治癒
治癒が間に合えば良かったのだが、一瞬ユリコの鉄パイプは、少年の治癒が完了する前に少年と接触していた。
ヒョン、と少年は鉄パイプから逃れた。
が、そのまま地面に落ちた。
遅れて、磁力を誠が治癒したのだ。
「き、貴様っ!
俺に何をした!」
背中から、明治神宮の砂利道に落ちた少年が、悲鳴のように叫んだ。
まさか自分の肉体の磁力を治癒された、とは、咄嗟には思いつくまい。
何らかのカウンター攻撃を受けた、と受け取ったようだ。
だが、むろん磁力は少年の影能力であり、新たに磁力を結ぶことは可能だった。
しかし一度切れた磁気関係は、すぐには再び結べないようで、明治神宮代々木口からよく見える、尖塔型の高層ビル、NTTドコモ代々木ビルと自分の間に磁気を巡らせた。
一気に少年は高層ビルに飛んでいく。
「ユリコさん、運ぶよ!」
誠は影の手でユリコを掴み、もう一本の手でNTTドコモ代々木ビルを掴んだ。
「お前も飛べるようだな!」
少年は笑った。
「だが、手を伸ばしているのが丸見えだぜ!」
確かに。
誠は、影の手を伸ばしているだけなので、影繰りには手が見えてしまう。
磁気は、そういう少年の妄想の産物ゆえ、方向は見えなかった。
「だから、こういう真似も出来るんだよ!」
真っ直ぐ空に突き出された巨大な針のような、先の尖ったビルから、ふいに少年が曲がった。
どうやらニトリ辺りに磁力を伸ばしたらしい。
誠も影の手を伸ばすが…。
どうも空中戦では、磁気に敵わない…。
誠も、それは感じていた。
「誠、俺を放せ!
ぶっ叩いてやる!」
ユリコが叫んだ。
「え、でも、この高度で飛んで大丈夫なんですか?」
高層ビルに飛ぶ途中だったので、地上百メートルぐらいはある場所だった。
普通、影繰りでも無傷で落ちられる距離ではない。
「問題なーい!
俺はエルザタワーも一っ跳びだからな!」
エルザタワーは知らないが、要するに高層ビルもジャンプで上ったり下りたりできるらしい。
これは想像以上のパワー型影繰りだった。
「じゃあ、お願いします!」
誠一人では磁気少年を追いきれないが、ユリコもいるのなら、誠は前のように治癒を狙えばいい。
これならば、磁気少年を倒せるはずだった。
ユリコが、影の手からミサイルのようにジャンプした。
確かに一跳びで高層ビルにも乗れそうだ。
鉄パイプを、ブン、と振り回し、空中で位相まで変えられるようだ。
少年はJR新宿駅方向に飛んでいく。
彼は、そこに巨大な穴があるのを知らないのかもしれなかった。
眼前には、JR線路を縦断するイースサイドスクエアの広い橋が見えて来ていた。
二度目のジャンプで、ユリコは磁気少年を捉えた。
が、少年と鉄パイプは、まだ磁気関係が結べていた。
ひょい、と少年は横に飛んだ。
が、誠もそれは予測していた。
少年の体を透過状態に固定した。
このまま数秒間状態を固定できれば、少年の磁気は一時的にではあるが治癒される。
その一瞬、磁気少年はただの人間だった。
「風が変わった!」
少年が驚いている。
おそらく、透過状態にある少年の体は今、物質であって物質ではない。
風は体にぶつからず、通り過ぎていく。
なるほど透過状態なら、そう感じるのか、と誠も初めて知った。
「俺に何かしているな!」
少年が叫んだ時、少年の磁気が切れた。
少年は落下し、その背中に、ユリコの鉄パイプが、背骨を折る勢いで、振り抜かれていた。
まずい!
少年の背骨が、肋骨の下で本当に折れていた。
その状態では、人間は即死である。
誠は即座に少年の体を透過状態にして、影の手で捕まえようとしたが、透過状態の物質は、さすがに誠でも捕まえられなかった。
少年は影の手をすり抜けて、真っ逆さまに落ちていく。
「任せろ!」
ユリコが叫んだ。
JR線路の上だ。
今、新宿東口に大穴が開いてしまっていたので、全ての電車が停まっていた。
ユリコは、その線路の上を、弾丸のような速さで走っていく。
ユリコが少年を抱える瞬間までは透過を続けられるが、タイミングを逃せば少年は地下に落ちていく。
地下は埼京線などのホームがあり、その下にも何層もの地下構造物が作られていた。
治癒が間に合わなければ、少年は即死のままだ。
間に合っても、ユリコの手を逃れれば、地下構造物に叩きつけられて重症を負う。
タイミングは、ギリギリだった。
透過状態が、続けられていく。
1秒…。
2秒…。
ユリコが、列車並みの速度で走っている。
3秒…。
ユリコが加速した。
あそこから加速できるのか…。
さすがに誠も唖然としたが…。
ユリコが少年に触れた。
透過を切った。
ずん、とユリコは沈んで、砂煙を上げて、少年を抱えていた。
「よぅっし!」
明るい午後の日差しが差し込む、広い線路の上に、少年が降ろされた。
「こいつ、すげー軽いの。
40キロ無いんじゃないか」
本当に小柄な少年だった。
だが、二人の仲間に、おそらく加速の力を付加しながら、誠とユリコと同時に手玉に取って戦った猛者である。
誠は体の隅々まで透視をして状態を調べる。
治癒は成功していたはずだった。
そして、現在、少年は呼吸も普通で、血圧、心拍数などもすべて健康体そのものだった。
だが…。
少年は眠り続けていた。




