切断
男の叫びに対して、歯科の少年は、
「おいおい、あんまり舌を動かすと、誤って切断しちゃうよ…」
言って、キシシと笑う。
涎を垂らしそうな、嫌な笑い方だ。
明らかに、拷問を心から楽しんでいるようだった。
「兄さん、あれ酷いよ…」
カブトが囁くが、レディは。
「俺たちの能力じゃあ、あれは救えない…」
と呟いた。
カブトもレディも、広範囲の攻撃は得意だが、男に傷をつけずに、周りの少年たちだけを攻撃することは出来ないのだ。
「君達、質の悪い悪戯はやめなさい…」
声を上げたのは、サラリーマンらしい服装の60近い老人だ。
どうもハンズで買い物をした帰りらしく、袋をぶら下げていた。
「止められるものなら、止めて見ろよ」
一人、腕組みして立っている背の高い少年が、意外に高い声で言う。
身長は176、7センチ、まあ高い部類だろうが、身体は細い。
老人は皺が垂れ下がった眠ったような目でジ、と少年を見ていたが、意を決して近づいていく。
だが…。
拷問場所から数メートルに近づくと、突然、バン、と電気がショートしたような音がせて、老人は弾き返され、アスファルトに転倒した。
老人は驚愕したように、目を見張る。
どうも、電気のバリアが張られていて、誰も近づけないようにしているらしい。
「なるほど。
よく出来た拷問チームね。
これなら商売ができるかもしれないわ」
美鳥は変なところに感心していた。
「しかし、これは拷問ですらありません!
ただ、いたぶっているだけじゃないですか!」
誠は激昂するが、熱くならない! と美鳥に叱られた。
「いたぶってるのよ。
むろん、それは良くないわ。
でも影繰りである以上、勝てないまでも逃げられないのなら、それは自分が悪いのよ。
この世界に、正義のヒーローなんて存在しないし、そもそも司法が通用しない世界なのよ。
自分が、既に法に守られない世界に住んでいる事を自覚しなさい!」
ぴしり、と美鳥は誠の義憤を切って捨てた。
「ヒヒヒ…、行くぜ…」
歯科の少年は、既に男に覆いかぶさり、男の歯に意味の無い穴をあけようとしていた。
ドリルの小さな金属音だけが辺りに響いている。
が…。
あ…。
と何か腑抜けた声が響くと、男の右手が、大きく上がっていた。
「ほら、手を上げてやったぞ。
ドリルを止めろ!」
右手を抑えていた少年の腕が、ゴロン、と転がった。
すっかり拷問する世界に没頭していた歯科の少年は、一瞬反応が遅れて、わぁ、と仰け反った。
が、その影のドリルは、切断され、ガシャン、と床に落ちた。
大男は、既に影を纏っていた。
姿が変わった訳ではないが、強力な近接戦闘用の影な事は誠にも判った。
「ど、どうやって!」
歯科の少年は、反転攻撃される側になって、女のように甲高い声を上げていた。
「ふん、知りたいか…」
大男は、手からゆっくりと影の刃物を出していく。
それは、日本刀のようだった。
「この剣は何でも切れる。
コンニャクでも切れるんだよ」
双子のうち、右手を抑えていた少年は肘の上から腕を切断され、悲鳴を上げている。
左手を抑えていた少年は、どこかに逃げ去っていた。
「いや…。
でも太一に触れられている限り、身体が動かせない…」
殆ど泣きそうになりながら、歯科の少年はたどたどしく反論する。
大男が顎で指し示す。
太一と呼ばれた肥満気味の少年は、既に額から血を吹きだして倒れていた。
ヒィ!
バリヤと椅子の少年も、脱兎のように逃げていく。
歯科の少年は、しかし黄色い声だ叫んだまま、立ち竦んでいた。
細身のズボンが、濡れていく。
「自分が死ぬとは思っていなかったか…」
大男は、黒い剣を少年の首に、ピタリ、と当てた。
大男は歯科の少年を睨む。
少年は、
「ご、ごめんなさい…!」
と鳴き声を上げてしゃがみこんでいた、が男は、ふと足元を見た。
誠が、切断された少年の腕の接合に入っていた。
3か月、吉岡先生のレッスンを受け、誠の接合術は見事な上達を見せていた。
1分とかからず、男に切断された腕は繋がっていた。
「何をしている…」
大男は、静かに聞いた。
「治療です。
あなたも実害は無かったんでしょう?
そのぐらいにして置いたら、どうですか?」
歯科の少年は、誠を援軍と見て、
「ごめんなさい、ごめんなさい、反省してます!」
と鳴きながら叫んでいた。
「君は、変わった奴だな」
男の顔から殺気が消えていた。
誠は太一少年にも屈み込み、
「出血はどうにもできませんが、傷は塞げそうです。
なんとか、それで手打ちに出来ませんか?」
「手打ち?
君は、彼らの仲間なのか?」
「そういう趣味はありません。
ただ、死者が出たら騒ぎが大きくなる。
僕も新宿に用がって来ているんです。
あなたは?」
誠が男を見上げると、男は爽やかに笑った。
「ああ。
ちょっとABCマートで買い物をするんだった」




