輸血
「あれ、どうなっているんだ?
影の鎧が全然、通用しなかったぞ?」
福は取り乱していた。
真子にも、あそこまでの破壊力が死体にあるとは思っていなかった。
本能的に逃げ出しただけだが、賢明な判断だったようだ。
「あの死体を操っているのは影繰りで、だから死体自体は影繰りではなくとも、奴らが動いている原理は影なんだ。
影の力なら、相手の影の力が桁違いに大きければ、鎧も意味をなさない。
あの死体を操っている影繰りが、途方もない強力な影繰りだった、って事だよ」
真子が説明した。
アルミの戦車が鋼鉄の豆鉄砲に撃ち抜かれた、というような事だ。
力が違い過ぎれば、鎧だろうが、城壁だろうが意味はない。
影繰りの力量の違いは、致命的な結果をもたらす…。
「どうしよう!
れいなや愛理、樹怜悧や義郎たちが!」
勇気はあせった。
ユリコが、勇気を抱きしめて、
「心配すんな、奴らには小百合もハマユもついているんだ。
きっと無事だ」
と宥めた。
たぶんドールマスターとは違う…!
と真子は思っていた。
ドールマスターは、おそらく無生物を自在に操る能力だが、あれは多分、推定だが人間の死体の身体を操る能力だ。
この新宿の穴を、膨大な時間と労力をかけて作った理由は、たぶん人間の死体を手に入れるためだったのだろう。
日本では、死体は全て火葬にされてしまう。
そのため、こんな大規模な破壊を行って、大量の死体を手に入れたのだ。
その代償の分だけ、この影繰りの力は途方もなく強力だ。
影繰りの力に関係なく、蟻を踏みつけるように影繰りを捻り潰す、死体の獣が、今見ただけでも5体以上は存在していた。
もし、ドールマスター並みの数を操れるのなら、この穴はまさに影繰りの屠殺場と化すだろう。
「とにかく、敵は想像以上に凶悪なようです。
なんとかして仲間を探さなければなりません!」
真子は語った。
「勇気君、なにか、仲間との通信手段とかは無いんですか?」
勇気は、え、と狼狽えて、
「それはスマホで良いと思っていたから、特に決めなかったんだよ…」
「まー、確かにスマホの方が便利だしなぁ」
輸血でだいぶ元気が出たのか、ユリコも金髪の頭を掻き上げた。
「変身しているのに、スマホが勇気君のものでは、正体がバレる恐れがあるよ。
決めた、って言ってましたが、変更は可能なんですか?」
勇気もロン毛の髪を弄りながら、
「んー、皆の合意でなら変えられるんだけど、今は…」
携帯の電波は来ていない。
「合体が出来るといいましたが、離れて合体を行ったらどうですか?
皆の位置とか、判らないですか?」
「やった事無いから、判らないよ…」
「まー、ここで話していたってしょうがないっぺ。
とにかく、進んで、仲間になれる人たちと協力していけば、いつか出会えるかもしれないべ」
金髪の福が言うと、ユリコを背負った。
「そうだね。
とにかく、進もう」
真子も立ち上がった。
塞いだ穴から、コンクリート片の残骸を乗り越えて、数十メートル登った。
「福君がいるから、随分楽だよ」
あはは、と福は笑い、
「俺は体力は自信あんだ!
兄ちゃんと二人、いつも漁に出てたからな!」
「漁師さんだったの?」
「うん。
でも、船が壊れちゃって…」
「壊れた?」
「だいぶオンボロだったんだよ。
いつかは壊れる、のは兄ちゃんも俺も判っていtんだけど、一昨日、ついにエンジンがいかれちまって…。
なんとか仲間の漁船で港まで引いてもらったけど、治すにはエンジンを交換するしかなくって。
そしたら、賞金首が新宿にいるってSNSを見てさ、学校を飛び出して、兄ちゃんを引っ張って新宿に来たんだよ!」
だから学校のジャージだったのか…。
「あたしらもSNSを見たんだよ。
まさか、こんな罠にはまるとは思ってなかったよ…」
ユリコは、痛むのか、呻いた。
真子は、肉や毛細血管を繋げることは出来るが、骨は再生を待つしかない。
SNSか。
おそらく、Aの陰謀だろう、とその時の真子は思っていた。
真子たちの歩く地底は、数十メートルの天井が意図か偶然か、残っている。
ビルの地下階が半分に千切れて、天井の一部を構成していたりしている。
だが、その上に何棟ものビルが地上に建っているだろうことを思うと、いつまでもそのままいるとは思えなかった。
だから、とにかく真子たちは、横に見えているペペへ続く地下通路へ登る必要があった。
と、真横の辺りで怒鳴り声が聞こえた。
男が、2人で何かトラブったらしい。
口汚く互いを罵りあっていた。
勇気が、足を止めかけるが、真子は背中を軽く押して、前進を促した。
男の一人に、見覚えがあったからだ。
あれは、良治、真子が殺されかけたナイフ使いだった。
さっさと離れよう、と思う真子だったが、勇気が。
「真子姉ちゃん。
怪我人がいる、って言ってるよ?」
「え?」
相手が良治だったから、顔を見ただけで拒絶反応を起こしていたが、勇気に言われて聞いてみると、どうも怪我人がいるから、どうか手助けをしてくれ、と良治は懇願していたが、言われた男は、ふざけるな、と拒絶しているようだった。
「ちょっと行ってみようか?」
真子がユリコたちを見ると、同意してくれたので四人は争いの方に進んだ。
「うぜーんだよ!」
と、スポーツでもやっていそうな、立派な体格の男は瘦せた良治を突き飛ばした。
どさり、と倒れた良治に、真子たちが、
「あの…、どうされたんですか?」
と問いかけると、
「ユリが怪我しちまったんだよぅ!」
良治は、柄にもなく号泣していた。
え、ユリ?
真子は、去年の12月に、そういう名前の少年を一人殺していたが、意外な人から、意外な名前を聞くことになった。
ユリは、その影のコントロールさえできたなら、おそらく、あの死人たちにも対抗できそうな強い影繰りだ。
「おじさん、この真子姉ちゃんは怪我人の治療ができるんだよ」
勇気が言うと、本当か! と良治は涙を浮かべて喜び、崩壊した道路が、死んだ蛇のように切れ々々に捩れながら続く道へ真子たちを招いた。
ポルシェが直立して潰れた物影に、金髪の少年が、片腕を自動車に挟まれて苦しそうに呻いていた。
真子は影の手で車をどかし、金髪の少年、ユリの腕の治療をした。
「血を失っていますが、怪我は治しました…」
「真子姉ちゃん、輸血はしないの」
勇気の問いに、
「あれは目分量では、やっぱり危険すぎるよ。
さっき福君も随分危なかった…」
「大丈夫だ!
ユリも、俺もB型なんだ!
俺の血を入れてくれ!」
良治が必死に懇願した。
冷酷な殺人マシーンのようなイメージしか真子には無かったので、とても意外な気分だった。
「仲がいいんですね?」
「ああ。
弟みたいなもんなんだ!」
いや、絶対、昨年末までは他人だったはずだが…、と真子は思ったが。
「とても危ないですし、このユリさんも、安静にしておけば良くなるかもよくなるかも判りませんよ?」
と念を押すが、輸血をしてくれ、と良治は言う。
真子は、影のチューブで、良治とユリを繋いだ。




