110顔泥棒
真子たちは、瓦礫を迂回して兵士たちに近づく。
「どうやら対物ライフルで武装している模様よ」
美鳥が囁く。
「どういうことだ?」
ユリコが真子に聞いた。
「つまり影繰りが影をまとっていても、骨折などのダメージを負う、という事です。
おそらく、対影繰り用の訓練を受けている兵士です」
そんなんあるのかよ…、とユリコは驚いたが、小百合は、
「接近すれば勝機はあるかしら?」
と聞く。
「おそらく、スタンガンなどを装備しているでしょう。
戦うなら、積極的に影を使い、短期間で制圧する必要があります」
と真子は教えた。
影繰りは戦場において圧倒的な優位を現在も誇っていたが、軍も研究を怠ったりはしていなかった。
射撃は大口径の対物ライフルなら、影をまとっていてもかなりの衝撃を受け、個人差はあるがうまくすれば骨折を負わせることも可能だ。
接近戦では、下手に戦わずスタンガンの使用に徹する、あとは薬物の使用などが推奨されており、必ず複数のチームで一人の影繰りと当たることを徹底していた。
「まー、強いバリアがあっても、一定レベル以上のパワーがあれば怪我は負う、電気は効く、呼吸はしている、そんなデータは集めてるわけよ」
「怖いねぇ。
で、どうする内調さん?」
と、美鳥の説明に渡辺龍が問う。。
おそらく彼らは、ある程度、対影繰り用兵士のことも知っていたように、真子は感じた。
「どうもこうも、樹怜悧がいるんだから、なんとか扉をこじ開けにゃあ駄目だろ!」
ユリコは肩を怒らす。
真子は、ハァ、と溜め息をつき、
「皆さん、今まで隠して来ましたが、僕が小田切誠です…」
透過を使い、兵を避けて敵地に侵入しない限り、とても小学生メンバーまで加わったこのチームで勝利は掴みようがなかった。
が…。
「馬鹿かお前?
俺が、男と女の匂いを嗅ぎ間違うと思うのか!」
と、ユリコがシラケた視線を真子に向けた。
つまらないジョークと思ってるようだ。
えっ?
真子は、驚く。
美鳥はふぅむ、と誠の周りに蝶を飛ばして、
「誠、あんたホントに真子ちゃんになってるわよ」
言うと、誠に断り無く、スカートをめくってパンツをずり降ろした。
「な、何をするんです!」
悲鳴を上げる誠と、後ろで、
「男子は見ないの!」
と騒ぐハマユ。
ユリコと美鳥、小百合は誠の下半身をガン見して、
「女、しかも、こりゃ全然子供だねぇ…」
ええっ! と慌てる誠だが、美鳥は、
「あんたも見ちゃ駄目よ、だいたい、この感じ、あんた全然、女子に触れたことすら無いでしょ!」
「ありますよ!」
静香ちゃんなら、少し触れたことぐらいはある。
それ以上は確かに、全く無いが…。
「そんな風に僕を騙して…」
と誠は勘ぐるが、美鳥は問題の部分に、指先で触れた。
「え、なにこれ?」
さすがに、誠の身体機関では感じようのない感触を、誠は今、確かに感じた。
「まー、本人は納得できないでしょうから、手でだけ、触っても良いわ。
真子ちゃんは嫌かもしれないけど、身体は誠なんだから仕方ないでしょう」
言うと、誠の手を持ち、足からもう片足へ、手を動かした。
「あ…、あれ…、ない…」
誠は愕然とした。
しかるべき位置で、常にある種の存在感を放っているはずの物がなく、つるりとした滑らかな空間があるのみなのだ。
「ど…、どういう事でしょうか…、まさか、影の攻撃…!」
取り乱す誠に、ユリコはウケて。
「そんな影、何の意味あるよ!」
ケラケラ笑った。
が…。
「待て、なにか、変な匂いが…」
ユリコは叫ぶ、と…。
「そこよ」
と美鳥が、誠の目の前を指差した。
そこに、小柄な少女が立っていた。
「…驚いたな、これは…、幽霊なのか…」
小百合は感嘆した。
セーラー服を着ている。
髪は長いが、その顔は、確かに小田真子だった。
「真子じゃねーかよ!
お前、どうしたんだ!」
ユリコが言うと、
「あたし、顔を盗まれたの…」
と、言うとシクシク、泣き出した。
誠たちは茫然と真子を見つめた。
「お嬢ちゃん、もう少し、詳しく話してくれるかな?」
私立探偵の渡辺龍が、そこは仕事柄、マイルドに語りかけた。
「あたし、私立の中学に通って、普通に今年の初めまで生活をしていたの…。
勉強は少し難しかったけど、何とか頑張ってた…。
だけど、塾の帰りに、変な男の子に会ったのよ…」
「男…?」
誠は首を傾げた。
「誠君より背の高い、でも同級ぐらいの子よ。
その子が、地下鉄の扉側に立っていたあたしの背後に立ったの。
綺麗な顔だな、って、あたし、ガラス越しに彼を見ていた。
そしたら、急に彼が背後から…。
「君の顔を、僕にくれないか…、って囁いたの…」
「それ、ある種の痴漢じゃねーか!」
ユリコは怒った。
誠も、なんとなく、そんな感じがした。
「でもあたし…、気がつくと、ビルの屋上にいたの…」
「え、どういうことだよ、なんかされたのか、真子!」
ユリコは聞くが、真子は泣きながら首を振る。
「顔を…、盗まれちゃったのよ…。
それに気がついて、あたし…、ビルから、飛び降りるしかなかったんだ…」
誠は、身体を共有していたために、その時の情景が理解できた。
「真子ちゃんは、まず記憶を取り戻した時、屋上で一人でした。
衣服に乱れはなく、でもユリコさんの言うように、薬物でも嗅がされたのか、と不安にはなったようです。
しかし、薬物の兆候を探ろうと、指を、顔に接触させたとき、絶望的な事実に気が付きました。
真子ちゃんの顔は、盗まれてしまっていたのです…」
「おい、誠、もっとはっきり言えよ。
どういう意味なんだ、そりゃ?」
ユリコは叫んだ。
「無いのよ…」
真子は語った。
「目も、鼻も、口も、何も無いの…。
触った事も無い、剥いた卵のような物の上を、あたしの指はツルツル滑るだけなの…」
時は夕暮れ時であったという。
薄暗くなりつつある、鉛色の空の下で、真子は絶望し、泣き叫びたかったが、口が無いので叫ぶことも出来ず、スマホはどうやら奪われていた。
困惑した真子は、あらゆる可能性を考えたが、しかし、どうしても自分の顔を見る恐怖に耐えられなかった。
やがてビルの角まで歩いて、そして飛び降りたのだという。




