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「斧帝様が退場されました! 続いて双帝様のご入場です!」
おっといけない。斧を出したままであった。
私は大剣のような斧を空間収納へと格納する。
双帝対策としてフロッサからリクエストされたのは火が噴き出す剣と氷が飛び出す剣である。曰く、双剣といえば火と氷は外せないそうだ。
理由はよく分からなかったが元の世界にそういう定番があったのだろう。先例を踏襲したくなる気持ちは分からないでも無い。
そうこうしている内に扉が開き、フードを目深に被り杖を持った2人組が姿を現す。
――私は空間収納の中で双剣を握った手を止めた。
これは、双剣を出すべきではないのではないか?
もしや「双」は双剣ではなく「双子」では……?
そういえば紙に2人1組と書かれていたような。
いや、まだ間に合う。
私は急ぎ空間収納の中で2本の長杖を作成し取り出す。
――しまった。2本である必要はなかった。
双剣の先入観が残っていたようだ。
しかし取り出してしまった以上、今更片方を格納するのは不自然である。
さも仕様であるように2本持つしかあるまい。
「双帝様が開始位置につきました! 息の合った連携魔法に定評のある双帝様たちは、今回どんな魔法を見せてくれるのか楽しみです! 相対するポンさんはなんと杖を2本取り出しました! 杖を2本持てば2名に対抗できるということでしょうか!? わたくし魔法のことはよく分かりませんが、果たしてそんな事が可能なのでしょうか!?」
今だけはそう囃し立てるのは止めてほしい……。
苦しまぎれに修正したのが露見しないように平常心を装いながら共犯であるフロッサの方を見遣ると、残念ながら腹を抱えて笑っているようだった。
他人事と思いおって……。
「それでは双方準備が整ったようですので試合を始めたいと思います! それでは――試合開始!」
フロッサへの苦情は後回しにするとして、今は試合に集中せねば。
――見ると双帝たちは灰色のフード付きローブを身に纏い全身を隠している。
帝王や光帝に近い恰好だ。久々に帝ランク保持者らしい姿でなぜか安心する。
背は2人ともあまり高くなく、フードの中は子どもなのかも知れない。
それにしてもこれだけ特徴を隠されていて背丈も体格も一緒だと見分けが付かない。結局のところ両方倒せばいいだけなので私はそこまで困らないのだが、実況する人はきっと大変だろう。
『魔法共鳴!』
双帝2人の声が重なった。
――明らかにスキル発動の宣言である。
魔法を共鳴させるスキルがどういう効果なのか予想してみようか。
スキルとは、剣帝や斧帝のスキルを見た限り、スキルによってあらかじめ決められた動きを強制的に無理な体勢からでも繰り出すことができるようだ。
そして常識外の現象を即座に発現させる不思議な力も持っている。
双帝が2人で出場してきた理由。
そして2人でなければならない理由。
それが魔法を共鳴させるためであることは想像するに易い。
あとはその具体的な効果だが、「共鳴」という言葉から推測すると1つの魔法を増幅するか、もしくは2つの魔法を混合――普通ならそんな事はできないがここは常識を捨てる必要がある――辺りであろうか。
魔法攻撃に備え、魔力障壁を展開するべく身構える私を他所に、双帝の2人は左右に分かれ始めた。
◇ ◇ ◇
左の双帝から火球が、右の双帝から氷槍が放たれる。
闇帝もそうだったが人の身で無詠唱とは恐れ入る。
『反響!』
双帝の声が再び揃った。
次の瞬間左から氷槍が、右から火球が飛び出してくる。
逆の魔法を使用することで対処を困難にする戦術だろうか。
『反響!』
双帝たちの放つ魔法がまた入れ替わる。
――違う!
これは交互に撃っているのではなく、互いに互いの魔法を転写し合って反復発動しているに違いない。これが共鳴、そして反響か……!
