84罠
「…か、怪物…!」
勇気が震えた。
影繰りには勇敢に戦うが、彼はまだ小学生だった。
それは、真子が見ると、体内的には死んでいる人体だった。
だが、どうした作用か、獣のように四足歩行で動き、威嚇するように獰猛な叫び声を高らかなテノールで地下駅に響かせていた。
同時に、40近い女性の遺体、のはずが、それはネコ科の猛獣のように前足を振り上げ、威嚇した。
口が血まみれだ。
もしかすると、既に誰かを襲っているのかもしれなかった。
「いや…、これは多分、影繰りによって作られた動く死体だと思う。
本体を倒さない限り、奴らは止まらない…」
真子は教えた。
たぶんドールマスターの人形なのだろう。
悪趣味感は、ますます強化している。
裸の女は、とても人のものではない、増悪に満ちた叫びを上げ、福に襲い掛かってきた。
福は、影で対抗しようとするが…。
「うわ、こいつ、毒が効かない!」
しまった。
確かに死人には、毒は何の意味もない。
真子は、福の体も引き寄せ、ユリコも抱えて別の影の手を伸ばし、上に逃げた。
勇気や福の目の届かないところに行ってから、女を地下に落とす。
「僕らが相手に出来る物じゃない。
逃げるのが一番だよ」
しかし、ドールマスターの物体操作だけで、あの獰猛そうな攻撃性が生まれるだろうか?
以前のドールマスターの操る人工物とは、動く死体はだいぶ違っている気がした。
そして、不気味なのは、一部の影繰りには、あの生きる死体に対抗する術がない事だった。
福の毒もそうだし、たぶん美鳥さんの蝶も、あの怪物には相当にてこずるはずだ。
あれはもしかすると、影繰りを効率的に倒すために編み出されたものかもしれない…。
それが真子には不気味だった。
真子は、50メートルほど上の、自然石で作られた岩棚におりた。
治療と回避が得意、と思われるのが一番、と真子は考えた。
「真子姉ちゃん。
あの怪物は沢山いるのか?」
勇気は、青ざめて聞いた。
死体は、いくらでもある、と言えるだろう。
「判らないけど、こんな場合だからね。
多いと思って用心するに越したことはないよ」
「そ、そうだな…」
と福も頷く。
四人とも、既に疲弊していた。
真子は周囲を見回し、横穴を発見した。
もしかすると…。
誠は横穴に歩いてみた。
「うん、やっぱり残った地下鉄駅だよ。
たぶん丸ノ内線じゃないかな。
ちょっと入ってみよう」
真子は皆を、半分残った駅のホームに誘った。
真っ暗闇だが、影繰りには闇は無い。
完璧に停電していたが、やはり自販機はあった。
影の手を使って透過をし、鍵を開ける。
「よし、水が飲めるぞ!」
おお、と皆、喜んだ。
「こんな時はカロリーが取れるものの方がいいよ」
冷たいものならコーラや、温かいものなら汁粉などが一番だろう。
真子たちは、しばらくぶりに液体を口に運び、生き返った気分だったが。
「お前ら。
良いものを見つけたな…」
見知らぬ男女のグループが、真子たちに近づいてきた。
見たところ20代後半ほどのカップル2組のようだ。
「あ、ええ。
皆さんもどうぞ…」
真子は、トラブルを避け、彼らに自販機を譲ろうとしたが…。
1組のカップルが、真子たちの背後に回り込もうと動いていた。
「問題が1つあるんだ…」
声をかけてきた男が、話し始めた。
「ここは俺たちのシマで、お前たちの場所じゃねぇ、って事だ…」
「おい、何を言ってるんだ!
こんなものは、誰の物でもないぞ!」
福が、声を荒げるが、
「餓鬼がイキんなよ!」
男の隣を歩いていた女が、叫んだ。
話していた男は、す、と影を纏った。
おそらく、甲冑を身に纏ったようだ。
隣の女は、いつの間にか、鞭のような物を手にしていた。
背後に回った、少し猫背の男は、注射器を手にしていた。
連れの女に変化はないが、影の気配はしている。
真子は、甲冑男に、自販機を持ち上げ、投げつけた。
同時に、3人を影の手で掴んで、入ってきた穴へ飛んだ。
自販機は、男の持っていたロングソードで真っ二つになった。
女が、手にした鞭を振り上げていた。
福が相手をしよううとするが、真子は福を後ろから掴んで、穴に影の手を伸ばし、元の廃墟に戻った。
「真子姉ちゃん。
何で逃げるんだよ!」
福は言うが、ユリコが、
「見てみな!」
と地下鉄駅を指さした。
そこには、裸形の使者どもが影繰りたちを取り巻いていた。
剣で切っても、死者は男に噛みついていく。
そして、甲冑で鎧われているはずの男の首筋から、鮮血が噴き出した。
「ダイキ!」
鞭の女が叫ぶが、浮浪者だったとおぼしき白髪の死者が、女の厚化粧の頭部を、ワニのようにグシャリと噛み潰した。
「なんだ、あれ!」
勇気は悲鳴を上げた。
「この穴を作った奴らの、真の目的は、たぶんアレなんだ。
この穴は、影繰りを殺すゴキブリホイホイみたいなものだ…」
真子は呻いた。
そして、穴の入り口の横にあったビルの外壁を、影の手で持ち上げて、穴を塞いだ。
穴の中から、女の絶叫が響いて来ていた。




