40若返り
「体だと…。
あんた、マッドドクターはそれをくれた、って言うのかい?」
アクトレスは掠れた声で聴いた。
人間の体が欲しい、とはかなり猟奇な要求だ。
人道的にとても許されることでもない。
が、人体実験を遊びのように考えていたマッドドクターならば、それぐらいは造作もない、と受け入れたのかもしれなかった。
「そうだが。
俺はずっとマッドドクターの体の中で休んでいたが。
だが、今のあれは駄目だぎゃ。
気持ち悪くて入ってられないが!」
自分の体を与えたというのか!
逆に誠たちは、驚いた。
ホムンクルスの言葉に、レディが喰いついた。
「それは、若返っているからか?」
レディの喉が、ゴクリ、と音を立てて唾を飲む。
「そうだが。
なんでだか知らないが、体の中が煩くてゆっくりできないんだぎゃ!」
やっぱり若返っているのか…。
レディは震えるように、ホムンクルスの言葉を噛みしめるが。
「おい、どうしてお前らが、それを知っているんだ?」
永田が驚いた声を出した。
しまった、とレディは顔に狼狽を現すが、
「吉岡先生が教えてくれたんだよ…」
とだけ言って誤魔化した。
「あの爺が若返っているのかい?」
どうやらアクトレスも知らなかったらしい。
永田はケホンと咳をして。
「あー、この話は、これ以上広めないように。
極秘の話だ。
我々がマッドドクターを外部に移せないのは、本当は若返ってしまっているためだ。
何が起こっているのやら誰にも判らない。
本来なら筑波や国立の研究機関に委ねればいいんだろうが、上でも判断を決めかねている。
なにしろ、影繰りの体の事だからな。
普通の医師に理解できる範囲じゃないので、正直、吉岡先生が日本一の権威、と言っても良い。
だから本来はただの諜報機関のこの施設が、今現在は第一級の研究施設な訳だ。
不幸にも、ありとあらゆる医学設備が、影の研究のためもあり、ここには集まってしまっているんでな。
いまは24時間体制で経過を見守っているところだ」
「それですが、相手がマッドドクターである以上、そのまま若返り続ける、と考えるのは無理があるのでは?
多分適齢で目を覚まし、暴れる可能性が高いのではないですか!」
心に思っていたことを、誠も語ってしまった。
「大丈夫だ。
なぜなら彼は完璧な密室に封じられているからだ。
牢に等しい堅牢な個室で、バイタルも身辺の世話も介護ロボットが行っている。
彼が目を覚ましたとしても何も出来はしない」
「なにか脳の手術でそうなっているんじゃないのか?」
レディもつい本音を言った。
「いやぁ、詳しい事は吉岡先生に聞いて欲しいが、マッドドクターの脳は一度、死んだ、といって良いほど誠に粉砕されている。
だが、不思議にも今は再生しているんだよ。
俺の個人的な意見では、外科手術に可能な領域ではない、と思うな。
脳と言うのは雲丹じゃ無いんだからな」
言って、永田は煙草を深々と吸い込んだ。
そう言う影能力なのか?
だとしたら、一体誰の影能力なんだ…?
誠は呻くように思った。
「影能力だとするならば、そういう敵がいるって事でしょうか?」
箱の女や空を飛ぶドックファイト男の他に、任意に人を若返らせる影繰りまでいる、という事だろうか?
「それも、ちょっと考えにくいんだよな。
誠が捕まえた男は、マッドドクターを殺そうとしていたらしいしな。
放って置けば胎児まで戻って死ぬ、というならリスクを冒して殺しに来る必要は無い訳だ」
「でも、あの爺さんの若さは、ちょっと秘密があるようだったよな」
レディは食い下がった。
「いや、影繰りって言うのは寿命は長いものなんだよ。
老人なら百は生きるんじゃないか?
ただ、戦いで死んじまう奴が多いから目立たないだけなんだ」
とアクトレスは語った。
「あの蜘蛛女なってのは50の婆だよ」
誠は蜘蛛女を思い出した。
ミオに半殺しになっていたが、飛行船が着水したために一命をとりとめていた。
凄く美しい、という訳ではなかったが、20代に見えた。
がレディも影繰りが若く見られるぐらいは知っていた。
そうではない、レディは成長を止めたいのだ。
「だが影繰りも時間を逆行はしない。
影繰りがいるのか?」
レディは唸り、
「永田さん、俺たちだって、いつまでもここに籠城って訳じゃないんだろ。
奴らを攻めようぜ」
「川越ナンバーなのは判っている。
車庫証明は偽物だったが、そんなに明後日の場所に居るのは逆に怪しまれる。
今、場所を特定して足取りを調べているところだ。
もうちょっと待ってくれ」
じり、と永田は吸いさしのタバコを灰皿で潰した。