私は迫る下級魔法を魔力障壁を展開して防ぐ。この程度ならば特に問題ない。
問題はこの反響とやらが「自身の体内魔力の減少を伴わない可能性」である。
普通に考えれば一笑に付す程度の馬鹿馬鹿しい可能性だ。
しかし無詠唱での魔法発動が可能である双帝が「わざわざ反響させる理由」が他に見当たらないのである。極端な話、反響を使用せずとも彼らは同じ芸当が可能なのだ。
魔法を簡単に防がれたのを見て取った双帝は、反響の連発を中断する。
そして揃って魔法の詠唱に入った。
『十の槍 地より飛び出す乱杭歯 前方中距離 対象無指定』
『十の槍 飛翔し貫く氷の柱 前方中距離 対象無指定』
詠唱7節――上級魔法か。
『――反響!』
都合40本にも及ぶ土と氷の槍がほぼタイムラグ無しで襲い掛かってくる。
魔力障壁は一瞬で砕かれるが幸い範囲指定魔法である。発動点を探知して命中しそうなものだけを回避すれば事足りた。
『反響!』
『反響!!』
『反響!!!』
やはりか……!
ここからが問題だ。
――戦場を土の槍が覆ってゆき、もはや槍から槍が生えてくるような異常な光景になりつつある。そして巨大な氷の槍が絶えず無数に飛来し土の槍を粉砕しながら突撃してくるという地獄絵図だ。
私の予想――反響は魔力消費しない――は恐らく当たっている。これだけ上級魔法を連発して立って居られる人間は私が知っている限り帝王かエイラくらいなものだ。少々納得いかないが事実として受け止めるしかない。スキルとは厄介な力である。
私は対抗して2本の長杖に魔力を込め地属性魔術で土の槍を粉砕、氷属性魔術で氷の槍を撃墜、更に両足周辺の空気を支配し高速移動で接近を試みる。
『反響!』
『反響!!』
やはり魔法使いだけに接近戦は分が悪いのか必死の抵抗が始まった。
いや、抵抗と呼ぶにはいささか暴力的な物量の上級魔法が津波のように押し寄せてくる。
土槍の範囲を見切って回避し氷槍の追撃を躱し、林立する土の槍を一直線に砕いて道を作る。すぐにそこを埋めるように土の槍が次々と飛び出し、行き足を止められたところに大量の氷槍が群がってくる。
手に持つ杖から魔術を連続発動。
氷槍をまとめて左から右に薙ぎ払い、針山のような土槍たちを2方向同時に破壊する。
狙いを絞らせない目的だったが、私の行く方向に正確に次の土槍を発生させてくる辺り経験も豊富なようだ。しかし移動経路を塞ぐことまでは手が回らないらしい。
発生した脱出路を利用して少しずつ接近していく。
周囲では土槍が地面を突き破る爆発音にも似た轟音と、氷槍が自身も土槍も砕きながら突撃してくる破砕音が入り乱れて騒音が凄まじいことになっている。
私が切り開いた経路を縫いながら進むと、迷路に入り込んでしまったかのような錯覚を覚えた。
念のため双帝の位置を探知し、その方向を中心に均等に左右に経路を開拓。
片方を塞がれても構わない。どちらを進んでも詰められる距離は同じだ。
それを5回繰り返したところで双帝たちの姿が視認できた。
フードを被った彼らの体勢が動揺に大きく揺らぐ。
◇ ◇ ◇
私は視認と同時に高速で間合いを詰める。
『反響!』
双帝たちが両手を前に突き出した。
それによって生み出される槍たちを縫うように回避して前へ。
『反響!!』
下から土槍が、上から氷槍が、まるで魔獣が顎を閉じるかのように襲いかかってくる。即座に魔術で粉砕し前へ。
『反響!!!』
懲りずに発生する槍たちを一息に薙ぎ払う。
私は両手の杖を左右に振り上げた。双帝たちの両手が上がる。
『降参!!!』
そのまま交差するように杖を振り下ろ――降参?
