125超法規的組織
「彼がクロコダイルマンだったのか?」
森が消え去ったあとに残ったのは、氷ついた赤毛男の、まさに真っ赤な髪の毛の白人男性の遺体と、そして小百合に圧殺された東洋人、おそらく中国より西の人だろう少年だった。
誠は、少年の傷を治療した。
「彼が何らかの形で、あたしたちの動きを敵に漏らしていたの?」
小百合は、クロコダイルマンとは似ても似つかない小柄な少年を見下ろしながら、呟いた。
「…いや、違う…」
死んでいる、と思われた少年が、口を開いた。
「…Aには、予知能力を持つ影繰りがいるんだ…。
…彼の予知により、昨年の東京襲撃も計画された…。
…彼は、君らと同じ国の少年…。
…ミヤギという、絵によって予知をする影繰りだ…」
それだけ語ると、誠が治療して綺麗になった体で、クロコダイルマンは亡くなった。
小田切誠たちが赤毛男の森に苦戦している頃、内調本部では内閣府の官僚内山が、若返り続けるマッドドクターを視察に訪れていた。
マッドドクターは、現在は、ほぼ誠と同年代に見えるほどに若返っていた。
「この老人が、このように変化したのか」
内山は、訝しそうにパットに写された写真を睨んだ。
彼は、内閣府と言っても調査室とは別の指揮系統に属しており、影繰りの実情に詳しい訳ではない。
ただし内山は、調査室より、ずっと総理大臣に近い位置にいる官僚だった。
彼が視察に来る、という事は、つまり総理大臣がマッドドクターに、もしくは若返り続けている男に興味を持った、という事だった。
「おおよそ4ケ月をかけて、彼は若返り続けています」
とオペレーターがパットに早送りの防犯カメラの画像を映した。
内山は静止させたり、拡大したりして検討するが、確かにトリックという様子も見えない。
「影繰りというのは不思議な人間だと聞いてはいるが、ここまでできるのなら、もう神の領域とは言えないのかね?」
「いいえ、これは事故のような物で…」
と吉岡医師が話すのに、
「いや、確かに神の領域の話なのだよ…」
え、と声に振り返った吉岡医師は、白人の少年がゆっくりと身を起こすのを目撃し、驚いてペンタブレットを取り落とした。
もしや目覚めずに、胎児にまで戻るのかと思われていたマッドドクターが、少年の姿で目を覚ましてしまったのだ。
「皆さん、警戒する必要はありません。
僕はもう影能力は無いのですから。
たしか、日本にもその技術はあったと思うが、脳波を測ることで影能力の有無は簡単に測定できます。
僕に試していただきたい」
滑らかな日本語で、銅色の髪の毛の白人少年は、落ち着き払って語った。
吉岡医師は頷いた。
白衣の助手2名が、少年の頭に測定器をセットした。
「PL波、全く測定されません」
この数値が高ければ高いほど、強い影繰り、と言われていた。
むろん数値で経験は測れないので完全ではないが、データ上はマッドドクターは、今、完全な一般人だった。
「判っていただけましたか?」
薄く笑う白人少年に、吉岡医師は、
「しかし、もともと催眠術とは、心理学を応用した技術だったはず。
あなたは、とうぜん技術としての催眠術を知ってますよね?」
と問い詰めた。
少年は華奢な肩を竦めて、
「確かにね。
しかし、それならば、あなたも知識ぐらいはあるハズだ。
僕一人で、あなたたち全てに催眠術をかけることは、この状況では不可能だ。
それに、心理学としての催眠術は、まず被験者から絶対の信頼を得る事で催眠誘導に成功する。
老人だった頃の僕なら簡単に相手の信頼も得られたろうが、御覧の通り、今の僕は弱々しい子供に過ぎない。
子供の外見の僕が、立派な成人の皆さんに催眠をかけられるものか、お察し願いたい」
「信用しろ、と言われても無理だわマッドドクター。
あなたは昨年、何人もの仲間を殺しているのよ」
吉岡医師は冷静に反論した。
「少々部下に手落ちがあった様子だが、私自身は誰の殺害もしてはいない。
その部下も、大部分が君たちに殺されている。
だが、そんな口論をするために僕は起きたのではない。
僕は内山氏に会うために目覚めたんだ」
内山が驚いた。
「なぜ私の名を知っている。
それに、今日私が来るとどうして知ったんだ?」
「僕の組織には、予言の得意な影繰りもいてね。
まぁ、影繰りのする事だ。
そう驚かずに、話だけでも聞いて欲しい。
僕は1935年にアメリカのニューイングランドで生まれた。
本名はリーキー・トールネン。
アメリカ国民だが、今の僕はアメリカを嫌悪している。
なぜなら彼らは半生をアメリカのために費やし、戦い続けてきた僕の名誉を剥奪し、罪人扱いしたのだからね。
僕が考えるに、21世紀に世界の中心に現れるのは白人社会ではなく、東洋人だ。
白人の、ルネッサンスからの優勢な世界経営は、今、現在もほころび続けている途中なのだ。
だから私はここに来た。
いいかい。
21世紀に世界の中心にいるのは東洋だが、しかし僕には、断じて共産主義が勝利することは望まないのだ。
なぜなら僕の半生は、共産主義との戦いに明け暮れていたのだから。
彼らだけは葬らなければならない。
だから僕は、他ならぬ日本に来たのだ。
むろん手ぶらではない。
一つはこれだ」
と少年は、右目の横を、右手でタッチした。
空中に、パット状の光りのモニターが現れた。
「これがプレゼントの一つ目。
検査でも判らなかったろ?
これは、皮膚に埋め込んだ小型回路で起動できる超小型のコンピューターだ。
体内電気を利用するので、充電など必要ない。
これだけで、マイクロソフトは破産させられる」
マッドドクターは楽しげに笑った。
「そして2つ目の手土産は、今、この基地にある電磁波爆弾だ。
あれの技術的価値はまだ解析できていないだろうが、あれは核融合炉に転用できる技術なのだ。
熱核を利用した湯沸かし器じゃない。
アレを使えば、日本は世界をエネルギーで圧倒的にリードできる。
むろん、そうホイホイ国家予算で核融合炉などが作れるものか、と君らは思うだろう。
だが、アメリカがNASAを作ることによりソビエト連邦より合理的に科学技術を飛躍させられたように、君らも超法規的組織を作ればいいのだ。
簡単だろ。
君らの国には、ほぼ10年ごとに巨大地震が起きている。
その度に大量の死傷者が出る国だ。
だから地震対策のための超法規的組織を作れば」
マッドドクターは手を叩いた。
「この2つの技術は、開発途中の副産物として、すぐに君らの物になる。
そして3つ目のプレゼントはこれ」
マッドドクターことリーキー・トールネンは、目の前の画面を大きく拡大した。
「これが水素駆動の設計図面だ。
超法規的組織にTOYOTAでも日産でも加えれば…、いや日産は止めておこうか。
たちどころに電気自動車などブリキのおもちゃになる」
ニィ、と少年リーキー・トールネンは笑い、
「僕に日本国籍と超法規的組織の地位を確約してくれれば、それでいい」
と涼やかに語った。




