127悪魔のカード
リーキー・トールネンが内調本部から搬送されたのは、それから5分後の事だった。
芝離宮にヘリが降り立ち、首相官邸に向かったのだ。
むろん吉岡は危険を訴えたが、内山は、いや、内閣総理大臣鳳大吾が強烈に希望したようだ。
鳳大吾。
数々の失策により崩壊しかけた政府を救った、僅か38歳の俊英政治家であり、それにより政府は、百年以上前から続く経団連の影響下から離脱し、しかも政治的大勝を手に入れた。
大手メディアはネガティブキャンペーンを張り続けているが、支持率は登り続ける、というカリスマだった。
彼は若いIT企業と手を結ぶことで独自の発信力を持ち、新聞やテレビを既存発信源とする古臭い経済界を嘲笑った。
しかし、それでいながら手堅い外交政策を構築しており、最近では、老害も叫ばれる大物政治家たちも彼の足元にかしずいている、と噂されていた。
とはいえ。
若者が国のトップになるのは、日本という国では尋常な事ではない。
彼は、武器を必要としていた。
成果、という政治的に唯一確実な武器だ。
その希望のトーチとなるべく、百歳の少年が、自衛隊のヘリで首相官邸に運ばれた。
そのマッドドクターと総理大臣との接続が、日本という国を天国に変えるものか、大怪獣になぎ倒された後のような焦土に帰するものかは、吉岡にも判らなかった。
一方、そんな事は全く知らない小田切誠たちは、千駄ヶ谷駅に至るべく、聖教新聞社裏の通路から道に降り、渡辺龍の案内で千駄ヶ谷駅に向かった。
総武線の上下線が止まるだけの駅である。
駅名は違うが、大江戸線と乗り換えることは可能だ。
その駅改札の外に、目指す公衆電話はあった。
「全く気にしたことなかった…」
誠は驚きを呟いた。
「しかし、安全性はどうなのかしら?」
美鳥は警戒を隠さないが、
「ともかく、状況説明は必要だろう」
と、全く内調に関係ない上、ついこの前まで留置場にいたバタフライが、世の中の摂理を説いた。
通常電話回線であれば、当然、即座に永田に繋がる、という事は無い。
公衆電話の横に小銭が積み重なり、10分後に、やっと永田と接続された。
「あの穴の中で、そんな事があったのか!」
影の密集と、Aの暗躍はまだしも、その影能力の通じないゾンビ、というのはさすがに理解の範囲外だった。
「すぐ帰ってこい、と言いたいが、その辺はもう、自衛隊が封鎖してしまっている。
新宿陥没は、テロとして国家の知るところとなってるからな。
仕方ないから、たぶんコンサートなんてやらないとは思うが、そのオペラシティに誠を運んでやってくれ」
と指示をしてから、永田は手短にマッドドクターが目覚めたこと、既に首相官邸に搬送されたことを美鳥に教えた。
「ちょっとマズい動きがあるわ」
と美鳥は、全員にマッドドクターことリーキー・トールネンが十五の少年として目覚め、しかも首相官邸に搬送されたことを語った。
「奴らの手の中で、上手に転がされている、ってことか」
渡辺龍は唸った。
「俺は、あの鳳大吾って男は信じられなかったんだ。
やっぱ、生臭い男だったな」
とバタフライは急に首相の批判はじめた。
「ともかく、新宿の穴はテロとして扱われていて、周りは既に自衛隊によって封鎖されているわ。
私たちはなんとかオペラシティを目指さないといけないので、協力をお願い」
小百合は自嘲気味に笑って、
「協力も何も、こんなところで一人になったら、とてもサバイバルできないべ。
このさい、誠のデートを見届けてやるわよ」
ケケケ、とユリコは誠の肩を担ぎ、
「てめー男になったり女になったりしやがって、ホントどスケベだな!」
誠は言われている意味が解らず、しばらくフリーズしていたが、急に意味を理解し、真っ赤になった。
「何言ってるんですか、さっき初めて小野真子の体になっただけですよ!
誤解しないでください!」
しかし、とレディは冷静に小田切誠を見つめた。
男の体と女の体を持つ、というのは、現実的にはとてつもない変容が行われているはずなのだ。
骨格がそもそも違うし、解剖学的に言えば、女性は出産できる骨の形に、二次成長する訳だ。
レディは、そんな女性の体を、ある意味知りぬいていた。
100の爺を15の子供にも出来たわけだし、これは…。
もしこいつが、本気で自分の影能力をコントロールしたら、レディはまさに理想の体を手に入れられることになる。
女になっても楽しくは無いが、女装は大好きだ。
誠が、今、傷を手当てするように、身体の各部位を自在にコントロールできるのなら、いつになっても、レディはミオの可愛い子猫でいられるわけだ。
レディの背骨の辺りを、ゾク、と快感が走り抜けた。
永遠の男の娘…。
少し、ボー、となりながら、レディは考えた。
さしあたって、何とか誠を騙して、俺の喉仏だけでもへっこませられないかな?
真剣に、レディは目論見だしていた。
「言っただろ、彼らは敵を蹴散らして進み続けるって」
キャスケット帽の少年、伸介は、タロットを見せて涼しく笑った。
タロットほど伸介の能力にコミットした占いは他にない。
正位置と逆位置で意味が反対に変わるので、何が出てもまことしやかに話を練り上げられるわけだ。
竜吉は唸った。
「ほんとにオペラシティが、彼らの目標地点なのか?」
ピッピと呼ばれる、ソバカスだらけの元気な神の毛が逆立った少女も、ちょっと怪訝そうに伸介を見た。
「間違いないって。
これは占いじゃない、影能力なんだ。
的中率は100パーセントだ!」
伸介が、大雑把に未来が見えるのは事実だった。
おそらく、1時間先ぐらいなら、大きく外すことはない。
これは本当の自分を隠す事と、架空の自分を見せる事に特化した伸介の影能力が持った、感知能力なのだ。
彼らがオペラシティに向かうのは見えていた。
「だが、たぶん高層ビルの辺りで、ちょっとこの…」
伸介は悪魔のカードを見せた。
「謎の強敵が彼らを襲う…。
この戦いの行方が未だ、鮮明には見えないんだよ…」
伸介は、微かに不安げな表情を顔に浮かべていた。
竜吉たちが見ているのは、むろん伸介のアバターだが、伸介は意図してその顔を見せている訳ではなかった。