「双帝様降参! 決ぃまりましたぁぁぁぁ! ポンさんの勝ちです! なんとここまで帝ランク保持者相手に4連勝! 肉弾戦に武器戦闘だけでなく魔法戦でも圧倒的強さです! これは凄いッ!」
何とか寸止めできた杖を引き戻す。そのついでに空間収納に片付けた。
いやにあっさりと降参したものだが、恐らく双帝たちは魔法使いだけに肉体強度が高くないのだろう。
拳帝すら瀕死になるような力で殴られてはたまらないというわけか。
振り返り試合開始位置に戻ろうとした私の服の裾をくいくいと引っ張られる。
双帝が私を引き留めて何か言いたそうだ。左右同時に引っ張るのはやめてほしい。
「あなた強い」
「とても強い」
「あなた凄い」
「とても凄い」
「何をやったのか分からなかった」
「手も足も出なかった」
苦労して向き直り対面すると、双帝は交互に発言を始める。
戦闘中の勇ましい声からするとかなり差異を感じる幼い声だ。背の低さから子どもかも知れないと思ってはいたが、その想定より更に幼いかも知れない。――杖を振り切らなくて良かった。
わざわざ私を引き留めて何の用かと思ったが、感想を述べたいのだろうか? 顔の見えないフードの下から真っ直ぐな視線と輝く瞳を幻視する。
その2人が急に肩を落とした。
「だから惜しい」
「とても惜しい」
「火帝には勝てない」
「絶対に無理」
「彼は別格」
「彼は特別」
『あなたが帝国の仲間なら良かったのに』
おお。完璧に揃った。双子とは凄いものだ。
ん? いや、双子とも限らんか?
脇道に逸れかけた思考を立て直し双帝の発言を吟味する。
つまり双帝たちは私の扱う魔術――この世界には無い魔法理論――が気に入り知りたいと感じているが、次の対戦相手である火帝が強く、きっと私が倒されてしまうので知識を得る機会が失われてしまうと危惧しているに違いない。
例えるなら読みたい本が燃やされるのをむざむざ眺めるような心境であろう。何という悲劇か……。
「――心配無い。火帝がどれほど強かろうとも私の敵ではない。必ずまた会えると約束しよう」
頷く私に双帝たちが少し仰け反った。
火帝を軽んじる発言に驚いてしまったのかも知れない。
「分かった。楽しみにしてる」
「ずっと待ってる」
双帝たちはくすくすと笑い合うと手を繋いで控え室へと走って行ってしまった。
待ってるとはどういう意味か。
魔術を教えに来いという意味か?
他国に足を延ばすほどの自由行動が許されるだろうか。
ううむ。分からん。
まぁ確かに帝国がどんな国か気にならないと言えば嘘になるので、手が空く時期が発生するようなら観光にでも行ってみるとしようか……。
◇ ◇ ◇
「それではいよいよ本日最後の対戦となります! ポンさんに賭けた人も、帝ランク勢に賭けた人も、泣くも笑うも次の1戦で決まりです! 最後に登場するのは、帝ランク保持者の中でも最強の火力を誇ると名高いあの方! 火帝様の登場だぁぁぁぁ!」
定位置に戻りつつ実況を聞く。
あくまで火力が最強なのであって、時間や空間を自在に操れる帝王には勝てないといったところか……?
