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シャドウダンス3魔弾の射手  作者: 緑青ゆーせー
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74飛行

少女は、「素っ首もらい受ける!」と叫んだが、ユリのヒアリング力では意味不明の雄叫びにしか聞こえなかった。


だが、少女は走った。


空に向かって、一歩づつ駆け上っていったのだ。


…空を飛ぶ、影繰り…。


そういう人間を、ユリは知っていた。

スカイウォーカーという老人だ。

音速で空を飛ぶ、化物のような老人だった。


科学的には、人間は音速で空は飛べない。

鳥類でも、音速の壁は越えられない。

音の速さを超えた時、空気は物質となるためだ。


空気が物質となり、人間は空気と激突することになる。

ソニックバリア、音の壁ともいう。


人類が音速を超えようとしたとき、文字通りこの壁に激突した。

この壁を超えるには、ミサイルや銃弾がそうであるような、独特の錐のような形状を必要とする。

そうでないものは、空気の壁によって粉々に砕かれてしまうのだ。

そして。


スカイウォーカーの恐ろしいのは、音を操る、という事でもある。

ソニックブーム。


元来有り得ない状況が現出されたときに、これは起こる。

隕石の落下などでも、音速を超えた結果、強烈なソニックブームが発生することが知られている。

音が物質的な破壊現象を引き犯すのだ。

それは日常、という現実が引き裂かれた音なのかもしれない。

現象事態が奇跡であり、同時に凶器にもなるのだ。


そんなレベルではないが、ユリが知る小田切誠という影繰りもまた、空を飛ぶ。


彼の飛行は凶器では無い。

仲間を乗せて、楽しそうに空を遊泳する。

その速度は、複葉機よりは早い、程度ではないか?

むろん、ユリは影の手に乗せてもらう立場には無かったので想像ではあるが…。


だからユリは、この世で空を飛ぶ三人目の影繰りを、偶然にも間近で目にしたことになる。

赤い少女の飛行は、スカイウォーカーとも誠とも違う。


自分の足で、空気を踏みしめて、駆け登っていくのだ。

たぶん人間の走る速度を、この飛行は超えることは無いだろう。

それは一見欠点のようにも見えるが…。


剣術、と合体した時、それは利点でもある。

音速では、そもそも武道など立ち入る隙は無い。

無駄な動きなど、微かにもした途端、自分が音とぶつかり、砕けることになるからだ。


この子の飛行は、剣術と親和性がとても高い。


足を踏みしめているので、剣が振える。

ステップ次第では、細かい動きも可能だろう。

その意味では、誠の飛行よりも細かく動ける。


問題は、この少女が、銀色に光る真剣を抜いて、ユリに切りかかってきている、という事だった。

少女のスピードは、速い。


見えない階段を上るように宙に舞った少女は、剣を上段に構えてユリの頭の辺りに少女の足がある、という高度で、唸るように叫びながら剣を振り下ろしてきた。


その剣は、まるで丸太をぶった切る鉈のように、真上からユリにめがけて打ち下ろされてきた。




少女には、突然金髪の少年の空気が変わったように感じた。

その緑の目が、唐突に異様な光を発した。


影を纏ったのか…。


だが、それは少女もはなから頭に入っている事だ。


金髪の少年の動きは、影を纏ったにしては遅かった。

近接戦闘タイプ、という訳では無いようだ。


この少年の力の秘密は、師匠も、婆にも判らなかった。

世には、眼に見えないタイプの影もあるのだ、という。

だが同時に二人の男を戦闘不能にしていた。


強い…!


だから腹立たしい。

影の力で強いだけなのに、それで暢気な顔をして笑っているのが忌々しい。


少女は、剣を力の限り振り下ろした。


少年が、不意に動きを速めた。


あ…、れ…。


「もう、きみに僕は倒せないよ」


少年が、流暢な日本語で語った。


少女は、墜落した。




良治を抑えていた婆が、


「朱音!」


と叫んだ。


ユリは、戦意を全身に現して、婆に迫っていた。





老紳士が、ふと鞭を振るうのを止め、花園神社と靖国通りを隔てるビルの壁面を、物凄い速度で登り始めた。

登る、というか、普通に平面を走るように疾走している、という方が近い。


バタフライは、唖然とそれを見送り、


「ん、ユリと良治に何かあったな!」


呟くと、改めて最速で走り始めた。




老婆は、良治の目の前に扇をかざしながら、ユリを隙のない眼差しで睨みつけていた。

片手を着物の袂に入れ、ふと手を出すと、その手には白木の鞘の脇差が握られていた。

振るように鞘を外すと、切っ先をユリに向ける。


ユリも老婆の影に動けなくされていたので、この剣には警戒した。

身体が動けなくなる原理や法則が判らない。

影能力は無論、物理現象ではないので、自然科学の法則にはのっとらないが、何か恐ろしい技を発動する初期動作ではない、とは言い切れないのだ。


と。


目の前のビルの屋上から、人間が飛び降りた。


それはソニックブーム、という程ではないが、大きな音を響かせた。


ユリが一歩、たじろいで背後に体重を移した時。


老婆も朱音も、そして落ちてきたはずの老紳士もが、姿を消していた。

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