60 1ミリ
キリュウが予備動作もなく、トンと地上3メ-トルに跳び上がった。
噛みつきか、或いはもう一つの必殺技、炎のダンスか!
焦りながら川上は考えるが…!
どうもコマンド入力の音を聞く限り、複雑な入力をしたような気がした。
だとしたら炎のダンスだ。
問題は、川上が炎のダンスがどういう技かを知らない事だった。
イメージとしては、レディさんの分銅の爆発ような大破壊技を考えるが、しかし。
これは格ゲーなはずだ。
現に俺は、ゲームの世界に入り込んでしまっている。
つまり、複数人にダメージを与える技など意味が無い、はずだ…。
ベーシックな格ゲーの技で考えるなら、飛び道具的な技とか、火炎を吐くとかそんなものではないか?
一対一で有利に働くロングスパンの攻撃。
キリュウというキャラの戦いのバリエーションと考えるならば、大きなダメージを与える接近技の噛みつき、があるのならば、距離を取って放つタイプの技はゲームバランス上、一つは必要な気がする。
ただし、ドーンファンタジーはヘックス画のゲーム。
川上が知っているような格闘ゲームとは、やや思想が違ってもおかしくはない。
黎明期ならではの実験や、後世には残らなかったアイディアがあってもおかしくはない。
第一、今年30のオタク男が、わざわざ思い入れのある自分世代のゲームを離れて、己の武器に選んだのだ。
そこには、何かの意味が存在するような気がした。
避けなければならない!
川上は、急いで左右に視線を走らせた。
背後は鋼鉄製の扉であり、逃れようがない。
左右は…。
右は、扉があり、そこから数メートル奥に座席があった。
左は、1メートル先は、熊のような大男が革ジャンを着て、サングラスをかけ、試合を観戦している。
スペースがあるのは右だった。
が、なぜか川上の本能は左に走り、キリュウの側面を接近するコースを取っていた。
川上の予測通りロングレンジの攻撃なのであれば、横に逃げるより接近した方が相手の意表を突けるのではないか、と瞬間、考えたのだ。
キリュウは、空中でクルクルと回り始めた。
やはり炎のダンスだ!
もし予想通りに遠距離攻撃なのだとしたら、回転しているのはどういう意味だ?
乱打撃ちをするような技という事だろうか?
川上はキリュウの背後に逃げる事を考えていたのだが、もし弾を四方にばらまくような技なら背後を取る意味が無い。
そして。
キリュウに近づいてみると、3メートルという高さ、それほどに届かない高さではなかった。
バスケットボールのゴール程度の高さだ。
蹴りならば、届くんじゃないのか…?
瞬間、躊躇した川上だが、心を決めた。
逃げ回るだけでは勝てないのだ。
とにかく一度、キリュウを倒す必要があった。
川上は鋼鉄の床を蹴り、跳び上がった。
そうか!
俺もゲームの中にいる訳だ!
川上は、自分がさっき、キリュウの噛みつき攻撃を避けられた奇跡を思い出した。
俺の動きも、現実の運動能力とは違っているのだ。
これは、公平なゲームの中だからこそだった。
川上は、キリュウの足元から飛び跳ねて、垂直にキリュウの顎に、スニーカーの爪先を食い込ませた。
キリュウの顎から、火が噴き出した。
キリュウが、何故か爆発したのだ。
燃えながら床に落ち、さらに盛大に炎を吹き上げた。
演出か?
それとも勝ったのか?
川上は、急いでキリュウの上のゲージを見上げた。
凄い勢いで、少なくなっていた。
やった、と思うが、同時に嫌な予感もする。
格ゲーは、最後に1ミリ、ゲージが残って、そこから逆転、等という現実の戦いでは考えらないことが起こる場所だ!
川上は息を呑んでゲージを見つめた。
ゲージが止まった。
やっぱり!
ゲージは、ほんの1ミリ、赤い帯が残っている。
ゆらり、とキリュウは立ち上がった。
リアルにこの姿を見ると、まるでホラ-映画のゾンビのようだ。
ヤバい、オタク男もこのゲージでは本気を出すだろう。
とにかく、川上には必殺技などないし、現実空間よりは俊敏に動けるとはいえ、キリュウの優位は変わらない。
さっきの爆発の意味は解らないが、おそらくゲームの設定的な事なのだろう。
問題は、やはりオタク男が、誰もが知ってる格ゲーではなく黎明期のドーンファンタジーをあえて選んだ真意だった。
たぶん理由はあるハズだ。
噛みつきが、エグいからか?
しかし、その割に多用しない…。
今まで見た限りでは、メジャーなゲームよりキリュウが優れている点として思えるのは、噛みつきの4メートルという射程と2メートルという攻撃範囲の無茶苦茶な広さだった。
しかし謎解きをしている場合ではなかった。
1発。
1発、攻撃が入れば、川上は勝てるはずなのだ。
ここはともかく、迅速に攻撃を入れるときだった。
小パンチでも何でも、とにかくダメージを入れさえしたら、勝てるのだ。
川上はキリュウに突進した。
キリュウは、意表をついてか川上と正面衝突するように走った、と思うと横に飛び、さっきの革ジャン親父の脇に飛び込んだ。
なんだ?
思う間もなく、キリュウは親父の胸に腕を突っ込む。
ブスリ、とキリュウの腕が革ジャンの中に入ってしまう。
そして…。
これがレトロゲームの理由だったのか…!
レトロゲームには、裏技や隠しアイテム、知っていなければ得が出来ない、反則技が存在している!
マリオの隠しルートとか、秘密の部屋などだ。
キリュウが親父の胸から取り出したのは、リボルバー式の拳銃だった。




