87ゾンビ
「なぁ、地下鉄の駅って…」
勇気が不安げに呟く。
前に入った駅には、あの死人が群れを成していたからだ。
「南北線は、前の駅とはルートが違うし、駅にあれが多くいたこと自体が、意味と目的を示していると思うんだ」
「どゆこと?」
ユリコが首を傾げる。
「つまり、今にして思えば、新宿に大穴を開けたのは意味があった、という事だよ。
意味は、死体の確保だ。
日本では死体は火葬されるから、海外のように容易には手に入らなかった、そのための大掛かりなテロが、今回の恐竜騒動ではなかったか、と僕は考える」
あ、と良治は叫ぶ。
「聞いたことがあるぜ。
確か、面白れー名前だったな…。
ん…、と、ゾ、ソンビマスターだ。
そいつは、死体しか操れないんだ。
だが、めちゃめちゃ強い、って話だったぜ!」
さすがに専門家だった。
「おそらくそれでしょう。
そして、彼らの目的が賞金首や特定の誰かの殺害でない場合、獲得した死体は速やかに運ぶはずです。
最も発見されずらいルートが、地下鉄のトンネルなのではないでしょうか。
だから僕らは、丸の内線のホームで、あの死体の群れと遭遇したのです。
で、あれば、副都心線は安全、と考えられます」
「死体を操る影繰りだべか?」
福が唸る。
「知ってるよ」
とユリが語った。
「それは、もうお爺ちゃんの影繰りだけど、四人しかいないAのブレインクラスの一人だった。
スカイウォーカーとか魔弾の射手とか運び屋とかと同じなんだ。
彼らはマッドドクターの忠実な僕。
本当に強い影繰りの一人だよ」
「兄ちゃんも敵なのか?」
勇気が驚いて聞いた。
「僕は、小田切誠に殺されて、日本に落ちてきた、元Aの出来損ないさ。
でも良治さんやバタフライと会って、日本でやり直すことにしたんだ!」
「ちょうどゴミの日で、大量のゴミの上に落ちて、掠り傷も無く助かったんだぜ!」
と良治がユリの事を話し始めた。
そー言えば東京上空でユリを落としたのだった。
外に出られるほどの高度だったから千メートル以下ぐらいだったかもしれない。
東京自体が、ある程度の標高はあるハズだから、風や色々な条件が重なれば、運よく命を取り留める事もあるのか…。
と真子は唸った。
「でも影繰りがいる可能性はあるよね?」
ユリコは慎重に語った。
「それはそうです。
確かに頭数は多いですが、怪我人が二人いるので、このメンバーは戦闘には適さないかもしれない。
でも、影繰りが皆敵対的とは限らないし、そもそも、ずっと地下にはいられない。
死体の回収が終わったら、おそらく…」
「穴を塞ぐってのか!」
ユリコは驚愕した。
「え、それじゃあ、残っている人は!」
福は驚くが、真子は、
「僕は皆を治療しながらここまで来ましたし、たぶん無傷な影繰りなら、もう充分上に逃げる時間はあったでしょう。
さあ、僕らも急ぎましょう」
崩れかけのコンクリートを潜ると、電気は消えているものの地下鉄駅の階段らしいものが現れた。
上がっていくと、どうも副都心線のホームに降りるための通路のようだった。
真子は、ふと立ち止まる。
「どうした、真子姉ちゃん?」
福の問いに、
「しまった。
丸の内線のホームと副都心線のホーム、新宿線のホームは連結していた…」
階段を上がると、丸の内線ホームか、それと通じる階層に出るらしかった。
そこには、もしかしたら、あの影繰りを容易く噛み砕く死体たちが、まだうろついている可能性があった。
戻るか…。
と真子は思うが、ユリコが。
「進もうよ。
もう時間が無いんでしょ…。
あれ、がいたとしても逃げに徹すれば、階段ならそう何分もかからない。
戻って岩登り、となったら、何時間かかるか判らないんだから…」
「そうだね。
迷っているより、急いで通り過ぎた方がよさそうだ」
真子は言って、停止したエスカレーターを登った。
が、福が切迫した声を上げた。
「ちょい待ち!
俺は、魚がいれば、それが深海でも判るんだ!
なにか、いるぞ!」
真子はエスカレーターの半ばで立ち止まり、
「大物、とか、敵意とか、判らないの…」
さすがに、嫌な汗が首元を流れた。
「大物なのは確かだ。
だけど、残念ながら漁師仕様で敵意なんて判らない。
だけど、いるよ…」
真子は透視で、上のフロアを見た。
そこは地下鉄ホームではなく、丸の内線に降りるための通路だった。
そして、その通路は何度も誠が歩いた、新宿通り下の地下道だった。
少し安心するが…。
通路に、確かに何かが蹲っていた。
人間だとすると、状況的に異様だ。
大惨事が起こっているのにピクリともしない。
こんな場所に動かずにいるのは不自然だ。
真子は、体内の治療で覚えた視覚の拡大技術を使って、動かない何かに視力をズームさせた。
それは、蹲って何かをしている裸の女だった。
そして、すぐに血が広がった床や、もはや男か女か、成人か未成年かも判らなくなった遺体を、貪り食っているのだと、理解できた。
いざとなれば落とすか…。
真子は思うが…。
階段を登り切って、廊下を横断しさえすれば、その先に伊勢丹へ登る階段があった。
廊下は、およそ十メートル程だろうか。
あの怪物、ゾンビがいるのは、何十メートルか離れた場所だ。
ゾンビは真子たちには背を向けている…。
確かに引き返すのは、かなりのリスクがある…。
真子は迷った…。




