485人の敵
地下鉄は地響きを立ててトンネル内を疾走している。
六本木は無事に通過したのだが、先の青山一丁目で、またレディの振り子が揺れ始めた。
「んー、4、5人いるみたいだな」
レディは事も無げに教えた。
「ちょっと多いですね…」
誠は緊張した声を出すが、カブトは
「まー一人一殺って事でしょ」
と明るく言った。
「いや、川上君にまだ戦いは無理だよ」
誠は真面目に答えるが、レディは秘策を授ける、と言って顔を近づけ、
「とにかく逃げ回るんだ。
終わった人間がお前の助けに入るから、それまで頑張れ!」
秘策でも何でもなかった。
誠が、そう言おうと思った瞬間、最後部の車両の接続扉がガラリと開いた。
「ほーう、伸介の感知はさすがだな、影繰りが5人もいるとは」
言って入ってきたのは、ゴーグルに似た眼鏡をかけたロン毛の男と、その後ろに190に近い身長の、ラクビー選手のように筋肉の発達した男、誠たちと変わらない小柄な、キャスケット帽子をかぶったコートの少年、ラフな格好はしているが普段はサラリーマンであろう感じのこざっぱりとした風体の格闘技のジャンパーを着た中背の男、そして同じく190近い背はあるが、だぶついた脂肪を体に蓄えた、オタク風の下膨れの男の五人だった。
任せてよ、とキャスケット帽をかぶった少年が右手に、パラ、とカードを出した。
「タロット占いか…」
レディが呟く。
「占いなんですか?」
誠の問いに、
「俺のダウンジングも、まぁ占いのようなものだ。
影繰りの感知と占いが混ざると、ちょっと馬鹿にできない能力になる訳だ。
あれは俺が相手をした方がよさそうだな」
レディがキャスケット帽の少年の相手になった。
ゴーグルに似たスポーツメガネのロン毛が、いきなり地下鉄車内の床を足で蹴って、凄い音を立てた。
え、と一瞬猫だましのように驚いた時、ロン毛眼鏡は既に走り出していた。
「ま、しょうがない。
すく殺して戻るから待っててね、誠」
薄く笑い、カブトがふわりと走り出す。
「誠。
あのサラリーマンも決して油断のできない相手よ。
気を付けなさい」
美鳥は蝶を舞わせながら、190センチのスポーツマンに歩を進める。
サラリーマン風の短めの髪型の格闘技大会のジャンパーを着た男が、薄く笑いながら誠に近づいてくる。
すぐに男の背中から蛇が姿を現し始めた。
男の、格闘技を自身もやっているらしい太い腕と同じほどの、アナコンダのような大蛇だ。
「フフフ、すぐ君の影能力を出してくれよ。
一撃で終わってはつまらない」
爽やかに笑い、男はボクシング風のファイティングポーズをとる。
誠もガードを固め、微かに体を上下させると、男は、ほぅ、と感心したような声を上げ。
「随分練習を積んでいるようだ。
だが…」
男は地面を蹴って、一瞬で誠の懐に潜り込んだ。
足を踏み込むと同時に、男のパンチが誠の顎を打ち砕く。
誠の顔は、パンチボールのように変形しながら吹き飛んだ。
が、吹き跳んだ誠は、すぐに消える。
誠は男の真横に立っていた。
基本に忠実なストレートが男の顔面を捉える。
が、男は片手を微かに上げただけで、誠のパンチを受け止めた。
「うん。
いいよ。
君はなかなか筋が良い。
影の使い方も、頭がとてもいいのが見てわかる。
だがね、影を防御に使うのは、その次の攻撃で仕留められない場合は下策にもなる。
覚えておくといい」
誠の首筋に、影の大蛇が噛みついた。
「あ…」
と言った瞬間、誠の体内を猛毒が回った。
誠は激しく痙攣し、吐血しながら前のめりに倒れた。
とん、と数メートル背後に、誠は飛び去っていた。
「毒蛇だったんですか、それは凶悪だな…」
サラリーマン風の男は、目つきを鋭くした。
「君は強いな。
おそらく、死線を潜り抜けてもいるのだろう。
だが、それは僕も同じでね…」
男の背後の蛇の数が3本に増えた。
「これは決して逃れられない。
残念だよ、倒れてくれれば数日寝込むぐらいで済ませたのに…」
言うと、再び床を蹴り、肩で誠のガードを跳ねのけながら、強烈な真横からのパンチを誠の顔面に撃ち込む。
誠は半歩下がってパンチを避けながら男の胸に拳を突き出す。
男は、なお踏み込んでいった。
三本の蛇が誠を襲う。
が。
その前に誠の手は、男の動脈を指先で堰き止めていた。
瞬間、脳への血流が止まった人体は、一瞬でブラックアウトした。
ガタン、と男は膝から倒れた。
松崎颯太の力を借りて、やっと倒せた、という敵だった。
数日前の誠なら、パンチを透過で避けようとし、すぐに毒蛇に噛まれていただろう。
だが、誠は今、颯太の影に覆われている。
仮に攻撃を食らっても、颯太の影がダメージを持って行ってくれるのだ。
レディは、ミオ仕込みのボクサースタイルで、キャスケット帽の少年に近づいた。
「近接戦闘型かい?
