62話 マオの暴走
62話 マオの暴走
審査委員の不意打ちを受け、大輝は吹き飛ばされた。頭を銅の剣で後ろから殴ったんだから、普通の人では命はないだろう。大輝も動く気配がない事から周囲も絶望視していた。
「あ、あんたはなんて事をするんだ!実力は既に見れただろう!」
副団長が怒りをあらわにして怒鳴るように言った。
「うるさい!お前達がその者と口裏を合わせている事は見て分かっている。だから私自身が試してやったのだ」
「だからって後ろから不意討ちは………な!?」
「ぐわぁ!?」
副団長は抗議の途中で審査委員は、水の手の様な物に掴まれ宙に浮いてしまったのだ。その光景に驚いて言葉を止めてしまった。
「……お主、…そのような暴挙、覚悟は出来ておるのだろうな?」
マオの顔には一切の頬笑みがなく、目には殺意で漲っていた。
一瞬で審査委員を流水のリボンで出した水を、手の形に変えて掴み宙に浮かしてしまっていたのだ。そしてマオの周りには既に炎の矢が3本待機しており、何時でも撃ち込める状態になっていたのだ。
「マ、マオちゃん落ち着いて!」
マオの異常な様子にリリィが慌てて止めようとしているが、耳には届いていないようだった。周りの兵士も何とかしないととは思っていても、マオから発せられる怒気と殺気の混じった雰囲気に、体を動かす事すら出来なくなっていたのだ。
マオにとって不意討ちでの大輝への攻撃は逆鱗に触れるようなものだった。なぜなら昨日、大輝は不意打ちを受けて死んでしまった光景が目に焼け付いているからだ。
そんなマオには既に捕まえた男しか見えておらず、握っている力を徐々に強くしていった。
「や、やめよ。…お、お前は、誰に手を出しているか、分かっているのか?」
審査委員は苦しそうな顔をしながらマオに言った。
「黙れ」
「ぐぅ!?」
聞きたくもない声を、握る力を強める事と発せられた一言で黙らせたマオの目には、一切の容赦を感じられなかった。
今まさに、握り潰されるか、炎の矢で焼かれるかと思われたその時、リリィによって起こされた大輝がマオに声を掛けた。
「マオ!僕は大丈夫だから落ち着いて!」
その言葉を掛けながら大輝はマオの元へ走って行き、優しく抱きしめてあげた。
「た、大輝、無事じゃったか…良かった。……妾は、妾はてっきり…」
大輝の無事な姿を見てマオは、先ほどまでの殺気が嘘のように消え去り、待機していた炎の矢と拘束していた水の手も同時に消え去ってしまい、審査委員の男はその場に落ちて気を失っていた。
リリィはマオがこうなってしまった原因である大輝でないと、止める事は出来ないと判断して急いで大輝を起こしに行ったのだ。その行動はまさに最適な対応であり、冷静に対処できたリリィもまた、ギルドマスターとしての実力を付けていたのだった。
「それでどうしたの?いつものマオだったら、もっと冷静に対応出来たのに?」
マオがここまで怒った事を見た事がなかった大輝は驚いていたのだ。
「…分からぬ、お主が不意を受けて倒れてしまったのが見えたら、頭が真っ白になってしまったのじゃ」
マオ自身も戸惑いを隠せない顔で大輝を見ていた。
「……おそらく、昨日の戦闘が問題なんでしょうね…」
リリィが昨日聞いた話と今の様子から推測が出来ていた。
「マオちゃんは昨日、大輝さんが不意打ちを受けて死にかけたのを、目の前で見てしまっています。そうして今日のこの後ろからの攻撃で倒れた姿を見て、昨日の映像と重なってしまい、一気に逆上してしまったと思います」
「だけど、不意を受けたから少し気を失ったけど、ダメージ自体はそんなに受けるような攻撃ではなかったよ。それはマオにも分かりそうなものだけど…」
確かに綺麗な直撃は受けてしまったが、その剣の振りはまさにシロートが振り下ろしたのとそうは変わらないものだったのだ。
「ダメージの量ではなく、その倒れるまでの流れが問題なのです。昨日の大輝さんが倒れた時のマオちゃんの取り乱しようは、ナビコスさんから聞きました。それだけ大事な相手が死にかけたという事実が、マオちゃんの今の行動に繋がっているのです」
「じゃが、そうなると妾はどうすれば良いのじゃ?」
自覚のない事なのでどうすればいいか戸惑っている。
「こればっかりは、すぐにどうにかなる問題ではありません。あえて出来る事と言えば、大輝さんが先ほどみたいな不意打ちを受けないようになるしかありません」
大輝も話を聞いて納得した様子で頷いた。
「後ろからの不意討ち対策か……。そういえばさっきはオメガには分からなかったの?」
背中に背負っている魔剣オメガには後ろからの攻撃が分かっても良さそうと思い質問してみる。
「すまねいな。さっきは俺も前に意識が向いていたから、後ろからの攻撃に気が付かなかったんだ」