それにしても帝ランク保持者の人気が高い。特にこの国は先日宣戦布告されていたはずなのだ。むしろ毛嫌いされていてもおかしくないはずである。
単に国の上層部と市井では情報の確度や受け取り方が違うだけかも知れないが、帝ランク保持者自体がそもそも英雄のような扱いなのかも知れない。
――そういえば深夜とはいえ街の中に普通に現れたり宿に泊まったりしていたな……。
私の先入観と現実の齟齬について考えを巡らせていると、人間側の入場口がゆっくりと開けられていくのが目に入った。
さてどんな人物が現れるかと眺めているのだが、何秒待っても一向に出てこない。
扉の向こうは薄暗くなっておりよく見えないな……こちらが明るすぎるようである。
扉を開ける係員の様子を見るに誰も待機しておらず困惑しているようだ。まさか逃げたわけでもなかろうが……どうしたのだろうか。
ざわつき始めた観客席の中から誰かが叫んだようだ。内容は上手く聞き取れなかったが、声が聞こえた辺りの人たちが皆見上げていることから「上を見ろ」という内容だろうか。
私もそちらに目を向けると、観客席の上方にせり出している雨避けの骨組みの上に人が立っているのが視認できた。赤いフード付き外套――恐らく火帝だ。
もしかしてあの外套は帝ランクの中でも魔法使いだけが着ているのだろうか、と余計なことを考えていると火帝が動きを見せ始める。
――ゴウと重々しい音を立てて翼のように火帝の両背後から炎が噴き出した。
勢いよく最上段から空中へと踊り出し、待機位置の真上まで進むと待機位置の地面から激しい火柱が上がる。
噴き出す火柱を踏みしめて鎮火するかのように空中からゆっくりと初期待機位置に到着してみせた。……熱くないのだろうか。
「火帝様が姿を現しましたぁぁぁぁ! 期待通りの派手な登場です! 『熱変動無効』スキル持ちの噂は本当のようだ! 天幕焦げてますけどいいんでしょうか!?」
言われて見上げると雨避けの骨組みが無い部分、天幕が張ってあるのだがそこが焦げているというか穴が2つ開いてしまっている。ちょうど火帝の背中から火が出た辺りである。幸い延焼はしていないようだ。
一応賓客扱いされているはずなので怒られはしないだろうが女王に嫌味の1つも言われる覚悟はできているだろうか。
同じく見上げて硬直している火帝を眺める。
『熱変動無効』と言ったか――『火耐性』や『熱耐性』ではなく熱変動そのものを無効化するとなると冷気にも強いということになる。
拡大解釈して熱変動を伴うものは全て無効化する可能性まで考慮すると、雷などを直撃させても熱傷を負わない可能性が高い。なかなか厄介な能力である……。
◇ ◇ ◇
硬直していた火帝は気を取り直したのか見上げるのを止め、私の方へとフードの暗がりを向ける。確か目立つ事が好きだという事前情報のはずだが、姿を見せる様子は今のところ無い。
試合が始まってどういう行動を取るか留意しておこう。
「ド派手な魔法戦を期待している皆様お待ちかねの時間がやってまいりました! 私も楽しみにしていました! 心の準備はよろしいでしょうか!? 特別闘技会最終戦、魔王級の魔物ポンさん対火帝様の試合を開始します! それでは試合――開始ッッッ!」
――魔力の放出を開始。
私と火帝が同時に大量の炎を周囲に撒き散らす。
たちまちの内に火の海となる試合場に驚いたのか、係員たちが慌てて扉の向こうへと退避するのが視界の隅に映った。これで遠慮なくやれるというものである。
まずは同じ武器で戦ってきた前例を踏襲し、火魔法対火魔術の激突から始めることとする。『熱変動無効』の力を存分に見せてもらうとしようか。
――火帝が何事か叫んだように見えた。
噴き上がる火炎の轟音にかき消され内容は聞き取れなかったが、それは次に起こった現象が答えを教えてくれる。
突如火帝の背後から巨大な炎の柱が垂直に3本噴き上がり、みるみる内に蛇と呼ぶには大きすぎる細長い生き物の姿へと形を変えると、その3本の頭をうねらせ躍り掛かってきた。
「出たぁぁぁ! いきなり出ました大技! 火帝様の代名詞! 全てを飲み込み燃やし溶かす『火焔流』だぁぁぁ! 逃れることなどできない高温の奔流をポンさんはどう凌ぐのか!?」
実況の人が大興奮で解説をしてくれている。よくあれほどすらすらと口が回るものだ、正直助かる。逃れることができないということは追尾してくるという意味であろう。
私は即座に周囲へ撒き散らした火属性の魔力に指示を出し収束させ細長く形成すると、渦を巻くように螺旋状に射出する。
魔力的干渉力を付与した私の火魔術は『火焔流』に次々と巻き付き拘束。
縄から抜け出す蛇のように拘束を逃れようと暴れる『火焔流』に魔力波長を合わせた火魔術が更に絡み付き癒着を開始し、拘束から逃れることを許さない。
「これは! 双方の炎が空中に複雑な紋様を描いたまま固まってしまった! 力比べと呼んでいいのでしょうか!? 必中との呼び声高い『火焔流』をまさか力業で押し留めるとは予想だにできませんでした! 正直わけが分かりません……ッ!」
私としても火帝の制御能力を甘く見ていたようだ。
魔力波長を合わせた弊害か徐々に火魔術の制御が乗っ取られつつある。私が魔術全般の専門家なら、火帝は火魔法に特化した専門家と言えるのだろう。
では、魔術の複数制御ならばどうか――!