いや、違うな…」
接近してくるレディを前にして、少年は一枚のカードを手に持った。
「戦車のカード。
君は火の使い手だ。
中間距離で強さを発揮するタイプ。
そして、かなりのプルファイターでもある。
あ、でも…」
と少年は、再び、カードを取り出した。
「愚者のカード。
トリッキーな攻撃を仕掛ける、つまり接近戦も決して苦手ではない…」
やはり、厄介な相手だな…、とレディは唸った。
レディがどんどん接近してくるのに、涼しい顔でカードを操っているところを見ると、近接戦闘をまるで恐れないらしい。
しかも、仲間が守ってくれる、という訳ではないから、それなりの勝算を持っているのだろう。
その勝算を見極めないうちに、あまり手の内を見せると、こいつはより確実性の高い分析をしだし、読みが正確になっていく。
だからボクシングスタイルで近づいているのだが、一歩、レディが踏み込めずにいるのは、彼がノーガードで分析を続けているせいだ。
なにか隠し玉を持っているのは判る。
レディのダウンジングもそう告げているが、それが何か、までは今のままでは見極められない。
攻め込まねば始まらないのだが、踏み出す前に、
「お、吊られた男、か。
フェイントの攻撃だね」
キャスケット帽の少年が笑いながら告げてくる。
本気で攻撃しないと、たちどころに見破られてしまうようだ。
だが、それで息の根を止められなければ、こいつはとんでもない精度の感知を発揮することになるだろう。
「ふふふ、どうしたんだい?
戦うんじゃなかったの。
しないなら、こっちから行くよ」
本当だ、とラピスラズリが教えていた。
ここは、受けるしかないか…。
思うが。
影の攻撃には、誠の透過や美鳥の蝶など、一撃受けたらそれで終わり、という強烈な殺人技が無数にある。
それを受け止めるためには、ダウンジングの能力を最大限にする必要があった。
八方予測…。
レディは攻撃の位置を祖即した。
左からだ。
性格予測…。
四緑木星!
木星には三碧と四緑があるのだが、この二つはとても読み違いやすい難しい方位だった。
木の攻撃は、大きく分けると、毒や味など精神作用の攻撃と、重さや直接打撃系統の攻撃に分かれる。
だが毒とは、作用させねば効果を得られぬ性質上、何らかの方法での直接打撃を伴うものが多い。
逆に木の重さや、大木が転倒する直接攻撃の三碧木星でも、木の攻撃である以上、そこに毒や精神作用が全く無い訳でもない。
だが、四緑木星なら、より毒系統の技に近い、と見て間違いはない。
だが伸介と呼ばれていたこの帽子の少年は、攻めると言った後も、レディをじっと見ながらガードをひらりとめくっていた。
カード…。
これがコイツの?
くるり、とめくられたカードには、黒異ローブを着た骸骨が描かれていた。
「死神。
ここで最強のカードが出たよ」
伸介は、キャスケット帽の下で、ニコリと笑った。
カードから、同時に不吉な黒緑色の霧が、フワリとレディを飲み込んでいった。




