第803話 導きと制止
鎌が静止し、空気が裂ける。
死神の姿がぶれたかと思うと、次の瞬間にはゼイールのすぐ背後にいた。
「お前たちが何と言おうと──この男は、死ぬべきなのだ」
低く呟いたその声と同時に、鎌が振り下ろされる。
「させるか!」
俺は地面を蹴り、間に割って入る。
斧に炎を纏わせ、その刃で鎌を受け止める。
金属音は鳴らない。代わりに、空間が軋むような嫌な感触が腕に走る。
「・・・ほう、触れられるのか」
死神がわずかに目を細めた。
「私が、結界を張りましたからね」
その言葉を聞くまで、俺はキョウラが周囲に結界を張っていたことに気が付かなかった。
結界と言っても、辛うじて目に見えるほど薄い透明なもので、どちらかというと全体に何かのバフを配る目的で張られたもののようだったが。
さて、死神との鍔迫り合いをしばし続けた後、押し返すように斧を振り抜き、蹴り飛ばすと、死神はふっと霧のように後退した。
だが、完全には距離を取らない。
常に、ゼイールとつかず離れずの位置を保つ。
俺とエル、亮、龍神、青空で前方を固め、未菜と沙妃が左右に展開する。
キョウラとメニィは、後方でゼイールを守る形に入る。
死神は、それを見て小さく笑った。
「ほう、守ろうとするか」
その瞬間、黒い霧が地面から噴き出す。
足元・・・いや、みんなの影からだ。
「下だ!」
亮の声と同時に、俺たちは飛び退いた。
霧は一瞬で形を持ち、無数の“腕”となってゼイールへ伸びる。
キョウラが魔導書を広げ、「[シャイン]!」と詠唱する。
光が弾け、腕をまとめて焼き払う。だが、完全には消えない。霧は散りながらも再び集まり、じわじわと形を取り戻していく。
「面倒だな・・・!」
亮が舌打ちし、鞭を振るう。
風を纏った鞭が霧を裂き、そのまま吹き飛ばす。
「あの霧は、私が散らす!奴を・・・彼らに近づけさせるな!」
「ああ!」
キョウラたちがいるとはいえ、やはりそもそも死神を近づけさせないのが最善だろう。
こいつが何者なのかよくわかっていないが、この際後回しだ。
死神は再び動く。
今度は上から来た。橋の欄干を蹴り、無音で落下してくる。
「・・・上!」
沙妃が叫び、ブーメランを投げる。
弧を描いたそれが死神の軌道をわずかに逸らすが、止まらない。
そのまま、一直線にゼイールへ――
「[空吹雪]!」
未菜が扇を振るう。
透明な壁が瞬時に展開され、死神の突進を真正面から受け止めた。
その衝撃で、周囲の空気が震える。
そのまま未菜は一歩踏み込み、扇を滑らせる。
「――[千鳥舞踊]」
壁にぶつかった勢いをそのまま返すように、鮮やかな攻撃を放つ。
死神の体が、見えない力に弾かれるように後方へ流れた。
その一瞬の隙をつき、エルが踏み込む。
水を纏った槍が一直線に突き出される。
だが――手応えはない。
槍はすり抜け、死神の体は煙のように崩れる。
「!?そうか、実体が・・・!」
「ある。固定されていないだけだ」
死神の声が、別の位置から響く。
次の瞬間、奴は俺の背後に瞬間移動してきた。
振り向きざまに斧を振るうが、空を切る。
そして──冷たい気配が首筋を撫でる。
まずい・・・と思ったが、その直前、
「動くな!」
亮の風が俺の体を横へ弾いた。
鎌が空を裂き、俺のいた位置を通過する。
「助かった」
「礼は後だ。・・・あいつの狙いは一貫している」
亮が低く言う。
「だが、どうも妙だ。ゼイールどころか、我々のことすらも本気で狙っていないように思える」
そう言われてみればその通りだ。
こいつは、これまで一度も致命的な一撃をやってきていない。死神という名前だし、見た目的にも、その気になれば十分できそうなのに・・・。
きっと、こいつの狙いはただ一つ、ゼイールを橋の外、つまり死へ導くことで、故に俺たちへの本質的なところでの興味は薄いのだろう。
「理解が早いな」
死神が笑う。
「あくまでも、最初は選ばせる・・・それが我らのやり方だ」
その言葉と同時に、黒い霧が再びゼイールの足元に集まる。
今度は腕ではない。まるで階段のように、橋の外側へ続く足場を形作る。
「さあ、来い」
甘く、低い声だった。
「恐れることはない。ただ一歩、踏み出せばいいのだからな」
それを聞いて、ゼイールの足が動く。
しかし、それは彼自身の意識・・・少なくとも正常な判断によるものではないだろう。
「危ない・・・!ゼイール、戻ってこい!」
「ダメです!行ってはなりません!」
キョウラが叫び、手を伸ばす。
だが、その前に霧が壁となって立ちはだかる。
「邪魔はしないでもらおうか、僧侶よ」
死神の声が重なる。
「しかしまあ・・・こいつ、本当に“死神”って感じだな」
「そりゃそうさ。ただ、こんなでも異人に近い存在だがな」
龍神の一言に、俺は振り返った。
「ん?死神って、異人じゃないのか?」
「まあ、間違いではないが・・・正確に言うと、アンデッドと異人の中間にあたる存在だ。肉体を持たないから、普通は干渉できない・・・それこそ吸血鬼狩りか、僧侶の助けでもなきゃな」
俺は、キョウラのほうを見た。
そういえば、さっき彼女は何かのバフを配る結界を張っていた。
もしかして、それが?
肝心のキョウラは、死神の張る壁に先端の光る杖で切り込み、強引に押し切ろうとしている。
そこにエルたちも加入して死神を攻撃しているが、何なく捌かれている。
このままではまずい。
そう感じた俺は、一か八かで火をつけた──ただし、これまでとは違う。
俺が火を“つけた”のは、武器や地面などではない。
それはずばり、今回の敵・・・つまり、この死神自身だ。