私は再度周囲に炎を展開、収束させ数個の火球を作成すると即座に発射。牽制攻撃を行なう。熱変動を無効化されてしまうそうだが集中力を乱すくらいの効果はあるだろう。
――絡み合う炎たちを迂回し曲線を描きながら火帝に殺到する火球は、しかし火帝に命中することはなかった。被弾を無視するという私の予想を裏切り回避したのである。
火が効かないのではないのか……?
制御が甘くなった隙を突いて炎たちを一気に引きちぎり霧消させながら考える。
考えられる可能性は4つ。
実は火属性の攻撃は効果がある。
効果は無いが、あると見せかけようとしている。
効果は無いが、爆風など一部無効化できない部分がある。
単に念のため避けただけ。
1つ目と2つ目はスキル名からして可能性が低い。
4つ目は有りそうだが、そのためにいちいち集中を乱してはキリが無いので可能性としては五分五分といったところか。
では3つ目の可能性を確かめてみるとしようか。
◇ ◇ ◇
3つ目の可能性の検証。
つまり爆破などの衝撃に効果があるかどうかを確かめれば良い。
――私は高速飛行の魔術を発動。勢いよく空中へと飛び出した。
客席への流れ弾を少なくするには斜め下方向への攻撃が望ましいのである。
しかし私のその目論見は外されてしまう。
ぶわりと重々しい音を立て、火帝の背中に1対の巨大な炎の翼が発生。どうやらこちらが考えていることはお見通しらしい。
別に心が読めるなどではなく、火帝と戦ってきた者達が皆私と同じ行動を取ってきたということであろう。戦い慣れしている事が伺える。
これで客席に流れ弾が行くような派手な攻撃を封じられたと内心歯噛みする私を他所に、火帝は炎の翼を操り空中へとゆっくり舞い上がる。
「こ、これはまさかの空中戦!? これまでの試合とは格が違います! 火帝様が魔法で空を飛ぶのは有名ですがポンさんが飛んでわたくし驚いております! 今まで手加減していたということでしょうか!?」
……マズい。手加減していたのが露見してしまったようだ。
いや、手の内を隠していたのだと言えばまだ挽回の余地はある。
帝ランク達もまさか試合を盛り上げるために手加減していたとは思うまい。
私は闘技場の内周を高速で移動しながら火球を曲射する。水平方向に弾幕を張りたいところではあるが、それでは客席を巻き込んでしまう。追尾する魔術で対応するしかない。
「派手な空中戦が始まってしまいました! 客席を保護するための障壁を起動します! 少し見づらくなってしまいますがご了承ください!」
あるのか。
なんと都合のいい……。
あるなら教えておいて欲しいものだ。
――試しに案の定避けられた火球を障壁に当ててみたが特に問題ないようだ。
爆音に客席が騒めく様子がうかがえる。
ゆっくりと浮かび上がって来ていた火帝が大きく炎の翼をしならせ徐々に加速していく。そして内周を旋回していた私の方に向きを変えると翼をたたんで突っ込んできた。
炎の翼の動きは空力に関係ない可能性が高い。
火帝はそのまま大きな炎の帯を作成し多数撃ち出してくる。点でも線でもなく面制圧か。それを連打で放つとは本当に容赦が無い。
よかろう。勝負だ。
私も魔力を火属性に変換し、内周の高速移動を続けながら炎の帯を次々と射出する。並行して小さい火球を多数作成して左右からの曲射を開始した。
「闘技場の全体を巻き込んだ凄まじい弾幕戦が始まりました! 距離を取ろうとするポンさんと追い詰める火帝様の双方から数えきれないほどの火魔法が飛び出して大変なことになっています! 正直想像の何倍も激しい戦いです! 闘技場の障壁は耐えきれるのか!?」
