82ヤギョウ
どういう影か…。
それは影繰り同士の戦いの場合、常に重要な戦いの軸になる。
目の前の、身体を空中に浮かべた少年は、無数の節足により自分の体を持ち上げている。
つまり、この節足が影の一部、または全部になるらしいが、それがタカアシガニなのか蜘蛛なのか、で話は大分違ってきた。
昆虫の集団、という場合もあるだろうし、影繰りのイマジネーションによって、影の形は千差万別だった。
だが、誠はまだユリコから離れられない。
最低限、添え木を渡さないと、ユリコの足は骨折しているので、支えを無くしてしまったら、また皮膚を突き破るかもしれなかった。
誠の横で金髪リーゼントの少年福は、立ち上がろうと努力しているが、いきなりは無理そうだ。
「なんで、こんな状況で僕に襲い掛かろうとするんです?
治療の影は、この場合、重要じゃないんですか?」
誠は素朴な疑問を投げかけた。
はは、と少年は笑う。
「僕に、守るものなんて無いからね。
もし他の影繰りが怪我をしてくれているのなら、治療する君の影こそが邪魔なんだよ」
少年は整った顔で、微笑した。
誠は、聞かなくてはならなかった。
「一体、ここに何があるんだ?」
少年は意地悪く笑った。
「知らないのか!
知らないのなら、君は知る必要はないさ」
「ここに賞金首が来てる、ってSNSで拡散したんだよ…。
俺と兄ちゃんも、それを目当てにここに来たんだ…」
福が、苦しそうに呟いた。
やはり、輸血の量が多かったようだ。
目分量で輸血するなんて、僕が馬鹿だったんだ…。
後悔しながら、賞金首について、誠は考え始めた。
むろん誠も、今、自分が賞金がかけられている身ではある。
だが本部で聞いたことによると、賞金がかけられること自体は、それほど珍しくは無いらしい。
「あたしも未だに億近い賞金はかかっているよ」
アクトレスが言えば、永田も、
「まぁ、影繰りとしてある程度名前が知れたら、割とよくある事なのさ」
と話していた。
「しかし、賞金はどう支払われるのですか?
政府機関や銀行が関わっているんですか?」
誠たちも血眼でAを探しているのだ。
直接Aに賞金を貰いに行く、という訳にはいかない筈だった。
もし銀行などを経由するのであれば、そこを突き止めればAの資金源を破壊することも出来るのではないのか? 特定の国家が関わっていたのなら、日本政府を通じて交渉できる立場に内調はいるハズではないか、と誠は疑問を感じた。
まさか、と誠の質問をアクトレス教官は笑い、
「闇サイト、って聞いたことがるだろう?
そう言うところには、闇の銀行もある訳さ。
それが機能しているから犯罪も機能する。
普通の銀行機関と違って、少し手数料も余分にかかるけど、その分便利なんだから誰もが利用する訳さ」
そんなものがある事を、誠は初めて知った。
「その闇の銀行が、例えば僕の首を誰かが持ってきたらお金を払うんですか?」
ヤクザか何かが出先機関となるのだろうか?
「まぁそうだな。
ただし銀行員がいる訳ではない。
暴力団も、これらと比べたら壁を這うトカゲのような小物に過ぎない。
闇の銀行を取り仕切っているものは、ヤギョウと呼ばれる、正体不明の影繰り集団だ。
こいつらは、本当に強い。
だから絶対に喧嘩を売るなよ」
アクトレスは真顔になった。
「ヤギョウ?」
「忍者だとか、陰陽氏だとか、そんな時代から続いている闇の銀行機関らしい」
永田が教えた。
「え、忍者って、フィクションですよね?」
誠は、幼児の頃から忍者など信じたことなど無かった。
仮に水蜘蛛で池を歩けたにしろ、射殺するのに格好の的なだけだろうし、あの衣装も、平気で街を歩けるようなものではない。
第一、本当に侍よりも強いのならば、自分たちが天下を取ればいいではないか。
「古代の頃、神社仏閣、天皇貴族、海賊や交易を行う海の道を管理するもの、また国々を繋ぐ山の道を繋ぐ者たちが有機的に関わっておりました」
指令室のオペレーターの一人、いつも髪を頭に巻き上げていて、うなじさんと呼ばれている女性が、話し始めた。
「彼らを繋ぐものこそが、ヤギョウと呼ばれる者たちであった、と言われています。
彼らは、歴史の表舞台には現れません。
だから滅びず、明治、大正になっても、戦前に暴虐の限りを尽くしていた帝国政府も手が出せず、それは今の政府でも変わらないのです。
ヤギョウはどこに住んでいるのかも判らないし、何を欲しているのかも判りません。
富を誇る訳でも、繁栄を喜ぶわけでもないようなのです。
ただ、ヤギョウは古代よりあり続けているのです。
彼らは日本に留まらず、旧日本軍の進出する前からアジア地域に確固たる地位も築いていました。
例えば、聖徳太子は、なぜ仏教がアジアにあると知っていたのか、もっと遡れば縄文の頃に大陸の事物が見つかるのが何故なのか、日本では紀元前から出雲で鉄器が作られていましたが、どこから知識が流れて来ていたのか、それらにヤギョウは関わる、とされています」
は?、と誠は一瞬、急に歴史の話などになったので思考停止してしまった。
「そんな昔からアジア全域にヤギョウが広がっていたんですか?」
「おそらく、シルクロードそのものがある程度、彼らの管轄であったと思われます」
「そのヤギョウが、陰陽氏であり、忍者だと言うのですか?」
うなじさんは、小さな眼鏡を光らせて、
「一部の妖怪を含む、闇を取り仕切る国際的な銀行機関が、おそらくヤギョウであり、彼らの行動の一部が忍者であり、ある種の宗教教義的な意味合いにおいて陰陽師とも繋がりがある、という事でしょうか」
「い、一部妖怪?」
今までの話も、誠のリアリティからは大きく外れたものばかりだったが、妖怪となると、さすがに驚きを通り越して呆れてしまう。
それではオカルトではないか?
「例えばカラス天狗が義経に剣術を授けた、とか後醍醐天皇の前に怪鳥が現れ、未来を予期した、などの伝承は多々あり、それも含めてヤギョウだと、私は考えるのです」
うなじさんは、指令室の中でも考古学的な分野を専門とする分析官のようだ。
しかし、どこか話は陰謀論にも似て、無理やりな点と点を雑に繋げただけの戯言とも、誠には感じられた。
「中東の闇組織であるハゴウ、古代からユダヤの資金源であるマゥシゴ、またヨーロッパアメリカ域に力を持つヤゴも、同根の組織、といわれてるのです」
誠は息を呑んだ。
「世界中に広がっている?」
その通り、と、うなじさんは眼鏡を光らせた。
「君は、賞金の受け取り方も知っているのか?」
誠は、聞いてみた。
目の前の、中々美しい顔をした、見た感じは中学1、2年の小柄な男子、に思える少年を、誠は警戒した。
ふふっ、と少年は笑い、
「ヤギョウかい?
むろん、知っているよ」
彼は、ちょっと今まで誠の前に現れた男たちとは、違うクラスの影繰りらしかった。




