143敵
地下1階には噴水があり、人々が休めるようソファーなども備えてあった。
ここには、だいぶ生活に疲れたらしい老人が一人と、噴水を挟んだ反対側に3人連れの、おそらくコンサート目当てで来て、名残惜しく話しているドレスアップした中年夫人が楽しそうに談笑してた。
(三人って、事は無いか!)
颯太が言うが、真子は、
(そうとも限りません。
事実、これまでも集団で戦う影繰りはいたはずです)
1階は、誠と静香、それにコンビニ店の中に、店員が暇は暇なりに品出しなどに精を出していた。
2階は飲食店やスマホ屋などが並んでおり、吹き抜け部分に隣接した椅子にはスマホを見つめるサラリーマンらしい若い男性が、ずっと動かない。
スマホショップは3人の店員が、雑談に花を咲かせていた。
3軒ある居酒屋では、何人かの酔客が、早い団欒を始めていた。
3階はコンサートホールへ続く上品なラウンジになっていて、アート写真のギャラリーが広いスペースを占めている。
ここにも、数組、まだ帰りかねている、または電車が停まっているために再開を優雅に待っている人々がアートを見たり、ソファーで休んだりしていた。
意外と、店員を含めれば30人に近い人々が、射程内にいる事になる。
(お酒を飲んでいる人たちは除外できるか)
誠は思った。
雑談に花を咲かせるスマホ店員も、影の操作は無理かもしれない。
真子の話も分かるが、まずやはり、1人でいる人間、地下の老人、二階のスマホを見続けているサラリーマン、3階のフロアで、一人でアート鑑賞をしている女性と、ソファーでスマホに目を落としている中年男性に標準を絞った方が話は早いかもしれない…、と誠は考えた。
「誠君、顔色が悪いわよ」
静香の言葉に、誠は乗っかることにした。
「そうだね、ちょっと疲れたのかもしれない。
一旦座るよ…」
具合が悪いことにして、4人の動きを監視することにした。
静香の背中のタコは、今のところ、存在をアピールする以外の行動を取ってはいない。
だが…。
誠は思った。
人質を取ったのだったら、その事実を誠が知ったら、次の段階に話を移すはずだ。
つまり、要求を、なんらかの形で誠に伝えるのだ。
誠の首が目当てであれば、誠の体にもタコを乗せる、とかかもしれないが、次の何かをするはずだ。
真子、颯太、誠も影を伸ばして人を観察するが、人々に別段変な動きは見られない。
「誠君、奥にカフェがあるのよ。
そこで休まない?」
コンビニの奥に何かあるのは見えていたが、カフェだったようだ。
「うん、そうしようかな」
とにかく静香ちゃんを移動させれば、敵が射程外にでる場合もありうる。
ジッとしているよりは敵を発見する可能性もあった。
誠は立ち上がり、静香と共に奥のカフェに歩いた。
カラフルなチョークで、綺麗な花が黒板に描かれている。
チョコレートラテと桜のケーキがお勧めらしい。
移動距離は、数十メートルだが、もし敵の射程外ならば、何らかの動きがあるハズだ。
逆に動かないのなら、除外できる人もいるかもしれない。
たぶん3階の人は、射程を外れる可能性が高いからだ。
むろん静香の背中のタコが、誠の思うより射程が長い場合もあるだろうが、長射程の攻撃は、単純な狙撃などの影になる可能性が高かった。
タコは見たところ、何らかの繊細な影能力を持っていそうに見える。
誠は、あえてカフェの、店奥のテーブルに進んだ。
射程がそれだけ伸びるはずだし、数人、人が入っていたので、人の壁がなにか有利に働く可能性もある。
いらっしゃませ、とウェイトレスさんが水とメニューを持ってきた。
「どうする?」
と誠が聞くと、静香は、
「わぁ、ケーキのメニューもたくさんあるのね」
静香が喜ぶ。
確かに定番のショートケーキから、ムースケーキ、シフォンケーキ、チーズケーキ、ティラミスなど、種類も豊富で美味しそうだった。
「このケーキ、物凄く豪華だね」
誠も、話を盛り上げた。
山盛りのフルーツがケーキの上に乗っている。
「こっちのムースケーキも美味しそう」
オレンジの輪切りが一面に乗ったケーキだ。
颯太たちは人の様子を見ているが、動きは見られない。
それに…。
歩いて来てみると、ビルの先にも様々な店舗が並び、人がいるようだった。
もともと、敵がこちらにいた場合、むしろ近づいた事になる。
影を動かせて見てみると、カルチャースクールやネイルサロンなど、お客さんが来る見込みはなさそうだが、店員はいる店が多かった。
電車の再開を待っているのだろう。
おそらく京王線自体は動くはずだが、乗り入れている新宿線は壊滅的なダメージのはずだった。
ただし、現在、自衛隊が道路封鎖をしている関係で、甲州街道には殆ど車の流れが無い。
封鎖が解かれるのがいつになるのか、あの穴の様子では数日はかかりそうに誠には思えた。
むろん、初台の生活者が、そんな事を知るすべも無かったが…。
静香は、楽しそうにケーキを選んでいたが、その肩には、未だどんな力を持っているのか判らないタコの影が、ユラユラと動いていた。




