116四谷
「いや、聞きしに勝るって奴だな!」
バタフライが興奮気味に言った。
「なっ、無敵なんだよ日蔭さんは!
こーゆー人がいるから、新宿はヤクザがいようが、ハングレがいようが、正常であり続けられるんだ!」
レディも、自分の手柄のように喜んでいた。
「かっこよかった!」
ハマユが見せないようにしていたはずだが、勇気はしっかりと目に焼き付けていたらしい。
皆が喜ぶ中、誠は、考え込んでいた。
自分の影なら、似たことが出来るのではないか、と頭をよぎったのだ。
正面から戦わなくとも、あんなふうに戦えるんだ…。
今まで教わった戦闘とは全くの別物の、誠にとっては目からウロコの戦いだった。
だが、とにかく今は脱出することが最優先だった。
道の奥に、おそらく死体搬送用の穴が続いていたが、この先の敵の巣窟に小学生までを含むメンバーで足を踏み入れるのは無理だ。
地上に続くらしい横穴を、誠たちは登った。
敵らしい敵には出くわさなかった。
ただ、ネズミなどはいて、何度か足止めは喰った。
小学生は、ネズミの恐怖を生まれて初めて知ったのだ。
やがて岩をくりぬいたようなトンネルは、コンクリートの階段になり、鉄の防火扉を開けると、ビルの地下と思われる階段となって、四谷の雑居ビルに誠たちは出てきた。
数時間ぶりの日光を誠たちは浴び、路地から大通りに光を求めて歩み出した。
が。
そこは、戦場のように、自衛隊が土木作業車やジープをズラリと並べた場所に変わっていた。
誠は、思わず身を隠した。
アイチが、
「たぶん、向こう側が新宿通りだな。
だが、もう穴の方に進むのは無理だ」
あの新宿通りの一帯は大穴が開き、全てが封鎖されて物々しい警戒態勢が敷かれていた。
「子供たちを家に帰さなきゃな」
ユリコは言うが、
「たぶん山手線は停まってんじゃないかな?」
渡辺龍がスマホを見ながら言った。
「そうですね。
おそらく、新宿を起点に持つ地下鉄も殆ど電車が通れる状況ではなく、なおかつ…」
誠は自分の衣服を見た。
泥と瓦礫の中を何時間も戦い続けていたのだ。
真っ黒に汚れていた。
「俺たち、軍や警察に見つかったら結構面倒なことになりそうだな」
レディも、自分のドレスの無残な有様に、普通に男子に戻って語った。
到底、穴から生きて戻ってきました、とも言えない状況だ。
唯一の頼みの綱は、内調に動いてもらう事だったが。
「通話は出来ないわね…」
美鳥が眉をしかめた。
「おそらくAが、自分たちの都合のために電波を封鎖しているのでしょう。
とにかく、どこかで着替えてシャワーだけでも浴びたいところですね…」
おー、とアイチは言い、
「近くに行きつけのスポーツクラブがあるぜ。
スポーツウェアぐらいなら売ってるし」
とにかく、皆、アイチに続いた。
「お前、いつまでその恰好なんだよ?」
良治はクロコダイルマンに言うが、クロコダイルマンは。
「いや、皆を信用してない訳じゃ無いんだが、ちょっと素顔はマズいんだ。
どのみち、人間なら普通に見えるさ」
影の力は一般人には見えない。
ただ、周りより暗く見えるだけだ。
だから目立たず、隠密行動がとれるわけだが、ワニ頭に見えているのは誠たちだけだ。
町を歩くには、それほど問題がある訳ではなかった。
5分ほど路地を曲がっていくと、大きなスポーツクラブになった。
よく広告なども打っている、有名な全国規模のスポーツクラブだった。
「やってないんじゃないか?」
渡辺龍が聞くが、アイチは。
「その方が都合が良いだろ?」
ニィ、と笑って、誠に。
「さあ、透過させてくれよ」
確かに、透過により、閉まっている店内にも誠たちは自由に出入りできる。
電気は点いていないが、影繰りには必要もない。
美鳥が防犯カメラを蝶で潰し、誠たちは売店で着替えを選んで、シャワーに入った。
「冷水シャワーか…」
無念そうにレディは言うが。
いや、とアイチは、
「一々、電気まで落とさないだろ。
消してるだけだ」
と部屋の壁にあるタッチパネルを通電にすると、普通にボイラーが点火した。
汚れた衣服はゴミ袋に入れ、廃棄することにして、誠もスポーツウェアを身につけた。
自販機も動いていたので、一息ついた誠たちは、ロビーで座ってくつろいだ。
「誠、今、4時だぞ」
とレディが教える。
「何です?」
と誠は怪訝な顔をするが、レディは、
「こいつ、今日、彼女がオペラシティで、6時からのコンサートに待ってるんだよ!」
ケラケラと笑って皆に話した。
「いや、しかし、この状態じゃコンサートなんてやらないはずだし…」
誠は言うが、美鳥は、
「馬鹿ね。
その子は既にオペラシティにいたんでしょ。
あなたが行かないでどうするのよ!」
そうだ。
こんな状況だったので、あまり外に出ないように、と言っていたんだった…。
「いや、モテる男はつらいねぇ」
とアイチは笑い、
「だが、新宿が通れない、電車もバスも動かない、とすると、代々木辺りを抜けるか、さもなきゃ大久保辺りに出てみるか…」
「ここから大久保に出るのには、自衛隊がどの辺までいるのか探らなきゃならない。
山手線の高架を抜けて、明治神宮方面に進もうぜ」
なぜか渡辺龍たちも一緒に移動するような話になっていた。
「たぶん、まだ、影繰りたちはここらに集結してるんじゃないか?」
唸るようにクロコダイルマンも言った。
その時、しばらく黙言を通していたSNSが、
「小田切誠は四谷にいる」
と呟いていた。




