50戦意
レディは、左右の分銅で、連続して伸介を狙った。
大江戸線は、東京を走る地下鉄のうち最小の車両である。
中吊り広告は半分に折られており、両側の座席に人が座ると、つり革を持つのも気苦労するような幅だ。
今、車両には目の悪いらしい老人が一人、奥の座席に腰掛けているだけだったが、さすがに火の海にするのは憚られる。
基本、列車内はレディには戦い易い場所ではなかった。
レディとキャスケット帽の少年伸介が戦っているのは、大江戸線最後尾の車両、前から2番目の扉の前だ。
扉の前は、全ての列車がそうであるように、扉2枚分プラスアルファの空間が大きく広がっていた。
少年の足元、膝の皿を狙い、分銅が鋭く走る。
分銅の速さは180キロ、人間が視認できる限界を超えた速度で伸介に突き刺さった。
が…。
伸介は、突っ立ったままカードを手から取り出した。
すると、列車のビニールシートの床を破って、岩石が飛び出し、レディの分銅を受け止めた。
だが、そのくらいはレディも驚かなかった。
この影が相当に強いのは、既に判っている。
全ての攻撃に、影が全自動で対応するものらしい…。
もう1本の分銅が、真横から少年の腰に突き刺さる。
少年は、ぴょん、と前に移動した。
ぬ…。
レディは呻いた。
そこは一瞬前まで、確かにレディの分銅を防いだ岩石があったはずの場所である。
言ってみれば自分で塞いだはずの場所だ。
だが、何の躊躇もなく少年は前に出た。
岩も一瞬で消え去った。
タイミングは瞬きするほども無いはずだった。
「それで攻撃は終わりかな?
それなら僕が…」
少年は涼しげに言うが。
「まだだ!」
レディは叫び、背中から分銅を出現させた。
「ははは、そのチェーンの攻撃では僕を倒せない、って、まだ判らないのかな?」
レディは少年の言葉に、ピューゥ、と口笛を吹く。
「へぇ、お前は何で俺がチェーンを出したって、判るんだ?」
え、と伸介は瞬間、戸惑う。
が、ピラリ、と手からタロットカードをめくって見せた。
「もー、その玩具は見破っているんだよ。
お前は常に、目視で俺の動きを理解していただけなんだ。
つまり、こういう事だ!」
レディは最大火力を車内に爆裂させた。
「ぐぁ!」
伸介は叫ぶが、同時に姿を消した。
車内に炎の跡は見られない。
そして、ぐらり、と奥の席に座っていた老人が、倒れた。
老人、と思われていたものは、キャスケット帽の少年に変わっていく。
「いつもお前は、自分の幻影を人に見せて、そのアバターを介して生活していたわけだ」
レディは倒れた伸介の前に立つ。
「な…、何でそこまで判るんだ…!」
伸介は驚愕していた。
伸介が影に目覚めたのは3年前、その時伸介は中2であり、小柄な彼は同級生から酷い暴力を日常的に受けていた。
元々は小学生から仲が良かったはずの友人だった。
彼等の仲が、それほど歪に捩れてしまっている事を、伸介の家庭も、友人の家庭も、周囲の仲間も感知できなかった。
そんな伸介が、今日こそ殺されるか、と思う暴力を、加害者の家の室内で受けていたとき、突然、アバターは生まれた。
アバターは全ての攻撃を避け、伸介は壁になって全てを見ていた。
アバターは、同級生を逆に脅し、心をへし折った。
最初は、常にアバターを出している訳ではなかったが、アバターは何事も伸介より上手にこなすことができ、伸介もゲームのようにアバターを操ると、とても冷静に他人と関われる事に驚いた。
伸介の能力がタロットカードになったのは、他人が、簡単に伸介の占いを信じたのを見てからだった。
テレパシーがある、などと言うとちょっと引かれるが、タロットで占う、と言えば、誰でも容易く、面白半分に伸介の話を聞き、そして当たると驚きと共にあっさり信者になった。
伸介は、とても都合のいいアイテムを発見したのだ。
本当の伸介の能力は、アバターの操作と、そして真の自分の隠蔽だった。
レディは、奥の老人に向けて火炎を放ったのだ。
「あまりにもな…。
動揺ってもんが、お前には欠けてたんだよ。
命を張ってない、そーゆー空気は、俺ぐらい戦い慣れれば、判るんだ」
言ってから、レディは伸介の側頭部に分銅を、ゴンとぶつけた。




