30戦い
カブトと霊長類との戦いは、長期戦になり始めていた。
カブトが自分の体の周囲に、羅針盤のように何重にも浮かせた火の玉が、霊長類の連続攻撃を爆発で防いでいく。
だが敵の攻撃の間隙をついてのカブトの爆弾攻撃も、3メートルを超える頑丈な霊長類の影の体には、大きなダメージを与えられなかった。
しかも、霊長類は巨体に似合わず素早かった。
小柄な体を生かして霊長類の裏に出よう、と目論むカブトの動きを、霊長類は即座に見抜き、喰い止めていく。
それは格闘技というよりは、極端に身長の違うバスケ選手の攻防のようにも見えた。
霊長類の手は長い。
直立して、自分の膝のお皿が触れるほどの長さだ。
その長い手足が、霊長類の攻撃を多彩なものにしていた。
ボクシング技術を利用した連打は、霊長類の手にかかると、カブトの全方位からの攻撃を可能にする。
頭上、足元、右左、そして後頭部。
胴体や金的、尾骶骨なども容赦なく狙ってくる。
影繰りの戦いに反則、等という言葉はもちろん無かった。
カブトも格闘技術は、熟練の井口を相手に出来るほどの運動神経と体の力を持っているので、巧みに交わしているものの、反則的な腕の長さは徐々にカブトのスタミナも奪っていく。
誠は、霊長類の片足を透過し、地面に落とした。
普通の人間が、思わぬところで穴にハマり、30センチも片足だけを落としたなら、骨折捻挫を含む大きな怪我を免れないだろうが、霊長類は影繰りであり、その巨大な体は影の鎧のようなものなので、そこまでのダメージはない。
が、一瞬、動きは停まった。
カブトは全ての爆弾を、その瞬間に霊長類にぶつけた。
霊長類の顔が、転げるかと思う程に弾けた。
「やったす!」
川上は言うが、カブトが、
「いや、奴の本体は影の中だ。
この手の奴の、本当にめんどくさいのはそこなんだ!」
なるほど、本当の頭部が今のように一瞬でパンチングボールのように弾ければ、人間の脳内では脳みそが体液内で大暴れをしてしまう。
カクテルシェーカーの中の氷のようにシャーカー内の金属壁に激突し、粉々に砕ける。
脳は氷のように固くない分、砕けはしないが、深刻な損傷を引き起こす。
俗にいう脳震盪である。
だが、霊長類の本物の脳みそは、おそらく霊長類の胴体の中なのだ。
だから、見たところの頭が動いても、大きな損傷にはならない。
「なら!」
誠は影の手を伸ばした。
影の体の中に腕を差し込み、大男の歯神経に触った。
口腔内は、人間の神経の中でも敏感な部分だ。
固いエナメル質の隔壁に守られていても、一粒のゴマの種を噛み潰すことも出来る。
その分、虫歯などになると想像を絶する苦痛を感じることになる。
剥き出しになった歯神経は、とてつもなく繊細なのだ。
「がぁ!」
男は一瞬で霊長類の姿を維持できなくなった。
「よっしゃあ!」
カブトが数発の爆弾を男の顔面に叩きこむと、男は昏倒した。
「やった!
やっつけちゃったよ、あの化物を!」
川上は興奮していた。
だが…。
嫌な予感がし、誠が振り向いたのと、あの烏賊男が木の枝を透過して土に飛び込むのは同時だった。
10メートル。
それは、地面の上でなら、命の危険を感じる高さではあるが、もし水面であったなら飛び込み技術を身につけたスイマーにとっては、当たり前の高さでしかない。
「しまった!」
誠が叫んだ時、男は水に飛び込むように、土中に潜り、そのままバイクにでも乗っているような速度で疾走した。
「逃げるッス!」
誠と川上、烏賊を補足できる影繰りが二人もいるのは烏賊男も判っていた。
霊長類など脇目も振らずに、一直線に湾岸道路方面に逃げていく。
「たぶん車が待っていると思う。
あの速度では追っても無駄かな…」
誠の透視では、あまりに超距離の土中は見えない。
「車に乗り込んだッス…」
川上は音で1キロ先を感知できたので、教えた。
「まー、いーじゃん!」
カブトは嬉しそうにニコニコと、
「このおっさんを永田さんに渡そうよ!」
気絶した男の腕は、誠が烏賊男と同じように、尺骨と橈骨を噛ませて後ろ手に固めていた。