曲射した火球には徹底的な追尾能力を付けていないので飛んでいった先の地面や壁で小爆発を引き起こしている。互いに放った炎の帯は相殺に相殺を重ねて中央付近で派手に大爆発を続けており、闘技場の気温をぐんぐんと上げ始めていた。
熱気に歪み始める闘技場の景色を切り裂き火帝が迫る。想像を上回る高機動で曲射した火球たちを易々と置き去りにし、私よりも内周を回ることで追いつこうとしている。
打ち上がる火柱。
私は闘技場内の12点を指定し巨大な火柱を発生させた。
そのまま動かすことは難しいが障害物としては優秀なはずだ。
しかし火帝は炎の翼で全身を包むとあろうことか火柱の一つを体当たりで破壊しながら突き進んでくる。
やはりただの火だけでは足止めにすらならないらしい。
◇ ◇ ◇
迫る火帝に追いつかれぬよう高速飛行を続ける。
しかし少しずつ距離が縮まってきていた。
次の手を打たなければ追いつかれてしまうだろう。
炎の帯の迎撃と火球の乱打を継続しつつ、周囲に4つの火球を発生させ温度と密度を増大させていく。
火の玉というよりも光の玉というべき姿に変化、充分なエネルギーを蓄積させたところで1つ目を発射。
続いて2発同時。さらに最後の1発を発射する。
全て射線を避けられるもこの4発に関しては私の完全制御下にある。
包み込むように火帝を追尾し、火帝が翼で防御姿勢を取ろうとした瞬間に4つ全てを至近距離で大爆発させた。
――爆煙を切り裂いて火帝が飛び出してくる。
爆発の1つをまともに喰らったのか体を包む炎の翼には大穴が空いており、先ほどまでの進行方向ではないあらぬ方向へと勢いよく飛んでいく。
そのまま客席との障壁に激突し跳ね返った後、闘技場の内側の方へと翼に包まれたまま地面を擦過していった。
……まだだな。
地に落ちてなお炎の翼による防御を維持していた。
つまり意識を失っていないということだ。
少し離れたところに着地する私の目の前で、火帝の様子が少しずつ変化していく。
炎の翼がゆっくりと開かれ――破裂するように飛散。
飛び散った翼の残滓が火帝の周囲をゆっくりと旋回。
更に他から少しずつ集まってくる火の粉が炎の塊へと成長していき――。
爆発音にも似た轟音を響かせ炎の渦と共に火帝が立ち上がった。
なるほど……ここからが本番ということか。
広範囲を巻き込む炎の渦をその身に纏い、更にそのまま少しずつ浮遊。
やはり炎の翼が無くとも飛べるようだ。
アレは防御機構だったと見るべきか。
こちらに突っ込んで来るかと身構える私を他所に火帝はゆっくりと、しかし少しずつ加速しながら垂直に上昇を続ける。
――客席の高さを超え。
――天幕の高さを超え。
更に上へ。
みるみるうちに空高くへと上昇していく。
……逃げたか?
いや、それは考えにくい。仮にも帝ランク保持者である。
魔物なんぞに撃ち落とされて自負心は激しく傷ついているはずだ。
――上昇を続ける火帝を眺めていると不意に覚える違和感。
既にかなりの速度で上昇しているはずの火帝の姿が全然小さくなっていかないのだ。
それはつまり火帝を包んでいる炎の渦が巨大化しているということ。
攻撃の意図の発露だ。
気持ちを切り替えつつ眺める先で炎の渦は炎の塊へと姿を変え、その炎の塊は更に変貌を続けていく。
翼を広げ――頭部を形成し――巨大な鳥の姿へ。
そのままどんどん巨大化し見上げた視界を埋め尽くしていった。
――確か斧帝に言われたのだったか。「火帝には気を付けろ」と。
あれはまさか火帝の性格に留意しろという意味だったのだろうか。
後先を考えず無差別広範囲の攻撃を行なうような人物ということか?
