30潜航
誠は蹲った。
激しい痛みを感じていた。
途方もなく強烈なパンチを喰らったようだ。
同時に、焼けるような熱さも感じる。
恐る恐る、誠は自分の顔に手を伸ばした。
ある…。
痛む顔面には、別に破砕した頭蓋が血を吹いている訳ではなかった。
肩も、とても痛いが、出血は無かった。
12月から、誠は自分の拙い影のオーラを強化しようと、近接戦闘や体力強化に努めて来ていた。
3か月間の鍛錬でそれなりに練り上げられてきた影のオーラは、なんとか実弾を跳ね返したようだった。
痛みの感じから言って、ギリギリだったが…。
誠は、烏賊を探した。
「誠さん、ここっす!」
川上が木の上で叫んだ。
植木屋の手が入り、形よく切りそろえられた松の幹と枝の間に、川上がよじ登っていた。
烏賊が、川上の登った松の周りの土中を、グルグルと回っていた。
誠を仕留めたと考え、川上に標準を切り替えたようだった。
何故、カブトに向かわない?
一瞬、誠は戸惑った。
戦力的に言って、誠を倒したなら、次はカブトに向かえば1対2の有利な戦いを仕掛けられるはずだ。
だが、まぁ、川上が烏賊の動きを感知している、と気づいたのかもしれない、とは思う。
カブトにそれは無理だろうから、川上を先に倒せば、烏賊は無敵状態になれるかもしれない…。
または、単にすぐ仕留められそうな敵が目の前にいたから、という単細胞的な思考であったのかもしれなかった。
誠は、不意に思いついた。
芝離宮は日本庭園なので、石が幾つも置かれていた。
その一つを、タイミングを見計らって、烏賊の上に落とした。
烏賊は予想外の攻撃に、跳ねるようにして松の木から離れた。
烏賊は明らかに狼狽えていた。
効く、と見た誠は、木の枝や、石を、烏賊の進路に落とした。
その一つが、烏賊の横腹に当たった。
烏賊は、土の深みに沈んでいった。
やったのか? と一瞬は思ったが、違う…、と思い直した。
本当に痛手を負ったならば、沈むのではなく、浮上するはずだ。
影能力が消えてしまえば、土中に人間がいつまでもは居られはしない。
深く潜ったのは、戦いの一環のはずだ。
おそらく地下深くであれば、避けやすいのだろう。
感知能力は人によって違い、誠の見ている風景と、烏賊の見えている風景はたぶん全く違うのだ。
どうするか…。
誠は迷った。
烏賊が地底に隠れるのなら、誠はカブトの援護も出来る。
カブトが、霊長類の動きを封じるために誠と距離を取ってくれていたので、今、誠はカブトの支援が出来ないが、それも10メートルも接近すれば充分透過の射程に入れる。
上手く援護をすれば、カブトならすぐに霊長類を片付けてくれるだろう。
誠は一歩、足を踏み出しかけたが…。
「来るッス!」
川上が叫んだ。
烏賊が、ミサイルのように地下深くから、一気に浮上してきた。
それは誠の予測を上回る、凄い速さだった。
鳥の飛翔にも似た速度で、烏賊が誠めがけて土の中を突き進んできた。
「誠!
俺を使え!」
松崎颯太が叫んだ。
誠は、影の体を土中に走らせた。
誠の、影の体は稲妻のように烏賊に襲い掛かり、胴体に巻き付いた。
影の手が烏賊を掴む。
だが、すぐに透過される…。
それは判っていたので、颯太から、もう一本の影の手を伸ばし、男の気道に指を差し入れた。
人間を含む全ての動物は、食道と気道は同じ管が使われている。
呼吸に際し、この気道にある蓋、喉頭蓋が開けば呼吸をし、閉じれば胃に食物を流し込む。
夢中で喋って水や唾を呼吸器に入れてしまったり、風邪などで咳き込んで気道に飯粒などが入り込み、苦しい思いをしたことなどは誰にでもあるハズだ。
つまり喉頭蓋を接合すれば、その人間は喋ることも呼吸をする事も出来なくなってしまう。
烏賊は、土の中で苦しみ、人間に戻った。
永田が、生きたままの確保を望んでいたので、誠は影の手を引き上げて、木に吊るした。
二本の腕を背後に回し、透過で相手の橈骨と尺骨の間に、反対腕の橈骨を入れて固定する。
これで誠以外では、外科手術によって分離する以外、腕は使えない。
透過使いなので、もしかしたら抜け出せるかもしれなかったが、下手に透過するとただでは済まないよう、頭上10メートルの長い枝の先にぶら下げた。
「いや、さすがに違うね、誠さんは。
あんな化物を一瞬で倒すなんて…」
川上は感嘆したが、誠は、
「それよりカブトを援護しよう!」
激しい対決を今も続けるカブトの元に急いだ。




