109家畜
真子たちは用心深く、ゆっくりと巨大扉に近づきていく。
「しかし、必ず、その凄腕の女がいるとは限らないよな」
アイチは鋭い目で周囲を見回しながら、言った。
「その場にいないでも影能力が続く、という場合もあるのかもですが、この扉が出現している、という事は影繰りが近くにいる、という事では無いでしょうか?」
真子は推理した。
「つまり何か?
さっきは女がいなかったから扉が無かったのか?
でも、扉は本物なんじゃ無かったのか?」
ユリコは首を傾げる。
「本物よ。
私の蝶の全ての感知で本物、と出ている。
ただ自在に大きさを操れる影なら、大きさが本物かどうかは判らないわね」
「という事は今、なにか扉を大きくしなければならない事態が起こってる、って事かな?」
小百合が呟いた。
真子は考えた。
穴により、人間の死体はゾンビにして回収したはずだった。
その後、どういう意味だか、Aは穴に落ちた影繰りの虐殺を始めている。
影繰りも死体に何らかの意味があるのか、それとも殺す方に意味があるのかは判らない。
扉を大きくした、という事は、何かを出すか、入れるか、という事なはずだ。
あの赤いドレスの女は、ある意味、箱から何でも出す能力がある。
戦車でも戦闘ヘリでも出せるはずだ。
同時に、前に通ったときは沢山あったはずの死体が消えていたのも気にはなる。
遺体は、何らかの目的で回収した、という事だからだ。
だが真子たちが歩いているのは整地した地面ではなく、ついさっき、上から落ちてきた新宿の市街地の瓦礫なのだ。
戦車であっても、なかなか通行は難しいに違いないし、音があれば真子たちが気付かない、というのも不思議だ。
つまり、出たとしたら、戦車やヘリよりも、ずっとステルス性能の高い何かであり、入ったにしても同じことは言える筈なのだ。
第一、キャタピラの跡などがついていれば一目瞭然だし、真子は今まで、その手の人工物の車輪跡は全く見ていない。
ただし、整地されていないとはいえ、土壌は瓦礫であり、必ずしも純粋な土ではないので、どれほど跡が残るものなのかは推測の域を出ていないが…。
「なんだよ、そのステルス性の高い物って?」
ユリコは、気味悪そうに言った。
金髪に染めて、鉄パイプを持っているが、気味の悪い事は苦手なのかもしれなかった。
「馬とか?」
とレイナちゃん。
「馬とか、鳴き声で判るだろ!」
義郎が言うが、いやいやと渡辺龍は、
「戦国時代は、馬に木の板を噛ませて鳴かなくさせたようだよ。
あんがい、そういう歴史的に長い実績を持つものが正解、という事は有り得るな。
扱いもマニュアル化されているし、運用もアイテムさえ揃えれば比較的容易な訳だ」
「アンデスのドキュメンタリーではロバみたいなのを今でも使っていたな。
そういうものかもな」
とクロコダイルマン。
確かに今でも、世界規模で言えば結構なパーセント、動物が運輸を担っているのかもしれない。
だが、それを東京で行えるのか、と言うところに真子は疑問を感じる。
美鳥が、人差し指を口に当てた。
「何かいるわ。
その瓦礫の先よ」
真子は透視し、そして唖然とした。
「なるほど…。
確かに影繰りの死体を何かに利用するようです。
それに家畜を使って運搬しているのも渡辺さんの推理が当たっていました。
でも、問題は相手が、小さなものを巨大にできる、という事でした」
「あ、判った、蟻だろ!」
勇気が興奮するが、
「いや、蟻はかなり獰猛で、人間には通用しないとはいえ毒針も持っています。
しかし昆虫によっては、温和で食べ物さえ与えればいう事を聞くものもいる。
ダンゴムシを彼らは死体運搬に使っていました」
アイチが、身軽に瓦礫に上った。
「おお、こりゃあ凄いな」
子供たちも変身し、アイチに並んだ。
大いにウケている様子だ。
数十匹のダンゴムシを死体運搬に使い、十人ほどの軽装の軍隊が影繰りの死体を運搬していた。
「いったい、アレを何に使うんだ?」
気味悪げにユリコが呟く。
「考えたくも無いわ」
と小百合。
真子も、カブトの脳剥き出しも見ており、彼らが何をするつもりなのか、など考えたくも無いのだが、どうせそれを使って攻めてくるに違いないのだから考えずには入られなかった。
「おそらく、普通の人間はゾンビに出来るけど、影繰りはその範疇では無かったのでしょう」
影能力は、なんでもアリだが、影との契約に基づいているため、影繰りはゾンビに出来ない、というくくりを作っていたなら、ゾンビに出来ない。
しかし、あえて、もっと価値の高い何かにするために影繰りは丁寧に殺していった、という事も考えられた。
事実、今死体たちは、身の丈2メートル近くに巨大化されたダンゴムシに運ばれて、ゆっくりと丁寧に、巨大扉に向かって運搬されていく最中だった。




