88ゾンビ
「ゾンビがいます。
今は死体を食べるのに夢中のようです」
真子は事実を、見たままに語った。
いざとなれば、真子はゾンビを落とす事が出来る。
皆が、速やかに行動し、ゾンビが食べることに意識を集中していれば、生き残れる可能性は、おそらく五割より大きいはずだ。
万一、ゾンビが気付き、襲ってくるようならば透過すれば良い。
ユリや良治に真子の透過は見せたくなかったが、たぶん…。
ここさえ抜ければ、もう外まで階段を一つ上がるだけだ。
新宿地下道の、重い暗闇の中、女は遺体の腹部に首を突っ込んでいた。
真子たちは、地下鉄ホームから、この地下道に上る形になる。
改札の先、新宿へと続く地下通路、途中で泥と瓦礫に埋まって潰れているその通路の手前で、ゾンビの全裸の女が、血まみれの遺体に屈み込んでいた。
真子は、ギリギリ顔が覗くぐらいで階段の途中に立ち、皆に囁いた。
「改札は多分、電気が通じていないので動かない筈です。
潜るか乗り越えて、右横の通路側に進んでください。
およそ30メートルほどで階段になり、伊勢丹の脇に出られるはずです。
外に出ればスマホも通じるでしょう。
とにかく、あのゾンビが外にまで出てくるのか、細かい習性は判りません。
安全と思われるところまでは、立ち止まらずに逃げた方が良い。
ここでお別れかもしれないので、後で連絡が取れるよう、連絡先を交換しましょう」
真子は、多分もう一度中に入るつもりだった。
最後は飛んで、洞窟に誰か残ってはいないか確認したかった。
「しかしヒデェ惨状だな。
先に奴をやっつけちまった方が良くねぇか?」
良治が目を細める。
勇気が、先ほどの地下での影繰りを襲った話をした。
「そんなに強いのかよ。
だが…」
良治はユリを見た。
「俺とユリなら、奴を倒せるぜ」
ニィ、と良治は笑った。
確かにユリの能力はゾンビに有効かもしれない…。
だが、もし通用しなかった場合、最悪の状態を現出させてしまう。
「とりあえず、奴が気が付かないのであれば、それに越したことはありません。
いずれにしろ、相当な強敵です。
もし、ゾンビに反応があったら、攻撃するように準備してもらえますか?」
良治とユリは快諾した。
ユリコを背負った福と、勇気が、最初に改札を出てゾンビの横を通過する。
勇気も、攻撃ができるよう、変身した。
「音を立てないように、ゆっくりと」
真子は囁き、3人を送り出した。
勇気が慎重に改札まで進み、銃を構える。
後ろから、ユリコを背負った福が改札まで歩いた。
ゾンビには、反応は無かった。
勇気は、敏捷に改札口のストッパーを、屈んで通り抜けた。
ユリコは、手を使って改札に乗った。
その間に福が、勇気のように改札の下を潜った。
ゾンビに動きはない。
だが、前に見たあの怪物の動きは、恐ろしいほど敏捷だった。
真子は、息をつめて裸の女を見続けていた。
ユリコは、足をスライドさせようとする。
片足は自由に動くので訳はないが、問題は添え木を当てた足だ。
思うように持ち上がらないらしく、ユリコは両手で足を持ち上げた。
福が気が付き、ユリコを手伝う。
元気は、ゾンビに三角定規の銃を向け続けている。
ユリコの足が、何かのセンサーに触れたのか、福がしたのか、判らなかったが、電気が落ちていたはずの改札が、不意にフィンフィンと、赤い警戒灯と共に、発報を始めた。
元気は驚いて、一瞬、ゾンビへの警戒を解いて、背後に視線を移した。
ゾンビが、動きを止めた。
「良治さん、ユリ君、攻撃をお願いします!」
良治が、即座にナイフを投げた。
ナイフは、ユリコと勇気の間の数十センチの隙間を抜いて、ゾンビ女に突き刺さった。
しかし、ゾンビ女には、ナイフなど何のダメージでもないようだった。
だが…。
ずる、とゾンビ女の片手から、力が失われる。
効く!
真子も驚いていた。
ユリの能力は、確かにゾンビマスターの影にも通用するようだ。
同時に、真子に不安がよぎった。
もしゾンビマスターが、各ゾンビと繊細な感覚共有をしていたなら、もしかするとユリが生きているのが発覚するかもしれない。
「僕らも行きましょう!」
ユリに力を使わせるのは、最低限にしないといけなかった。
Aがどのような組織か想像も出来なかったが、生存が確認されたら何らかの接触があるだろうことは、おおよそ予測ができる。
真子たちは走り、ユリコを背後から抱え、福の背に乗せた。
良治は改札を飛び越え、真子は横のステンレス策を横跳びに跳んだ。
「早く!
ゾンビが動いている!」
勇気が叫んでいた。
見ると、片腕は力を失いながらも、ゾンビは、ずる、ずる、と這うように真子たちの方へ進んでいた。
福は、背は小さいが漁師で鍛えた足で、力強く走り出していた。
ユリが、片手が不自由なために、改札で手間取っていた。
勇気はユリたちを守るために、銃を撃った。
だが、ゾンビに電気は通じなかった。
良治の手助けもあり、ユリも改札を通り抜けた。
真子は、最後に残っていた勇気の肩を抱き、皆の方へ走った。
が…。
「トンネルが潰れている!」
福は叫んだ。