オメガの言葉に申し訳なさそうな感じがあった。しかし、剣なのに周りが見えるのも変だが、人と同じで全方位が見える訳ではない事が分かった。
「となると、僕がもう少し周囲を気をつけれるようにならないといけないって事だね」
「お嬢ちゃんが周囲を見えるようになるまでは、俺も強力してやるから安心しろ」
オメガも悪かったと思っているようで、進んで強力してくれる事は嬉しかった。
「さて、…こっちは良いとして、審査委員の方はどうしようか?」
兵士達は疲れて立てなく、審査委員本人は半殺し状態で気を失っている。正直無事に物事か終わるようには見えない状況ではあった。
「…その事については大丈夫だ」
副団長が何とか立ちあがり大輝の前に歩いてきた。
「俺は上からの指示で、あいつの行動を観察していたんだ。今回のように自分が認めない相手には、その権力でねじ伏せると苦情が相次いでてな。そして今回の事でその役職を剥奪されるのは確実だ。お前達の事は俺が責任を持って上に報告する。目撃情報がなくてもこれほどの腕前があれば、ワイバーンなんて目ではなかっただろうからな」
その話を聞いて3人は顔を見合わせて安心した。
「さて、俺達はこいつを連れて城に帰る。…だが気を付けてくれ、それほどの腕前だ。取り込もうとする貴族連中は山ほど出て来ると思われるからな。良いように使われないように、自分達の目でしっかり見極めてくれ」
「ありがとうございます。……それで、ここでの戦い方を出来れば適当に誤魔化して欲しいんですけど……駄目でしょうか?」
自分の戦い方はまだ良いとして、マオの魔道具の方は広めると騒ぎになりそうなので、出来れば内密にしてほしかったのだ。
「残念だが何も報告しないと言う訳にはいかない。…だが俺の上司は人間が出来ている人だ。お前達が話を広げないでくれと言っていた事を知らせれば、無駄に大事になる事はなかろう」
「それを聞いて安心しました」
大輝は心からホッとして副団長達が帰って行くのを見守った。
今回の大輝という強者との訓練とも言える戦いと、マオの本気の殺気を間近で感じる事が出来た事で、この部隊は実力が上がったのと恐怖による体の硬直などに対する免疫が出来、他の部隊より頭1つ飛びだす事になった。そうしてその理由を聞き出そうとするが、誰もがハッキリとは答えず。唯一聞こえて来たのが<黒と白の美少女教官>と言う訳の分からない存在だけだった。
「一先ず、2人共お疲れさまでした。これでワイバーン襲来による騒ぎは終わりだと思います」
リリィ自身もホッとするような表情で2人に言った。
「じゃが、問題点もいろいろ分かったから、無駄な騒ぎとは言えぬのぅ」
「そうだね、僕も最近不意討ちばっかり受けているような気がするから、武器ばかりじゃなくて僕自身も鍛えないといけないね。それに結局オメガの実力も全然分からなかったし」
前途多難だな、と2人して見つめあって反省している。
「なら、早速魔石採掘でも行くかのぅ。オメガの性能チェックと食事の確保をする為にじゃ」
オメガの食事として魔石を確保しておきたい大輝は迷う事なく頷いた。
「それならちょうど良い依頼があります。前に受けてくれた魔石採掘の護衛依頼が来ているんですよ!出発は今日の昼からですのでまだ間に合いますよ」
リリィも依頼は来ていたが受ける人がいなくて困っていた所だったので、ちょうど良かったと進めて来たのだ。
「ならその依頼を受けるとするかのぅ」
「採掘の最中はあまり人の目がないから、オメガを使っても目立たないだろうしね」
2人共、断る理由もないので快く依頼を受領した。
そして今回の依頼を受けた冒険者は大輝達だけだった。皆、昨日のワイバーンのショックから立ち直っていないようなのだ。そんな中でも普通に採掘に行こうとするこの依頼人達は凄いと思った。
「今回は女の子2人か?回復魔法を使えるお嬢ちゃんの実力はギルド対抗戦でも見たから認めるが、そっちのお嬢ちゃんは大丈夫なのか?10級だし見た所、戦えるようには見えないが?」
依頼人は背中に剣は背負っているが、あまり体格に合っていない事から戦えるようには見えず、不安になっていたのだ。
「大丈夫じゃ、この者は妾と共にワイバーンと戦った強者じゃ。安心して任せるがよい」
「ほー、お嬢ちゃんもワイバーンと戦っていたのか。見た目、と言ったら2人共戦えるようには見えないし、実力者ってのは力を隠すのが上手いもんなんだな」
マオの言葉に安心して、更に感心までした依頼人は心強いと思いながら出発した。
こっそり運搬用の馬車の上にタマを呼びだし、周囲を警戒したので接近してきたモンスターは近づく事さえ出来ずに消え去っていき、無事に採掘を終了させる事が出来たのだった。




