球体
黒い球体は見ている間にも増殖を続けており、ゾンビの臭いのする三田方面の空は、すっかり黒ずんで見えていた。
「でも、どうするんですか!
あれの倒し方なんて…」
誠は焦って言った。
「まずは、蝶で可能な限り分析してみるわ…」
美鳥は蝶を飛ばす。
すぐに美鳥の蝶は球体に貼り付いた。
「かなりの硬度があるわね。
そして、重量も一つ一キロほどはあるわ」
硬く、重い球体らしい。
だが、誠は簡単に球体を切断することが出来た。
「おそらく、分裂を使って攻撃を回避しているのだと思うわ」
なるほど…。
分裂することによって、たいがいの攻撃は避けられてしまうのか…。
ヒヒヒ、とユリコは笑って。
「分身魔球って訳か?
いっちょ、打ってやろうじゃないか!
誠、球に近づけ!」
「え、これがどんな攻撃をするのかも分かってないんですよ!」
カカカとユリコは笑い。
「良いじゃねーか。
どのみち、手合わせしなけりゃ強いも弱いも判らんだろ!
俺だけ、球に近づけりゃ、いいよ」
誠は、ちらり、と美鳥を見た。
美鳥は頷く。
防御は美鳥が補うつもりらしい。
誠は、ユリコを乗せた手を、ゆっくり球体に近づける。
ユリコは、野球の右打席のように鉄パイプを構えた。
「もーちっと下だ、そこから右…」
と高さを指示する。
どうも、2メートルを軽く超える鉄パイプで、黒い球体を打ち込むつもりのようだ。
「よーし、ゆっくり近づけろ…」
と、膝でタイミングを取りながら、球体を凝視して。
カン!
フルスイングで球体を弾き飛ばした。
「え、なんで分裂して避けなかったんですか!」
誠は驚くが、フフンとユリコは胸を張り、
「つまりは分裂する二つの球体を同時に打ってやれば良い訳だよ」
と人差し指を振った。
そして。
ユリコの打った球体が、空中で消えた。
「そうか…。
幾ら増殖していても、射程を離れれば消えるんだ!」
驚く誠に、美鳥も、
「という事は、影繰りは思うより近くにいるのね!」
叫び、蝶を大量に発生させた。
射程は、およそ数百メートル、その範囲で無限に影を増やせるのは凄いが、射程外には飛ばせないらしい。
「ケケケ、全球、弾き飛ばしてやんぜ!」
ユリコは鉄パイプを、軽々とスイングし、誠に位置を指示した。
が…。
ピュン。
ユリコの顔の横を、球体が走り抜けた。
「まずいです。
どうやら、これが敵の攻撃、何万の球体が四方八方から攻撃を仕掛けてくるようです!」
誠は、ユリコを自分の方に引き戻そうとするが。
「うろたえんな!
こんなもん、屁でもねーんだよ!」
ユリコは叫ぶと、自分に向かって飛んでくる球体に、鉄パイプを当て始めた。
フルスイングのバッテイングというよりは、バットにあてる、というテクニックだ。
いや、それはむしろ、戦場で槍で弓矢を落としている、という光景の方が的確かもしれなかった。
空中なので、頭上から、また足の下からも球体は飛んでくる。
それを器用に、ユリコは弾き飛ばしていた。
むろん、誠も美鳥も球を防いでいる。
ただ、誠の影の体は、切断は可能になったが、飛んでくるものを落とすようには出来ていない。
力は強いが、盾のようには使えないのだ。
「誠、蝶を持ちなさい!」
それは便利な盾だった。
無数の影の手が、美鳥の蝶を持ち、カンカンと球体を弾いた。
ただし、誠は、球技は得意ではない。
空振りもかなり多かった。
「誠、俺ちゃんを頼れよ!」
「あたしもやってみます」
元々、球技が苦手なのは自分で判っていたので、誠は颯太と真子に球体を防ぐ役を任せた。
誠は、影の手をユリコと美鳥の体の維持や、もう一つ…。
たぶん近くにいるはずの影繰りの発見に集中した。
浜松町から三田にかけての市街地は、ビルばかりが立ち並んでいる。
おそらく影繰りは、そのビルのどこかに潜んでいるはずで、それを探すのなら誠の透視能力は有効なはずだ。
颯太も真子も、誠に比べるとはるかに上手に、球体を弾いている。
誠は、ビルを透視してそれらしい人物を探した。
美鳥は、ほとんどユリコへの球を防ぐのに手いっぱいだった。
誠が探すしかないが、影繰りが見つからない。
周辺数百メートルの全ての建物は見た、と思う。
むろん、避難勧告は出ているとはいえ、ホテルも多く、残っている人も少なからず、いる。
だがこの状況で、それらしい素振りを見せる人物はいなかった。
球はユリコのみでなく、美鳥や誠にも襲い掛かっている。
いつの間にか敵の集団に、誠たちは取り囲まれていた。
皆、持てる能力をフルに使い、球を弾き返しているが、それも無限に続くとは思えない…。
そうか、僕は動いていない…。
と、誠は気がついた。
敵は、明らかに誠たちの方向に数百メートルも動いている。
建物の中にいる、とは射程距離を思うと、考えにくい!
と、なると車か…?
だが、避難勧告の出ている地域であり、殆ど車両は見当たらない。
ただパトカーや自衛隊の車両は何台か…。
そうか、それだったか!
誠は急いで、特殊車両の中を探し始めた。




