47集結
「ほらユリ!
もっと足を高く伸ばすんだ。
ハイキックは、お前の長い足を生かして相手の顎先か耳を狙え。
そして距離を詰めたら正拳突きだ!」
バタフライとユリは、その日も熱心に空手の稽古をしていた。
良治はバタフライに仕込まれてそれなりに空手も知ってはいたが、訓練には参加しない。
なぜなら…。
良治の近接戦闘は、身体から自在に出せるナイフを使ったものであり、ユリに教えられるようなものではないからだ。
彼等が居住している、二階吹き抜けの倉庫は、元々は大型車のメンテナンスをするための施設だった。
おやっさんは腕は落ちていないので、今でも時折は車を入れる事もあったが、それでも充分に広いスペースが確保されていた。
おやっさんは個人事業者向けの自動車整備工であり、いまどき個人で大型車を抱えているようなトラック運転手などは殆ど姿を消してしまったので、本格的に影繰りとして仕事を始め、それを手伝う形でバタフタイや良治が転がり込んできて、今の会社になった。
基本、自転車操業であり、稼ぎがあればバタフライたちも大金を手にしたが、仕事を取れなければ無収入になる。
それでもおやっさんは良治やバタフライに三食の食事は用意した。
そういう関係で会社は成り立っていた。
兄貴とユリの空手稽古を見下ろしながら、良治は何げなくスマホをいじっていたが…。
「兄貴!
小田切誠が新宿に出てくる、って呟きが拡散してるぜ!」
「なぁ、新宿ってダサくね?」
ユリコは、埼京線の車内で、3度目に同じ話を始めた。
「あのな、ユリコ。
別にブクロで遊んだっていいんだ。
だけど言ったはずだぜ、今日は首を刈りに行くって」
小百合はクチャクチャとガムを噛みながら、せっせと説明した。
「5000万の賞金なんだよ。
そのなんたらマコトとかいう青二才を殺ったら、5000万なんだ。
宝くじより、確率高いべ?
ハマユも何か言ってくれよ、黙ってないで!」
大きな身振りで、3度目の説明を繰り返し、小百合はストレートの長い髪を掻き上げた。
男子のように、片耳だけにダイヤのピアスを入れている。
これは18で死んだ親父の遺品の2カラットのダイヤのピアスで、かーちゃんがほか弁屋とスナックをかけもちしながら百合子を育てた間にも、この子はお前に譲るから、と大切に持っていた宝物だ。
百合子は県立高校に進学したが、美術教師に尻を撫でられ、ブチ切れて教師を入院させてしまい、退学になったとき、後はこれがお前を守るよ、と手渡してくれた。
ヤンキーのユリコは金髪の短髪を男子のようにリーゼントにしていて、クソ寒い中、白Tとツナギ姿で、金属バットを手放さない。
「あたしは、小百合を信じてるよ」
ぼそ、とハマユが言う。
180の大女で、柔道とレスリング、どちらも推薦で高校に入れたのだが、運動部はつまらん、と県立に入ってきた少女だ。
実は手芸が趣味なのだが、それを笑った男子生徒はユリコにボコボコにされて登校拒否になった。
2人とは、学校では話した事もなかったが、小百合が退学になってから急速に仲良くなった。
「あの教師、2人でチンコ立たないようにしてやったよ」
ある日、コンビニのバイトを始めた百合子に、客として入ってきたヤンキーのユリコが、そう告げたのだ。
「なんだ。
あいつをどう殺そうか、考えるのが趣味だったのに」
小百合は返し、それから小百合のバイト終わりに近所のラーメン屋にたむろしたり、幽霊神社でだべったり、日々を過ごしていた。
小百合もユリコも、ハマユもかなりの美人なので、寄ってくる男もいたが、誰も彼女たちに喧嘩で敵う者はいなかった。
三人とも影繰りだったからだ。
むろん影繰りとして仕事をすれば、もっとリッチにはなれるのだろうが、別に金は欲しくなかった。
今ののんびりした暮らしが、自分たちには合ってる気がしていた。
だが、今日は別だ。
「車買っていろは坂に行くって決めたべ?」
3人で話すうち、いつしか車が欲しいな、という話になったのだ。
「な、幽霊神社で話たべ」
そこは幽霊が出るという近所では有名な神社だ。
そこでなら、3人は思うさま影が使えたので、いつもそこで3人は白アリに喰われた社に座って話していた。
北海道に炉端焼きがある、とか、何とかそんな話だ。
ユリコの父親がトラックにユリコを乗せて連れて行ってくれたのだ。
シャケを5枚も食べたという。
3人は爆笑したが、そろそろ免許も取れる年齢だし、車があれば車中泊でどこでも行けるな、と話していた。
「いろは坂に行きたい」
そう言い出したのはユリコだった。
トラックドライバーの父親が、いろは坂の難しさを語っていたのだ。
今は口も利かない親子だったが、ユリコの思い出話は、たいてい父親が関わっている。
そんな時、ハマユがスマホで賞金5000の少年が新宿にいる、という話を聞きつけ、小百合は熱っぽい、と言ってコンビニを早退した。
「まー、そーなんだけどさぁ…」
とユリコは埼京線の最後部の座席に座ってリーゼントの髪を列車の支柱に映しながら、
「新宿って、なんかションベン臭いよな」
「それなら一つ、実力行使、と行きましょうか?」
Tシャツ姿のサラリーマン、渡辺龍が、無造作に両手を広げると、そこにブヨブヨした影の巨人が現れる。
姿はハロウィーンのクッキーモンスターか何かのようなものだ。
力は強いが、動きは鈍い。
だが…。
この影で出来たモンスター、ヌーヌーには他にはない力があった。
それは、相手を地上10センチに浮かばせる能力、無重力だ。
これを使われた敵は、フワリと10センチ、浮かび上がり、空中でバランスも何も取れなくなる。
そして、これの強さは複数人に同時に使える点だった。
ハワイで買ったTシャツを着た渡部が、ビジネスズボンに光る革靴で5人のヒップホップ系の餓鬼どもを浮かび上がらせると、
「アイチ、頼むぞ」
あいよ、と渡部の後ろにいた、坊主頭に六芒星の線を引いた頭の、アスリート系のウェアに短パンの小柄な男が、言うと共に、手にしたスケボーにガラリと飛び乗った。
アイチは見る間にヒップポップ系の5人が空中でジタバタしているところに接近すると、両手でパンパンと男たちを叩いた。
「ぐぇ!」
男たちは、叫んで、血反吐を空中に浮かばせると、動かなくなった。
アイチが触った相手は、それだけで失神から死亡まで、アイチの気分次第でダメージを受けるのだ。
渡部がヌーヌーを消すと、くしゃり、と5人はアスファルトに落下し、新しい傷を作った。
道の上を、総武線が走り抜けていく。
ここは代々木。
明治神宮の西参道の入り口近くの路地、高架橋の真下だった。




