57ゲーム
攻めて見せるしかないのか…?
川上は呻いた。
相手は5頭身のゲームキャラで、大パンチの射程は2メートルもあるのだ。
だいたいが影でできたキャラに、人間の攻撃が通用するものだろうか。
しなさそうな気しかしないが、しかし反撃しなければ、敵は必殺技を使って川上を殺しに来るだろう。
なんと言ったか、噛みつき…、と、たしか炎のダンス、あとは2回しか成功していない奴だ。
だが、炎のダンスと言うのは、かなりヤバい気がする。
その炎が現実の火炎であるならば、生身で受けてただで済む訳がない。
キリュウは、盛んにローキックの空打ちをし、身を屈ませる。
普通のローキックで、それほど身を沈ませることは無いのだが、キリュウは屈む、動作と共に、低い蹴りを放つ仕様のようだ。
ローキックというよりは下段キックなのかもしれないが、オタク男は確かにローキックと言っていた。
格闘技の知識はあまり無いのかもしれない。
キリュウは、生きた人間と違って、同じ高さ、同じ距離のローキックを続けている。
セオリーから言えば、相手が攻撃をして来た攻撃終わりを狙ってカウンターで攻撃するのが相手を崩す最も良いタイミングと思えるが、このキリュウは、崩れる姿などは絵として存在してしない。
ローキックの終わりは、またいつものガードポーズになってしまう。
だがオタク男が必殺技を使い始めてしまったら、ちょっと川上の技量では避け切れるとは思えなかった。
それを考えれば、戦う意思表示は早く示した方が良い。
強引に闘技場に立たされた奴隷のような絶望感が、川上を襲う。
だが、今の川上には、なるべくたくさんの時間を使う、以外に何の方策も無かった。
川上は、どうにか攻撃が入れられないか、とキリュウを探った。
影、そのものと殴り合う事になるとは、さすがに川上も想定した事はなかった。
影と言うのは、川上が習った教科書によれば、その影の創造者のイメージの通りに、鋼鉄にも、気体にも液体にもなるものらしい。
キリュウが鋼鉄でなければいいのだが…、と川上は祈った。
キリュウが、またローキックを放った。
その直前、カツッ、と、ボタンと方向キーを同時に押す音がしていた。
川上は、大きく踏み込んで、屈んだ状態のキリュウの巨大な、着ぐるみの頭ほどもある頭に膝を叩き込んだ。
膝を入れて、即座に川上は斜め後ろに飛び去る。
蹴った感触は、何とも異質なものだった。
ぐにゃり、と油粘土の塊を蹴ったような感じだ。
が、キリュウは、何事もなかったように、防御のポーズに戻った。
ん、と川上は我が目を疑った。
キリュウの頭の上にゲージが浮かび、少し、減少した。
格ゲーそのままのダメージ表示だ…。
川上の攻撃は、一応、キリュウに通った。
だが、あのダメージゲージを見る限り、あの程度の攻撃を十発近くヒットしなければキリュウは倒せなさそうだ。
と、キリュウが新しい動きを見せた。
小パンチを連続して打ちながら、前進し始めたのだ。
ボクシングのジャブ打ちのつもりだろうか…。
ち、と川上は慌てて横に逃げる。
とキリュウは、瞬間屈み、川上に向けて、スライディングキックを放った。
川上の脛に蹴りが突き刺さった。
檄痛が走る、かと思ったが、不思議に、触れられた、と思う以上の痛みは無い。
ただ…。
川上の頭上にゲージが現れ、すっとゲージが欠けていく。
これが0になったら、どうなるんだ…?
川上は想像し、うすら寒くなった。
「なかなか良いじゃないか!
どうだい、楽しいだろ!」
冗談ではない!
楽しいのはお前だけだ、と川上は心の中で毒ついたが、今は相手を喜ばす以外に取れる作戦は無い。
前と同じだ。
川上は思った。
攻撃終わりを狙って、ダメージを重ねるのだ。
こんなところで死ぬわけにはいかなかった。
川上は、影繰りの父親と、スキー場で知り合ったという一般人の母親の間に生まれた。
今でも母さんは、川上が学校で何をしているのか、を知らない。
表面上は川上は一般的な家庭の子供のように、しかし現実には子供の頃から影繰りになるべく、厳しい修練を受けて育った。
桜庭学園のクラスメイトでも、川上のように真剣に影繰りを目指している奴らばかりではない。
特に授業以外では、国家公務員の家庭らしい、普通よりは裕福な環境でのんびり甘やかされて育っている連中もかなりいた。
確かに、努力だけで影繰りになれるわけでは無いのだ。
大学卒業まで影に目覚めず、一般企業に就職する人間も7、8割はいる。
諦めて転校する者も少なくない。
だが父親は、常に厳しく川上を仕込んでおり、川上は今まで、夏休みや冬休みでも学校に通って訓練を続けていた。
それは、まさに灰色の生活と言って良い。
レディやカブトの春川兄弟のように、小学校高学年や中学で影に目覚めるような人間は、殆どいないのだ。
川上の鍛錬が、例えばスポーツ親子などであったなら、それなりにスポーツ観戦や、大会出場など目標や楽しみも見つかるだろう。
だが影繰りになる、などと言うのは、その血統の者であっても、雲をつかむような話であり、どう訓練すれば達成できるのか、などという方程式もまるで無かった。
ただ毎日毎日、川上は無意味かもしれない訓練を続けるだけだ。
いつ終わるとも知れない、その鍛錬の日々は、川上には、自らを苛む父親のネグレクトのように感じられていた。
だが…。
小田切誠が、それを終わらせてくれたのだ。
もう、意味不明の鍛錬は必要ない。
自分の力に応じて、聴力なら聴力を鍛えさえすれば良い。
影繰りのクラスからも卒業し、一般クラスに転入できるのだ。
だから、こんなところで死ぬわけにはいかなかった。
普通の恋もし、楽しい事もたっぷりと味わわなければ帳尻が合わないではないか!
それがなんだ、このゲームキャラとの対決、なんて無理ゲーは!
だいたいが、こんな事を思いつく奴と言うのも、相当にイカれている。
格ゲーしか知らないのか?
男は、楽しい、とは言っていたが、本当にそうかどうかも判らない無表情さで、川上を見ていた。
カチ、男の指は動く。
小パンチをキリュウは打つ。
カチ、指が動いて、大パンチを撃つ。
キリュウを倒すより、この男を倒した方が速そうだが…。
ふと川上は思ったが…。
だが、そうすると川上は、キリュウに背を向けるようにならざるを得なかった。
人間ならば、一撃で意識を持っていくぐらいは出来るか…。
川上が殺意を高めた時、
「残念ながら、君は今、僕の影の中にいるんだよ、少年。
君はキリュウに勝つ以外、このゲームから抜けることは出来ない」
フフ、と初めて男は頬を緩ませた。
「もう既に君は、ゲームの中にいるのさ」
不意に川上は、とても現実の大江戸線に似ているが、明らかにゲーム内の地下鉄内戦闘フィールドに自分が立っている事を自覚した。