巨大な火の鳥は遠い空の向こうでゆっくりと旋回を開始する。
あれはマズい。攻撃の規模が大きすぎる。
闘技場どころではない。
――王都の何割かを焼け野原にしかねない攻撃だ。
双帝も「火帝には勝てない」と言っていた。
実況者も「火力では世界最強」などと言っていた。
その正体がコレか。
それこそ時間を止めでもしない限りは回避不能の超超広範囲殲滅攻撃。
どう考えても国際問題になるのだが何を考えているのか。
◇ ◇ ◇
このままだとアリシアとフロッサが巻き込まれてしまう。
ちらりと2人の方に目線を遣るとアリシアと目が合った。
次の瞬間猫獣人は目を大きく見開き全身の毛を逆立たせると、フロッサの首根っこをひっ掴んで消えて行った。
いや別に逃げろという目配せではなかったのだが……。
まぁ、仕事熱心なのは良いことではある。
――だが実際問題あの規模の攻撃からは逃げ切れないだろう。
直撃を避けるのも至難の業だが、仮に直撃を避けられたとしても炎に巻かれ続けて窒息する可能性が高い。
ならば、ウチの従業員の努力を無駄にしないためにもアレをなんとかせねばなるまい。
――神域への扉を開く。
勢いよく噴き出す神域の空気がこの世界の大気に触れ、仄かに黄金色に輝く発光現象を巻き起こす。幸いと言っていいのか、時間的な余裕はあるようだ。
ならば準備を整え最高の一撃を。
共生している存在からの魔力供給を開始――。
ソレは他の2体とは違い、自ら私の虜となった珍しい存在である。
些かの抵抗もなく大量の魔力供給が開始された。
闘技場への魔力放出を開始――。
上昇していた気温と放出された魔力が混合し激しく景色が歪む。
魔力放出の速度を上昇――。
大気中の魔力濃度が臨界値を超える。
私の周囲の超濃度魔力が余剰エネルギーを光として放出を開始した。
垂直に離陸を開始――。
巨大な白い光の玉と化して火帝に狙いを定める。
対象が巨大なためこちらももう一工夫する必要があるようだ。
魔力放出の速度を更に上昇――。
8方向に絞って魔力を噴出する。
白く輝く光は長大な8枚の翼となって私の周囲に展開を開始。
大きく。まだ大きく。まだまだ大きく。
広げた光の翼は王都全域を覆わんばかりに伸びてゆく。
しかしこれではあの火の鳥を受け止めるのに不足かも知れない。
展開した魔力光翼と共にゆっくり回転を開始。
ここまでやれば炎が下に漏れることは無かろう。
上から自由落下に近い速度で突進してくる火の鳥が大きく翼を羽ばたかせた。
あちらもやる気は充分なようである。
城ほどの大きさの火の鳥と、私が展開した光の円盤が王都の上空で激突する。
巨大な2つのエネルギーの衝突に空間が揺らいで軋む。
轟音と爆光に視界が覆い尽くされそうになったので感知方法を切り替えた。
火の鳥の中心部で火帝が何か叫んでいるのが観える。
解き放たれる劫火が噴出する魔力に押し流され、光翼の外縁部へと押しやられては消えていった。思惑通り威力の相殺に成功しているようだ。
激突の瞬間にエネルギーの大半を開放してしまった火の鳥は徐々に減衰していきその身を小さくしていく。中心部に居る火帝が巻き返そうと色々試しているようだが、試した先から魔力の奔流に吹き散らされていた。
その身を守っていた炎が全て尽き、火帝に届く。
大質量の塊と化していた魔力が火帝の体に叩きつけられた。
――魔力の放出を停止。飛行の魔術を発動した。
上空高くに打ち上げられた火帝の姿を見上げつつ攻撃を終了する。
これをこのまま続行すると粉々にすり潰してしまうのだ。
それに、あれだけ重い一撃を食らえば試合を決するに充分であろう。
はっ。しまった……?
火属性で攻撃せねばならない場面だっただろうか……?
いや……別にそういうルールでも無いか。
文句を言うのはフロッサくらいのものであろう……。




