第807話 炎剣の亡霊
雷光が走り、エルとモールの傷が塞がっていく。
だが、その間にもクリフは止まらない。
炎を纏った剣を下げたまま、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その姿は静かだった・・・静かすぎるほど。
自分が何をしているのかすら考えていない、そんな感じの歩き方だった。
「団長・・・!」
エルが叫ぶが、返事はない。
クリフはただ歩く。そして、ある距離に入った瞬間――消えた。
「来るぞ!」
龍神の声と同時に、俺は反射的に盾を構える。
直後、凄まじい衝撃が走る。
──見えなかった。
剣が振るわれたことはわかったが、それ以外が認識できない。盾越しに腕が痺れ、地面を数メートル滑らされる。
さらに次の瞬間には、クリフは俺の横を通り過ぎ、後方の青空へ斬りかかっていた。
「っ・・・!」
青空は咄嗟に身を逸らすが避けきれず、肩口が裂け、血が舞った。
そこへ、間髪入れず二撃目が来る。
今度は、下からの斬り上げだった。
青空は短剣で受けようとしたが、やはり防ぎ切れず吹き飛ばされた。
「青空さん!」
沙妃が駆け寄ろうとするが、その前にクリフが剣を横薙ぎに払った。
橋の床を焼き裂きながら一直線に走るそれを、未菜が扇で受け流す。
透明な壁が斬撃の軌道を逸らし、熱風が空へ散る。
しかし、クリフはその瞬間にはもう未菜の目前にいた。
「速――」
言い終わる前に、剣が三度閃く。
未菜は扇で一撃、二撃と捌いた。
だが、三撃目で体勢を崩される。
そこへ、クリフが膝蹴りを撃ち込む。
腹部にめり込み、未菜の体が浮く。
「がっ・・・!」
さらなる追撃として、浮いたところに炎を纏った回し蹴りを決めてきた。
未菜は横へ吹き飛び、橋の欄干へ激突した。
「未菜!」
俺は斧を握り直し、突っ込む。
だが、クリフは振り向きもしない。
まるで後ろに目があるかのように剣を振るい、俺の斧を受け止める。
火花が飛び散り、熱が周囲に放たれ、重さが伝わる。
「っ・・・!」
精一杯踏ん張ったが、押し負けた。
こいつ、技量も力も異常なほどにある。
剣筋に無駄がなく、防御、回避、反撃・・・全てが繋がっている。
まさしく、長年戦い続けた熟練の戦士の動きだ。
「クリフ・・・こんな形で、やり合うことになるとはな」
龍神が低く呟く。
次の瞬間、クリフは剣を捻るように動かし、俺の斧を弾いた。
そして、そのまま首を狙って突きを放ってくる。
危険を感じ、咄嗟に仰け反る。
鼻先を炎が掠めた。
追撃として飛んできた蹴りが腹部に直撃し、息が詰まる。
吹き飛ばされる寸前、エルの槍が横から突き出された。
水を纏った刺突。
だがクリフは、それすら読んでいた。
半身になって回避し、そのまま剣の柄でエルの顎を殴打し、続けて肘打ちをし、最後に回転斬りを放つ。
エルの胸元が裂け、鮮血が散った。
「姉ちゃん!」
モールが飛び込み、短剣を突き出す。
しかしクリフはその攻撃を避けず、わざと肩で受ける。
肉が裂け、血が飛んでも止まらない。
むしろそのまま強引に踏み込み、モールの首を掴んだ。
「っ・・・!?」
そして、無言のまま橋の柱へ叩きつける。
鈍い音が響き、橋が揺れる。
その光景を見て、俺は背筋が冷えた。
クリフの強さに震えているのもあるが、それ以上に異様さを感じたのは、技の詠唱以外一言も喋らないことだ。
怒りも、憎しみも、殺意もなく、ただ目の前の“敵”を排除している──それだけのように思える。
かつて吸血鬼狩りとして戦っていた頃の信念も、仲間への情も・・・何も感じられない。
ただ、生前の戦闘技術と闘争心だけが残り、目的を見失ったまま、目につくものを誰彼構わず襲っている・・・そんな感じがする。
そのことは、龍神も感じていたようだ。
「まるで、壊れた武器だな。もはや、自分が何のために、誰と戦っていたのか・・・そんなことすらも忘れて、目につくもの全てを襲ってるようだ」
彼は、まだ現実を受け入れきれない様子のエル姉弟とは裏腹に、本気で「やる」顔をしていた。
かつての仲間であろうと、堕ちた相手には容赦なく刃を向ける・・・といったところだろうか。
「エルにモール・・・君たちの気持ちはわかる。だが、現実は残酷だ。こいつはもう、俺たちの知ってるクリフじゃないんだ」
冷酷なことを言う龍神だが、その表情はどこか憂いを秘めていた。




