落盤
その穴は、まるで渓谷のように新宿に突然出現した。
新宿駅と新宿通りが接触する部分から明治通りまで、約1キロにわたる、巨大な大地の裂けめだった。
誠は影の手を伸ばして数百人を救い、ゆっくりと穴の中に入っていった。
比較的浅いところで引っかかっている人は、そのまま地上に移し、重傷者は治療しながら穴の下へ、向かっていく。
残念ながら救いようのない人もたくさんいた。
地下街を歩いていた人たちは、ほぼ全員圧死だった。
天井から、上のビルごとの土砂が降ってきたのでは、どうしようもない。
誠には、死者を弔う余裕まではとてもなかった。
放置して、なお下に降りていく。
地下道や地下鉄駅も引き裂いて、地下には巨大な空間ができ、そして潰れていた。
誠だけは見えていたが、砂の恐竜が消えるのと同時に、地下の空洞を構造上支えていた柱を、同時に何百本も爆破したのだ。
しかし、これだけの土砂を一体どこにやったのだろう。
ドールマスターがいれば、確かに土砂の運搬だけなら工作機器を使うよりむしろ早いのかもしれないが、なにしろ途方もない分量の土砂はどこかに運ばねばならない筈であり、誰の目にも止まらずに新宿のど真ん中でそれを成し遂げるのは普通に考えれば不可能に思える。
だが今は、そんな謎解きをしている場合ではなかった。
多くの人は絶命していたが、まだ望みのある人もいた。
運良く、土の柔らかい部分に落ちた人や、何度かクッションを置いて落下した人など、程度の軽い怪我人は、誠でも治療可能な人はいた。
「これはどうかな…」
腹に鉄製の何かが突き刺さった少年だった。
傷自体に細菌感染などがあったら、さすがに誠ではどうしようもない。
出血多量も直せない。
ただ、影の手でゆっくり鉄材を持ち上げ、毛細管単位で傷の縫合をする。
幸い、内臓には殆ど傷は無いようだった。
ゆっくり鉄を取り除き、傷を治療した。
「よう…。
お前は正義の味方か…」
誠の背後に、猫背の男が立っていた。
身長は190に近いほどだが、猫背のせいで幾分は低めに見えている。
「治療をしてはいけませんか?」
誠は少年の治療を続けた。
「いや。
だが俺には、お嬢ちゃんは冷静すぎる気がするんでな、そこが引っかかっている」
少年の傷は治療した。
「あなたと話している暇なんて無いんです!」
辺りには死者が溢れていた。
これは無差別テロだ。
「だが、俺だって何が何だか判らんまま、こんな目にあわされて、腹が立つ。
何か知っているなら話せ」
「あの恐竜を操っていた奴いらの仕業でしょう。
それ以上は僕にも判らない」
誠は男の横を通り過ぎた。
血を吹きだして苦しみ悶えている男がいた。
「おい、どうしてそっちは助けない?」
「僕は失血は直せません。
今更、傷を治したところで既に失血死は確定している。
直せる人を治すだけです」
誠は、巨大な岩盤を、影の手を使って飛び超えた。
「その岩の下に子供がいるぞ」
「心肺停止です。
ただ外傷がないように見えるから、もしかしたら人工呼吸と心臓マッサージで回復するかもしれない。
あなたがしたらどうですか?」
誠は、この混乱した男と離れたかった。
この男は、暗闇で視力があるところから見て影繰りであり、しかも苛立っている。
いつ、襲い掛かって来るか判らなかった。
猫背の男は、瞬間戸惑い、子供を救出することにしたようだ。
その隙に、治療した一般人を影の手で地上に運んだ。
影繰りまで、誠は地上に運ぶ暇はない。
自分で出来る能力があるのだったら、自分で行ってもらいたい。
誠の目の前に、地下鉄が縦になって地面に突き刺さっていた。
時速80キロ近くで走っていて、あの落盤に見舞われたのでは救いようがなかった。
血まみれの客室は見ないようにし、電車を影の手で掴みながら、登っていく。
影繰りは、相当なドジを踏まない限り、無傷なはずだった。
何十メートルか落下することは、影さえ纏えればダメージは殆どないし、落盤などは交わせるはずだ。
とはいえ、どれだけ凄まじい事故だったのか、上空に浮いていた誠には推察するしかないのだが。
何故、美鳥さんたちを助けなかったのか…。
咄嗟、目の前の、必ず死ぬはずの群集を助けるのを優先してしまった。
目の前に、紀伊国屋商店が横転して、道を塞いでいた。
中にいた人々は、おそらくミキサーの中にいたようにメチャクチャだろう…。
少女が倒れていた。
打撲で重傷だが、誠は毛細管レベルの治療が可能なので、彼女は治せそうだった。
屈み込み、治療をしていると、
何か殺気を感じて振り向いた。
異様な目つきをした、若い男だった。
「なぁ、ねーちゃん…、良いだろ…?」
誠は、男が何を言っているのか意味不明だったが、
「待て!」
叫びに、誠と、若い男は同時に声を振り返った。
「その女の人を虐めるのは、正義の味方が許さないぞ!」
どうも、小学生のようだが、筆箱のようなゴーグルをつけた戦隊ヒーローに変身している、らしかった…。




