32突入
美鳥たちは、三田のマンションに襲撃をかけた。
と言っても警察的な権限は内調にはない。
ただ、影繰りにそもそも捜査令状は必要なかった。
影を纏った美鳥たち影繰りが先行し、捜査官を敷地に招き入れていく。
2台の車から、パラリと一瞬で18人が飛び出していく。
2人は車に待機しつつ、音を気づかれないようガソリンエンジンのみを停止した。
作業は迅速に、一糸乱れぬ連携を取りながら、マンション居住者に気づかれることなく4人は敷地に散り、511号室に向かい14人が建物に入っていく。
美鳥の蝶が、管理室内の外部ドア開閉ボタンを押して、まず7人の影繰りが影を纏ってマンション内に侵入すると、井口のカラスは5階に飛ぶ。
そのうちに蝶は防犯カメラを薄暗く覆って、玄関外に残る1人を除いた13人の捜査班が素早くマンション階段を上った。
夜更けのマンションで階段を利用する者は、あまりいない。
多くの人間が居住するマンション、しかも三田の外国人の多いエリアでは、うっかり階段などを利用して隣人の変な場面に出くわす、などは誰しも避けたがるものだ。
訓練された捜査班は、皆ゴム底の靴を履いており、ほとんど足音を立てずに階段を登っていく。
一方、井口は五階に上ると、カラスを豆粒のように小さくして手紙の投函口から511号室に侵入、中にいた5人の男の位置を含めて立体地図を作り上げた。
美鳥は1階で待機している。
捜査員の一人が合鍵で居室ドアを開く。
電子キーは、鍵開け用の針などには強いが、シリアルナンバーさえ判れば予め準備できる。
当然、下見の時に美鳥がナンバーは読み取っていた。
井口の説明を受け、レディは廊下に進み、台所でインスタントラーメンを煮ていた男を分銅のチェーンを巻き付け、締め上げた。
小鍋の中で、卵を入れたインスタントラーメンが踊っていた。
アクトレスは一番奥の居間にいた三人を、ほとんど同時に気絶させていた。
後頭部を一蹴りし、ボディに一発入れ、最後の1人は張り手で壁に吹き飛ばしたのだ。
トイレに入っていた一人は、青柳という影繰りが向かっていた。
彼は、自分の体を煙にする事が出来る。
青白い煙になってトイレの便座の上に滞ると、踏ん張る男の頸動脈を、左右から必要なだけ、圧迫する。
煙を認知もしていなかった男は、柔道3段の屈強な男ではあったが、気づかぬうちに頸動脈を締められ、一瞬で意識を飛ばした。
「青山?
大丈夫か?」
アクトレスの背後から進んでいた二人の影繰り、若林と中居は、予め室内見取り図は把握していたので、青山の部屋に入った。
青山は、すっかり熟睡していた。
「誠君、この拘束方法、面白いわね。
よく考えられているわよ」
吉岡は豊満な胸を白衣に包んでいたが、下はニットのセーターだったので、ニット部分が胸の圧力で広がり、素肌が浮いていた。
「えっと、骨格はこの前教えてもらったので、こういう事、いつか試してみようと考えていたんです!」
おそらく20代後半の美貌の吉岡の前では、誠はすぐに上がってしまう。
誠たちは、男を影の手で掴んで、直接、吉川医師の診察室に落ちていた。
あまり移動に時間をかけると、男が目を覚ます恐れがある。
拘束してあるとはいえ、あの霊長類だ。
暴れられたら面倒なことになる。
そのため、一気に落ちることにした。
吉岡は予期していたように、診察室で微笑んでいた。
「今日は君に、面白いもことを教えて上げるわね」
艶やかな唇が、にっこりと笑う。
気絶している男を椅子に座らせ、拘束ベルトを締めると、吉岡は必要以上に誠に体を押し付ける。
「よーく見てね。
誠君、自白剤って知ってるでしょ?」
「ええ。
聴いたことはあります。
麻薬とか、そういう物ですよね?」
「そう。
酔わせて判断を狂わせるとか、眠くさせて本音を吐かせるとか、向精神薬でリラックスさせて気持ちよくさせるとか、現代では色々な薬が存在するのよ。
だけど誠君。
全ての自白剤は、結局、脳内物質を分泌させる事が目的なの。
判るわね」
吉岡はほとんど香水の類はつけないので、余分に女の人の匂いが誠の鼻腔をくすぐった。
「あ、ドーパミンとか…」
「そうよ。
ドーパミン、アドレナリン、セロトニン、メラトニン、色々な脳内物質やフェロモンが人の心に働きかけているものなの」
吉岡はウインクして、
「脳を見ててね」
脳内に、何らかの神経物質が広がるようだ。
男は、意識を失ったまま、ブツブツと呻いた。
「アイリン…、お前なのか…」
吉岡は、猫が喉を鳴らすようにあゔ…、と耳元で囁いた。
「ああ…、会いたかった…。
お前の乳を吸わせておくれ…」
吉岡は、ニィ、と笑って、誠の指を男の口に突き刺した。
ヒィ、と思うが、誠に拒否権は無かった。
指を、男は凄い勢いで吸い始めた。
「…お仕事はどうなの…」
吉岡は相変わらず、喉を鳴らすような声で言う…。
「…ああ、簡単なもんだ…」
誠の指をしゃぶりながら、男は言う。
「マッドドクターを探し、生きていたら奪還する…。
もし死んでいたら…」
ああ、良いわよあなた、と吉岡は耳元で囁いた。
「…死んでいたら、遺体を完全に破壊し、報告する…。
そして電磁波爆弾の所在を調べて」
ぢゅる、と誠の指を強く吸って、
「…報告するだけさ…」
ああ、素敵よ…、と吉岡は喘ぎ、
「電話をするのかしら…」
「はは…、バカだな、ポケットの高周波発信機でモールス信号を打つんだよ…」
モールス信号!
そんな古典的な方法とは思わなかった。
確かにそれなら、誰にも感知できずにどんな長文の連絡も取れる。
発信だけで良いのなら、これほど効率的な通信手段は無いかもしれない。




