26泳ぐ
誠は慌てて、地下に視線を走らせた。
一瞬、するり、と視界の端を、黒い影が走り抜けた!
速い!
敵は一瞬で、誠たちの側まで、地下を滑るように進んで来ていた。
まずい!
どうやら敵は、地底を泳ぐように進める影繰りらしい。
問題は、息継ぎらしき事をする素振りも無いことだ。
それだと誠の、落とす能力が、どれだけ通用するのか判らない。魚がエラで呼吸をするように、土中で息が出来るのだとしたら、落とす力の威力は半減どころではない…。
「川上君、地下の敵の位置を追える?」
誠は確かに、地下深くまで透視できる視力を持っている。
だが、それを魚のように自由に地底を疾走できる敵を補足するために使うには、常に透視し続ける必要があった。
誠は、そんな必要を今まで感じたことはなかったので、急には出来そうもなかった。
「今、目の前を横切って、右に逃げたッス!」
多分、僕を警戒しているのだろう。
向こうにしても、地下にいる自分を攻撃できるような敵に出会った経験は、殆ど無いはずだ。
だから、まずはヒット&アウェイ。
少し接近しては、安全圏と思える位置にまで逃げて、また攻める。
それを繰り返すつもりのようだ。
ん、それだと僕がここにいる、と判っている事になる…。
考え、防犯カメラを傍受していたことを思い出す。
いつから防犯カメラ映像を盗んでいたのだろうか?
松崎颯太が深夜アニメを見ているところ、とかを見られただろうか?
おそらく、昨日から見ていた、ということは無いのではないか。
ただ本部の位置を知っている以上、全ての出口に見張りを付ける、ぐらいはいているだろう。
誠が現在、内調に泊まって残っている事は既に知られているのだ。
つまり、この土中を泳ぐ影繰りは、誠と知って、戦いを挑んでいる。
いわば、対誠用の秘密兵器、と言って良いだろう。
その他の二人、カブトと川上のうち、カブトの顔は、おそらく昨年12月の事件と同じ組織と判断すれば、知っている。その技も判っている。
川上を指して、さっき通信を傍受した会話、練習生だろう、という言葉が現れたのだ。
という事は、あの巨大な男は、カブト用の影繰りなのだろうか?
疑問にも思うが、誠が今戦わなくてはいけない敵は、地中を走る影繰りだった。
誠は、可能な限り広い範囲を透視した。
すると、鮮明ではないが、敵の全体像が見えてきた。
それは、魚のような姿をした生物のようだった。
だが、誠の透視は、ピントを合わせることに難がある。
例えば、服を透かせて裸を見る、などという器用なことは出来ない。
そんな事をすれば、解剖標本のような人体が見れるだけだ。
地下鉄駅を見る、とかの場合は目標が大きいので割と楽に補足出来るのだが、この敵が相手では、望遠鏡か顕微鏡で自在に動く魚を見ようとしているように、誠の視力は、空振りを繰り返してしまう。
「こっちに来るッス!」
川上が叫ぶ。
まずい!
ついに、ヒット&アウェイの、ヒットを狙う気になったらしい。
「誰を狙っているか判る?」
「たぶん…、俺っす…」
川上の声が震える。
「避けることに集中するんだ!
攻撃は僕に任せて!」
現れる場所が判れば、戦いようはある。
影の手に、強いパンチは打てない。
だが力は強いから、捕まえることは出来るかもしれない。
誠も、川上の地底に透視のピントを合わせた。
来た。
それは始め、おぼろな影のように見え、やがて魚に似たフォルムがはっきりと見えてきた。
ロケットのように尖った先端をミサイルのように土中に突き立て、そして体の上下運動で、高速で土の中を、まさに泳いでくる。
川上の耳も、敵を捕らえているのが判った。
敵はどんどん地上に迫ってくる。
誠は影の手を這わせた。
奴が地上に出た瞬間、影の手で捕獲するのだ。
川上の足を狙い、ロケットのように尖った頭が、川上の靴を襲った。
なに!
川上は、ジャンプして、ロケットを避けた。
敵は土から、身体の先端を飛び出させた。
だが、敵の頭が、唐突に縦に裂けると、無数の触手に変化した。
川上は、影を纏う事で身体能力も向上する、と吉岡先生に言われた片鱗を見せ、一跳びで1メートルを飛んでいた。
が、無数の触手は川上の足に絡みつき、そして地面に引きずり込んでいく。
これは強い!
誠は感じたが、感嘆ばかりしてもいられなかった。
影の手が、敵の体を左右から、ぎし、と握った。




