36陰謀
翌朝、朝の八時には、誠はきっちりとストレッチをしたのちにランニングを始めた。
若返っているマッドドクターが、例えば20代の年齢で目を覚ましたとしたらどうなるのだろうか。
彼はその時代、バリバリに実戦で戦う軍医だったはずだ。
若返るのが影能力だとしたら、逆に赤ん坊まで遡って消えていく、とは考えずらいのではないか、と誠は考えた。
目的が判らない。
影繰りは本来、自分の能力を見られることを嫌うもので、どのように強力な影繰りでも研究されたら隙は必ず見つかる。
三ヶ月以上観測され続ける影能力、と言うのは普通では考えにくい。
今の現象がマッドドクターの影では無いのは既に判明していることなので、謎の第三者の影だとすると、やがて時間と共に起動する爆弾のようにドクターは蘇り、本部の内側から破壊を始めるのではないか。
その現状の確認のためにあの2人の影繰りが昨晩、襲撃したんじゃないのか。
今のマッドドクターがどのような状況にあるのか、それを確認するのが目的だったから、館内の防犯カメラ映像が入手された時点で作戦は成功だったが、誠たちに見つかったので作戦目的の攪乱のため一戦交えた、という事では無いのだろうか。
むろん吉岡先生の尋問内容とは齟齬があるが、あれはおそらくベット内で語られるたわいもない世間話だ。
全てが本当とは限らないし、影の世界では、本当の事を言わないように催眠なり薬物なりで操作しているかもしれない。
本当にドクターを殺そうと思うなら、12月には東京に原子爆弾を落とそうとした彼等ならば、本部を爆破するなり、影繰り2人だけでなく、数組の実働部隊に同時に何カ所かの入り口を襲わせれば、影繰り2人は難なくドクターを仕留められたはずだ。
そう考えると、なぜあの襲撃が誠達3人で防げたのか、説明がつく。
後で吉岡先生に話してみよう、と思いながら誠はランニングを終え、汗をかいたスポーツウェアを洗濯機に放り込んだ。
飲料を買い、飲みながらランドリーで洗濯が終わるのを待っていると、レディがするり、と誠の隣に腰を下ろした。
「よう誠、相変わらず真面目君だな」
「ミオさんがいれば、レディさんだって手を抜けないんじゃないんですか?」
「今は良いんだ。
カブトの様子を見ながら、出来るだけ奴の近くにいてやりたいんだから。
その意味では遊ぶのも仕事な訳さ」
「じゃあカブトたちも来てるんですか?」
誠は周囲を見回すがそれらしき姿は無い。
大体がカブトは相当賑やかなので、この階に居れば、判るはずだ。
「いや、今は奴は眠っている。
昨日、3時過ぎまで遊んでいたからな」
誠にはそんなに遊ぶ意味が全く判らなかったが、まぁカブトが精神的に安定していれば、それが一番なのは理解できた。
「ん、じゃあレディさんは何をしに?」
そこはランドリーとシャワーのある区画だ。
トレーニングルームの一角にあり、シャワーを浴びたり洗濯をしたり、または自販機があるので一休みしたり、そう言う目的の場所であり、ジーンズ姿のレディは場にそぐわない。
「誠、あの若返るマッドドクターをどう思う?」
レディは身を乗り出して、声を潜めた。
「そうですね。
誰か別人の影能力なんでしょうけど…」
「そうだろうか?」
「え、どういうことですか、レディさん?」
「あのマッドドクターは、そもそも去年に会った時から、異様に若すぎたんじゃないのか、って感じないか?
朝鮮戦争って1950年の事だぞ。
それに従軍しているって事は90近い老人だ。
今、冷静に考えてみると、奴はあの当時から、最長だとしても、せいぜい50にしか見えなかった」
誠も考えてみると、確かにドクターは白髪ではあったが、誠の祖母より年上とは、確かに思えない節はあった。
「つまり、あれですか?
ドクターの事だから、脳をいじったりして年齢は操作していた。
だが今、前後不覚の状況で、そのコントロールを失っている、と?」
「ああ。
可能性は低くないだろう」
確かに、最後に誠と戦った時、ドクターは自ら脳の操作をし、自分の戦闘能力も上げていた。
その一環で、若くする技術も持っていた、という可能性は無いでもない。
「いや、しかし健康に動ける、という事と、若返る、と言うのは意味が違いますよ?
青年になる、って言うのは、もう化学じゃなくて魔法です」
「まぁ、それはここで話していたって水掛け論だろ?
だから、ちょっと見に行ってみないか?」
誠は言葉を失った。
レディは、誠に医療棟まで落ちろ、と言っているのだ。




