傷は避けた。
煙が上がる。
焦げた布の匂いと、焼けた空気。
それでも、刃はエルには届いていない。
「エル・・・大丈夫か!?」
振り返ると、エルはまだ立っていた。
目を見開いたまま、こちらを見ている。
「・・・姜芽」
「気を抜くな!次が来るぞ!」
そう言い切った直後、クリフはもうそこにいた。
距離は、1メートルもないくらいだ。
反射的に斧を構えたが、今度は少しばかり違う。
クリフは攻撃せず、その場で止まった。
剣を構えたまま、こちらを見ているが――見ている、というか目線を向けているだけだ。そこに、まともな認識があるのかは怪しい。
エル姉弟を見ているのでも、俺や他のメンバーを見ているのでもない。
ただ、障害物を確認するような目。
そして──。
「[闇を裂く!]」
クリフは瞬時に姿を消した・・・いや、正確にはエルとモールの背後にワープし、剣を振り被った。
だがその刹那、2人は速やかに反応して槍で剣を受け止めた。
「だ・・・団長・・・!」
モールは歯ぎしりをし、クリフの目を見る。
だが、その目は彼に答える感じではおおよそない。
「クリフ・・・!」
エルはそう言いつつ、水術を唱えてクリフの背後から高波のような水をかぶらせようとした。
しかしクリフはそれに気づき、空高く飛び上がって斬撃を飛ばす。
間一髪でエルは回避し、すぐに反撃する。
槍を振るって、水の斬撃を飛ばした。
空中なら、もしかして・・・と思ったが、そんなことはないとばかりにしっかり剣で防いできた。
だが、彼は1つだけ見誤っていた。
それは、自身の落下地点に小さな旋風が起きていたことだ。
その風は言うまでもなく、自然のものではない。
モールが起こした、いわば罠だった。
クリフは見事それにかかった。
彼が旋風を踏んで着地した途端、旋風は一気に巨大化して小さな竜巻そのものとなり、クリフを持ち上げた。
「・・・よし!」
モールは手を握ったが、まだ未練を捨てきれずにいるのだろう、そこから攻撃に繋げることはできずにいた。
一方で、エルは違った。
彼女は槍を大きく一回転させ、詠唱した。
「[何がために生きる]!」
銘の宣言はなかったが、おそらく奥義だろう。
なぜなら、詠唱後エルは体に青色の淡い光をまとい、槍には一際濃い色の光をまとわせ、ただならぬ魔力を発した。
そして槍を振るい、その瞬間には何もなかったが、1秒ほどして空中に太く鮮烈な水の斬撃が走り、それがクリフを斬り裂いた。
「姉ちゃん・・・!」
「仕方ない。団長はもう、私たちの知る団長ではないんだ・・・仕方ない」
エルがそう語っている中、クリフは地上に落ちてきた。
そしてゆっくりと起き上がってきた・・・のだが、何か様子がおかしい。
立ち上がりきらず、膝を曲げた状態で静止し、体のあちこちを細かく震わせている。
そして低い声で、「最後は・・・静かに・・・」と呟いた。
やがてクリフの体は変色していき、目は紫に、肌は青色に染まっていく。
その姿を見て、龍神が確信したように言った。
「やっぱり『デスマッシャー』か!名残惜しいが、こうなりゃ仕方ない・・・」
彼はエル姉弟と俺たちの顔を見て、「ここからが本番だ!手を抜くなよ、みんな!」と声を張り上げた。




