46新宿
美鳥は一瞬で激昂した。
「あんたね!
これからうちの学生になるんでしょ!」
へ、と意味が判らず、誠は目をじばたたせている。
「あのなぁ、いくら美鳥だって、学生服ではスカートなんだぞ。
まあ、俺的には、女子のパンツルックもあっていいと思うけどな」
レディが誠の肩に肘を乗せて、訳知り顔に解説した。
ああ、と誠は驚愕し、
「そういえばそうですね。
すいません」
レディはカラカラ笑い、
「まぁ、ギャップに萌えちゃうのは致し方無しだな。
冷徹にして無表情、鉄の女、川瀬美鳥のスカート姿じゃなぁ。
なんだ、美鳥、葬式かなんかか?」
「馬鹿ね、そんな訳ないでしょ。
偵察業務よ。
いくら缶詰になっていると言っても、そのままでいい訳がないでしょ。
探査チームは、少しづつ安全地域を歩いて確定させているのよ」
「おお。
俺たちも、同じことを考えていた訳だよ」
レディは平然と語り、
「じゃあ、途中まで一緒な訳だな」
と鷹揚に笑った。
が、ぎろり、と美鳥はレディを睨み、
「そうもいかないわね。
あんたたちは愉快な冒険旅行のつもりかもしれないけど、せっかくここまで来たんなら働いてもらおうじゃないの。
六本木で降りて、周辺斥候をするわよ」
「いいよ、しても」
レディは微笑みを浮かべて、
「しかし、誠は何しろ賞金首だ。
俺は誠の変装を提案させてもらおう」
「変装!」
美鳥は毛虫でも見せられたように侮蔑の混じった驚きを滲ませ、
「仮装の間違いでしょ?」
まぁ、普段のレディは男の娘なので、受け止め方次第では、そうとも言うかもしれない。
が、レディは涼しい顔で、
「俺は変装だと思うよ。
何しろ女便所に入ってもなんにも言われないからね」
「とんだ変態よね。
それで男性好きならともかく、そうじゃないって言うんだから、ただの窃視よね」
アッハッハッハ、とレディは高らかに笑い、
「心配するな。
実際に使ってみれば女便所など、汚い以外に何の形容詞も湧かない場所だ」
「まぁ、別にあんたがどんな趣味でも関係ないわ。
使えることは使える。
だから、まぁ、言い分を聞こうじゃないの。
何を目論んでるの」
顎を突き出して美鳥は尊大に聞いた。
「俺の行きつけの店で、衣装を揃える」
美鳥は、大仰に眉を八文字にして考えたが、誠を見て、
「まぁ、この体なら、誤魔化せるかもしれないわね」
美鳥に真正面から言われるのは、誠にとってはかなりショックだった。
「そんな訳で新宿まで行く。
いいだろ?」
美鳥は、不意に薄く笑った。
「そうね。
女の目があった方が、そう言うことは上手く行くかもしれないわね」
言っているうちに、列車は六本木の駅に到着しようとしていた。
「ちょっと、何で追跡を止めんだよ、竜吉!」
ピッピは、ヤマアラシのように髪の毛をバランバランと揺らしながら怒っていた。
小柄な高校生、竜吉は薄く笑って、黒縁の眼鏡をずい、と押し上げた。
「ハッキング!
それも僕の能力の一つ、忘れたのピッピ。
奴らは、
特に小田切誠やレディ以外の二人は定期券は持っていない。
幾らの切符を買ったかで、行動範囲はおよそ掴める」
フフフ、と小柄ゆえのあどけない顔に自信を漂わせ、竜吉はキーボードを素早く連打し、数秒、ふん、と顔を上げた。
「代々木、新宿、西新宿、都庁前、このどこかで彼らは降りるよ、ピッピ。
だったらタクシーで先回りして…」
竜吉は更に素早くキーボードを連打した。
「小田切誠の情報を呟いちゃおう!」
ちょっ! と、ピッピは叫んだ!
「なんで拡散しちゃうのよ!
5000万をどうしてくれるの!」
アハハ、と竜吉は、タワマンの屋上で笑った。
「馬鹿だなぁ、彼らは内調のエリートだよ。
僕ら二人だけじゃ、きっと奴らには敵わない。
僕の情報によると…」
と竜吉はPC画面をピッピに見せた。
「あの二人は、マッドドクターや世界的な影繰りをガチに倒した腕前だ。
でもピッピ。
東京には589人の影繰りがいる。
埼玉や神奈川を合わせると…」
ピ、とPCに3712と数字が浮かんだ。
「こいつらを新宿に結集させたら何が起こる?」
んー、と頭脳労働は苦手なようなピッピは、親指と人差し指で顎を擦って、
「いっぱい、バトルが起こるだろうね」
きゃっ、と竜吉は、輝くように笑った。
「そうさ!
バトルロワイヤルが起こるのさ!
そうすれば、どんな影繰りでも疲弊していく。
一人や二人と戦うんじゃないんだからね!
そしてピッピ、君にはこの僕、竜吉とその影、ノートPCが付いているんだ。
最後に小田切誠の首を駆るのが、僕らになるのさ!」
「おおーっ、凄いぞ竜吉!」
感動し、ピッピは竜吉をきゅう、と抱きしめた。
あわわ、と竜吉は顔を真っ赤にし、
「ピ、ピッピ!」
と叫ぶが、ピッピは、
「大好きだよ竜吉。
僕のバイクの後部座席に乗れるのは、君、一人だからな!」
言われると、小柄な竜吉は、ふわり、と急に体を弛緩させ、
「うん、ピッピ。
僕らは最強のワンペアだ。
大好きだよ…」
ピッピの耳元で囁き、ピッピの顔も真っ赤になった。
霧峰静香は近所のセブンで、予約した券を受け取った。
国際的ピアニスト、辻井伸行のリサイタルだ。
小田切君が、辻井伸行が好きだと言っていた。
その言葉に、霧峰静香は衝撃を受けた。
まさかクラスに、クラシックの、しかも辻井伸行のファンがいるとは思っていなかったのだ。
その日から静香は、小田切誠を意識していた。
彼は目立たなく見せているが、とても繊細で、しかも時折、とても驚くほどの逞しさを持った男の子だった。
空手の有段者という事を常々自慢している横山君が小田切誠に拳を放っていても、パチンと片手で受け止めてしまう。
横山君が、奴は相当に強いな、と男友達に話しているのを静香は聞いた。
同級の不良の松崎颯太が猟奇殺人鬼に殺されたとき、唯一涙を見せたのは小田切誠であり、しかもあんな誰もが蔑む不良を、誠が深く哀しんでいるのを知ると、静香はいつか、心から誠を慰めていた。
券は2枚、買ってある。
静香はスマホを握りしめていた。
ピアニストのリサイタルは、今日なのだ。
場所は新宿オペラシティ。
18時からの、開演だった。




